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Day's Eye 森に捨てられたデイジー

真正面からの悪意

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 その日は晴天だった。過ごしやすい気候になり、とてもいい気持ちだったので外で食事を摂ることに決めた。
 すると、中庭にいる私を発見したカンナが私の元へとやってきて「一緒に食べよう」と誘ってきた。彼女は数人の友人と一緒にこれからランチする予定だったようだ。

「ごめんね、私は遠慮しておく」

 カンナの友達はあくまでカンナの友達であって、私にも友好的かと言われると首を傾げてしまう程度の仲なのだ。

「そんな事言わないでさぁ」
「いいからほら、友達と食べてきなって」
「えー…」

 ぷく、と不満そうに頬を膨らめるカンナ。空いた手で彼女の背中を押し出していたが、カンナは一旦私から離れると友達になにかを告げて一人で戻ってきた。カンナの友人らはこちらをチラチラ見ながらどこかへと向かっていく。

「今日はデイジーとお昼したい気分なの」
「あぁ…そう」

 頑固なカンナである。
 この学校には売店と食堂がそれぞれの校舎に完備されている。生徒はどちらかを利用して食事する流れとなっていた。
 この中庭はこの学校の特別塔と一般塔の境。お互いの領域には侵入しないよう、お互い気を遣っている。私は一般塔側のベンチに腰掛けて食事をしようと包みを広げた。

「ねぇデイジー、今日の放課後も特別塔の図書館に行くの?」
「うぅん、しばらくは飛び級試験に向けて自習するから一般塔の図書館にこもる予定」

 私の返事にカンナはしょっぱい顔をしていた。自分のことじゃないのに。

「飛び級したらさぁ、デイジーだけ次は5年になるってことでしょ? えっ…私より先に卒業しちゃうってこと?」
「まぁそうなるね」

 このまま行けば、6年のところを3年で卒業できるかもしれない。
 ただ、最終学年となると試験資格就職活動とかで忙しくなるみたいだから、もしかしたらそううまくは事は運ばないかもしれないけど。

「困るなぁ、デイジーが卒業しちゃったら、試験前どうしたらいいんだろう」
「カンナは少し位勉強する習慣つけたほうがいいと思うよ」

 こっちは忙しいと言っているのに試験前になったら毎回泣きついてくるカンナは普段呑気に生活している。
 成績もお世辞にも優秀とはいえないけれど、持ち前の明るさで友達は多い。私とは正反対そのもの。私とカンナの組み合わせは異様だ。
 カンナは普段から鬱陶しいし、ウザ絡みしてくるけどなぜが憎めないんだよね…

「だってぇ…」
「3年になったら応用に入るから今のうちに基礎を身に着けておかなきゃ後できつくなるよ」

 卒業してしまったら私はもう助けてあげられない。ここの学生ではなくなるし、魔術師としてバリバリ仕事するつもりでいるから。
 彼女はしょっぱい顔のまま、野菜やハムを挟んだパンを小動物のようにもさもさ食べていた。なにやら不満そうである。私はカンナから視線を外して空を見上げた。本当にいい天気だ。雲ひとつない、晴天。

「────」

 私は少しばかり油断していた。気づいたときには大惨事となっていたのだ。ザァッと背後の大樹が風に揺れた音が聞こえた、その直後だ。
 ボタボタボタッと上から降り注いできたなにかに私は固まっていた。
 それはわさわさわさと動き回る。肌を這うようなゾワゾワしたあの感触である。

「きゃああああっ」

 反応は隣に座っていたカンナのほうが早い。カンナは飛び上がってベンチを離れると、こっちを恐怖に満ちた眼差しで見てきた。
 私は何が起きたのか把握できずに、膝を見下ろした。原因は……無数の虫だ。それも害虫に区別されるであろう虫が腕に膝に肩に乗っかっている。私のお昼ごはんに群がる虫もいて「なんで?」という疑問がまず湧いた。
 空から降ってきたのか…? この数が?

「…我に従う元素たちよ、彼の者たちをあるべき場所へ還せ」

 先日習ったばかりの回避呪文を練習がてら唱えてみると、綺麗サッパリ何事もなかったかのように虫がいなくなった。いなくなったのはいいが、食欲が失せてしまった。勿体ないけどこの昼食は捨てよう。
 周りにいた人たち虫にビビッて皆離れていってしまった…私はバイキンか。

「ふん、小賢しい」
「さすが育ちの悪い人間は虫如きでは眉ひとつ動かさないのね」

 いやみったらしいその言葉を吐き捨てたのは、高そうな衣服に気取った髪型をした特別塔の貴族階級の子息子女だ。人数にして4人ほど。彼らは明らかな敵意と侮蔑を持って私を睨みつけている。
 この中庭は一般塔の範囲に当たるスペースなのだが、ズカズカ我が物顔で入ってきた貴族子息子女の彼らは…誰だ?

