上 下
39 / 209
Day's Eye 森に捨てられたデイジー

ともだち

しおりを挟む
 怪我を負って、大量出血したカンナは医務室に運ばれるとすぐさま造血剤投与と精密検査を受けることになった。私は付添いとしてカンナの世話を買って出た。
 検査後、カンナの状態は良好であると結果が出た。すぐに治癒魔法をかけたのが良かったらしい。傷らしい傷もなく、臓器や骨などへの影響もないとのことで私はほっと胸をなでおろした。

 時間が経過するにつれ、私は申し訳無さに襲われていた。
 あのときの私は怒りが制御できずに自己中な考えに陥っていた。妨害してきたカンナに腹を立て、めちゃくちゃ失礼な発言をしてしまった気すらする。
 それなのに、カンナは私を責めなかった。

 しかし、カンナの友人たち…私が1年生のときの元クラスメイトは違った。彼女たちは一斉にお見舞いにやってきてカンナの無事を確認するとホッとして、カンナに付き添っていた私の姿を視界に入れると刺々しい視線を送ってきたのだ。

「よくもカンナを巻き込んだわね?」

 その言葉に私は何も返せなかった。
 そのとおりである。私のせいでカンナは怪我をしたのだ。

「お貴族様と付き合ったりするからこうなるのよ。カンナを巻き込まないでよ。迷惑なのよ」
「自分は特別なのよ、ってスカしてて気に入らなかったのよ、あんたのこと。…大体、勉強できるくせにやっていい事と悪い事の区別もつかないの?」

 口々に文句をつけられた。
 友達を傷つけられたら怒るのが普通だよね。私は友達らしい友達がいなかったのでそこら辺よくわからないが……それでもわかる。彼女たちはカンナを傷つけられて怒っている。
 私は責めを受けるべきなのだ。

「二度とカンナに近づかないでよ。ねぇカンナ、寮母さんに言って部屋を変えてもらいましょ」
「カンナったらこんな子を気にかけて…こんな無愛想なガリ勉女、放っておけばいいのに」

 ……その方がいいのかもしれない。
 明るいカンナは沢山の友達がいる。私みたいな勉強ばかりの人間のそばにいても何も得することはない。
 私と関わらない、それが正しい形なのかもしれない。…だって、私の目的は勉強を頑張って、優秀な成績を収めていずれは高等魔術師になることだもの。

 その為なら友情とかいらない。恋愛もいらない。おしゃれもおしゃべりもいらない。全部不要だ。私に必要なのは知識と経験のみ。
 ただ元通りになるだけ。私はいつだって異物で、ひとりぼっちなのだから。

「やめて」

 その声はらしくもなく低い声だった。
 揃って私を詰っていた彼女たちは一斉に黙り込み、ベッドに腰掛けているカンナを見下ろした。
 カンナはいつもの呑気な笑顔でなく、真顔で全員の顔を見比べて、口を開いた。

「…あれは私が勝手に行動を起こしたことよ。これは私自身の責任なの。…それとごめんね。心配かけたのは悪いけど、これは私とデイジーの問題なの。私が付き合う相手は私が決めるから口を挟まないで?」

 カンナの突き放すような言葉に彼女たちは眉をひそめてムッとした顔をしていた。庇ってあげていたのに、って気持ちが表情に現れている。
 私は先程から食いしばった唇から血が滲んでしまいそうになっていた。そうでもしないと、目から液体が流れ出しそうだったから。

「…泣かなくていいんだよ、デイジー。私はこうして無事なんだしさ。そもそも悪いのは貴族様たちじゃない」

 握りしめた私の手をそっと掴んできたカンナはまるで小さな子どもに問いかけるように優しく言った。

「…ごめん…カンナ……」

 喉から出そうで出なかったごめんの一言がようやく吐き出せた。
 それとともに私の両目から熱い涙が溢れ出してきた。口から漏れ出すのは嗚咽。私は肩を震えさせてボロボロと涙を流して泣きじゃくっていた。棒立ちになって子どもみたいに泣いて、14歳になって情けない。なのに涙が止まらなかった。

「ほらほら、もう泣かないの」

 ふわりと包み込んだ腕からは医務室特有の薬草の香りが香ってきた。

「デイジーは家族を守りたかっただけだもんね。ムカつくよね、こっちが弱い立場なのわかって偉そうに言われて…攻撃してきて」

 私の頭を撫でながら宥めるようにカンナは語りかけてきた。

「デイジーが怒る理由はわかるよ。でもね。それで自分の立場が悪くなったら、家族が悲しむことになるんだよ。デイジーが傷つくのは私だって嫌なんだから…」
「ごめん…」
「いいの、もう謝らないで」

 私はカンナの肩に顔をうずめた。泣き止んでと言われたけど止まらない。
 いつもはやかましいカンナが今日に限っては私よりもお姉さんみたいだった。


■□■


 中庭での魔法使用、及び破壊活動の罰として、私は数日間の謹慎処分を受けていた。それを利用してカンナの看病をしたので都合は良かったけど。

 やっぱり私の行動はまずかったみたいで先生方に注意された。
 ただし、相手方のほうに非があるというのは明確で、相手は立場を盾に嫌がらせして害そうとしていた上に差別問題のデリケートな部分をつついた事もあったので、厳重処分を受けているらしい。まともなお貴族様からは恥さらしと白い目でみられているとか。
 四人対一人の対決だったもんね。しかも私よりも年上だったし、普通に考えてあっちのほうが卑怯だよね。

 ビーモント先生からは反省文を書くように指示され、「魔法を使うなら、その扱いには注意するように」と説教受けた。
 私はとても不服だが黙って頷く。カンナに諭されたからである。私の短気ひとつで私の道は閉ざされる。時には我慢も必要なのだと今回学ばされた。
 もしも何かあった時に悲しむのが誰か。
 私はもう少しだけ周りにも目を配ったほうがいいのかもしれないと思った。



 謹慎明けに誘われたお茶会。誘ってくれたファーナム嬢と王太子殿下は私に謝罪してきた。

「今回のことは貴族としてのあり方を問いかける機会になった。未だ根深い獣人差別や庶民に対する目に余る態度など、こちらとしてもお詫びのしようがない」
「私の管理が行き届かなかったわ。本当にごめんなさい」

 高貴な方々に頭を下げられ、私は困った。駄目なんだよ、高貴な人がそんな簡単に庶民に頭下げちゃ。ていうか謝られてもあの貴族共のことは許してあげないから無駄です。そこんところ話は別ですよ。
 私は慌ててふたりに「顔を上げてください」とお願いした。

「私は庶民なのに、お二人とちょっと距離が近すぎたなと思います。今まで良くしていただいてありがとうございました」

 私は深々と頭を下げ返した。私の発言に対し、2人は戸惑っている様子を見せていた。

「で、デイジー、そんな、今回のことはこちらの監督不行き届きで…」
「いいえ、やっぱり貴族様と私のような村娘は親しくするべきではないと思います」

 あくまで自分の統率が取れていなかったと言うファーナム嬢の言葉を遮り、私は首を横に振った。
 そしてポケットに入れていたとあるものを取り出し、王太子殿下にお返しする。

「これお返しします。私が特別塔の図書館に出入りすることでそちらの生徒さんの迷惑になっていましたし、今度からは転送術で王立図書館に行くのでもう必要ありません」

 彼の目の前にそれを置いてペコリと頭を下げる。折角取ってもらった許可状なのにこんなに早く無駄にしてしまってごめんなさい。
 私は以降特別塔には立ち寄らない。今後の交流は遠慮させてくれと言うと、ファーナム嬢が悲しそうな顔をしていた。少し罪悪感があったが、仕方のないことだ。身分が違うのだから。

「お貴族様に目をつけられたら、またカンナが…私の友達が間に入って庇ってきそうなので。…私にはお貴族様との交流よりも、カンナのほうが大事なんです」

 私の真の目的は上流階級の人とお近づきになることではない。
 彼らとの交流は学ぶことも多く、学問に関する意見のやり取りは面白かった。これで最後となると色々と寂しいものだが、私達は所詮相容れぬ存在なのだ。

 私は席を立つと、2人に対して深々と頭を下げた。

「今までありがとうございました」

 私のお別れの言葉に彼らは言葉をなくして固まっていた。庶民から言われるのは少しばかり失礼だったかな。ごめんね、だけどこれ以上の交流は避けたほうがお互いのためだと思うの。

 挨拶を終えると、私はくるっと踵を返す。
 さて、飛び級試験の勉強しなきゃ。切り替えは大事! 勉強が私を待ってる…!


 その半月後に私は2度目の飛び級試験を受験し、見事合格。
 新年度では5年へ飛び級が決まり、去年と同様、4年のクラスへと途中編入することに決まったのであった。
 為せば成る。目標に向かって突き進むのみである。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

【完結】わたしはお飾りの妻らしい。  〜16歳で継母になりました〜

たろ
恋愛
結婚して半年。 わたしはこの家には必要がない。 政略結婚。 愛は何処にもない。 要らないわたしを家から追い出したくて無理矢理結婚させたお義母様。 お義母様のご機嫌を悪くさせたくなくて、わたしを嫁に出したお父様。 とりあえず「嫁」という立場が欲しかった旦那様。 そうしてわたしは旦那様の「嫁」になった。 旦那様には愛する人がいる。 わたしはお飾りの妻。 せっかくのんびり暮らすのだから、好きなことだけさせてもらいますね。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

【R18】熱い一夜が明けたら~酔い潰れた翌朝、隣に団長様の寝顔。~

三月べに
恋愛
酔い潰れた翌朝。やけに身体が重いかと思えば、ベッドには自分だけではなく、男がいた! しかも、第三王子であり、所属する第三騎士団の団長様! 一夜の過ちをガッツリやらかした私は、寝ている間にそそくさと退散。まぁ、あの見目麗しい団長と一夜なんて、いい思いをしたと思うことにした。が、そもそもどうしてそうなった??? と不思議に思っていれば、なんと団長様が一夜のお相手を捜索中だと! 団長様は媚薬を盛られてあの宿屋に逃げ込んでやり過ごそうとしたが、うっかり鍵をかけ忘れ、酔っ払った私がその部屋に入っては、上になだれ込み、致した……! あちゃー! 氷の冷徹の団長様は、一体どういうつもりで探しているのかと息をひそめて耳をすませた。

麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。

スズキアカネ
恋愛
「王子殿下の運命の相手を占いで決めるそうだから、レオーネ、あなたが選ばれるかもしれないわよ」 伯母の一声で連れて行かれた王宮広場にはたくさんの若い女の子たちで溢れかえっていた。 そしてバルコニーに立つのは麗しい王子様。 ──あの、王子様……何故睨むんですか? 人違いに決まってるからそんなに怒らないでよぉ! ◇◆◇ 無断転載・転用禁止。 Do not repost.

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

処理中です...