「小汚い小娘にはごちそうでしょ? せっかく用意してあげたんだから食べなさいよ」

 いや、庶民馬鹿にしすぎだろ。流石に害虫には手出しせんわ。さっきさり気なく毒虫も混じっていたからね。殺す気か。

「もう一度用意してあげましょうか」
「…結構です。…初耳です、お貴族様の中では昆虫食が流行っているんですね。ごちそうなんですか?」

 私はゆっくりベンチを立ち上がると彼らと対峙した。ここまでされちゃ、もうへりくだる必要性はないと判断した。
 敬意を払わない私の態度が気に食わないのか、彼らは苛ついたように噛み付いてきた。

「はぁ? 気持ち悪いこと言わないでよ、そんな訳ないじゃない!」
「あぁ、ただの嫌がらせでしたか。それにしては随分品のない嫌がらせをなさるんですね。お里が知れますよ」

 貴族なのにまるで育ちが悪いですねぇと嫌味を混ぜて返してあげる。
 私かて虫は嫌いだ。特にトゲトゲの毛虫とか本当嫌い。だが緑豊かな自然のある村で暮らしてきたので多少は見慣れている。お貴族様たちは恐怖におののく私の姿を鑑賞したかったのであろうが、残念だったね。驚きのほうが大きすぎて声が出なかったんだわ。
 思っていたような反応ではなく、その上私が反抗的な態度を示したので、それが彼らの癇に障ったようだ。

「生意気なっ…!」
「庶民のくせに殿下やエリーゼ様に近づいて何様のつもりなの?」
「身の程をわきまえたらどうなんだ?」

 いつかはこんなこと言われるかなぁと思っていたけど、その日が来ちゃったか。面倒くさいなぁと吐き出しそうなため息を押し込み、私は目の前の貴族様一人ひとりの顔をじっくり観察した。

「…殿下とファーナム様には良くしていただいていますが、それとあなた方、なにか関係ありますか?」

 別に私とお貴族様連中の仲良しこよしを強制されたわけでもないだろう。関わる必要もないのだから、今まで通り路傍の石扱いしてくれてもいいのよ。

「所詮田舎の小娘が、特別扱いを受けて同等にでもなったと勘違いしているだろうから親切に教えてあげているのよ」
「それはありがとうございます。ですが大丈夫ですよ、勘違いなどいたしておりませんので」

 私が彼らと仲良くしているように見えるから焦って牽制にきたのかな。
 だけど私は自分があくまで庶民であると自覚しているし、うぬぼれているつもりもない。まぁ、王族・貴族様の権力とか財力にお世話になったが、目の前にいる彼らには迷惑をかけていないと思うのだ。
 言わせてもらえば王妃殿下からも助力します宣言されたわけだし、それをありがたく受け取るのが筋ってもんでしょう。

「もしかして私に圧力かけたら、殿下やファーナム様に気に入られるとでも思っていらっしゃるんですか? お貴族様って意外と短慮なんですね、大丈夫ですか?」

 やり方が間違ってるんじゃないだろうか。そもそも貴族が庶民の小娘を押さえつけようとする事自体、情けないことだと思わないのか。貴族の権力ってそういう時に使うものじゃないだろう。
 貴族の事情はよくわからんが、それを村娘にぶつけること自体やり方が間違ってると思うんだ。
 私の言葉にピキッときたのか、彼らの間に流れる空気が張り詰めた。私を睨むその瞳に殺意が宿ったように見えた。

「我に従う火の元素たちよ…」

 貴族子息その1が呪文を唱え始めた。
 おい、やめろ。あんたらが喧嘩売るから言葉で返して差し上げただけだろう。言葉には言葉で返せよ!

「土の元素たちよ! この小娘を奈落の底へ突き落とし給え!!」

 おい。むちゃくちゃ不穏なこと言ってるぞそこの貴族令嬢その2!

 火と土の元素を操った2方向からの攻撃。渦を巻いてこちらへ飛んでくる炎と、不気味な音を立てて地割れを起こす地面。一点に集中した攻撃を私はひらりと交わす。
 私が先程まで立っていた場所は地面が割れ、きれいに手入れされていた芝生には火種が燻ぶり、煙臭い匂いが辺りに広がった。
 私はしかめっ面をしてお貴族連中を睨みつけた。ニヤニヤとイヤらしい笑みを浮かべて…本当お里が知れますよ。
 あちらは私を害す気満々である。こちらとしてはたまったもんじゃない。

 彼らは4人がかりで私を潰しにかかろうとしていた。この場に居合わせた他の生徒達はこちらを窺うのみで、少し離れた場所にひっくり返って腰を抜かしたカンナがあわあわしているのが視界の端に映った。

 …あの、見てないで先生呼んできてほしいんですけど。
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