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Day's Eye 森に捨てられたデイジー
今なら大特価で販売中!
しおりを挟む「そのリボンどうしたんだ? 珍しく髪型も違うし」
「うん、まぁちょっとね」
お父さんからの指摘にギクリとしたが、笑って誤魔化した。いつものお下げ髪じゃなく、ハーフアップにしているから目についたのだろう。貰ったものには罪はない。せっかくだから今日も付けてみたのだ。
テオにこれを見られたらなんか恥ずかしいなと思っていたが、今日は大体の働き人がお仕事の日である。恐らく遭遇しないであろう。
……何故かあの日のあいつは、リボンを付けた私のことをからかわなかったんだよなぁ。ちょっと前なら、色気づきやがってとか言ってきたはずなのに……どうしたんだろう。お祝いにリボンってのも妙だし、なにか変なもの食べて体調でも悪かったのだろうか…
薪を乗せた荷車を引くロバ2頭。お父さんがロバを誘導しながら町までの平坦な道を歩いていく。
草食動物は決まって肉食獣を怖がるものなのだが、このロバたちは子ロバの頃からお父さんに面倒を見てもらっているので全然そんなことはない。馬やラクダに比べたら小型なのだが働き者で、人懐っこい子達である。
「こら、道草食うのは帰りだけにしろ」
急に立ち止まり、しゃもしゃもとそのへんの草を喰むロバをお父さんが注意している。
……たまに道草を食うのが難点だ。
時期は暑さが落ち着いて過ごしやすい夏の終わりなのだが、それでも薪の需要はある。冬であれば薪ストーブに大量消費されるが、夏の場合は主に料理用、お湯沸かし用である。魔力持ちであれば魔法で火を操れるが、それ以外の人はそうも行かない。夏だと売上が落ち込むんじゃないかと思われそうだが、夏のほうが薪の価格が安定しているので、この時期に買い込んでおく人も多い。
「よし、じゃあまず詰め所に行くか」
「うん」
無断で路上販売はしてはいけない決まりだ。町の治安を管理する警ら詰め所で許可をとってから所定の場所で販売するのだ。販売場所はある意味早いもの勝ちなので、今日は少し出遅れたかもしれない。主にロバのせいで。
「すまん、路上販売の許可証をいただけるか?」
「おや、マックの旦那じゃないか。今日はお得意さんのところに売りに行かないのか?」
「俺じゃなくて末っ子が薬を売るんだ」
お父さんと顔見知りの警らのおじさんが目線を下ろして私を見た。
「あぁ、魔法魔術学校に行った下の子か。その年で薬を作れるとは大したもんだね。えーとじゃあここに名前と日付と販売商品を書いてくれ」
引き出しから取り出した許可申請書を差し出され、記入するように言われた。販売商品は…【傷薬・湿布薬・鎮痛剤】…と。
「女の子一人じゃ危ねぇだろ。詰め所前が開いてるからそこで売ったほうがいい」
「助かる。俺も早めに引き上げるからその間、娘のこと頼むな」
お父さんにも取引先に注文商品を届けるという仕事があるので、一旦ここで解散だ。私の身の安全のことを心配した警らのおじさんが目の届く場所に割り振りしてくれた。
変な人間に声を掛けられたら大声出して助けを呼ぶんだぞと少々大げさなことを言い残して、お父さんはロバたちと配達に向かった。
私はというと早速路上販売の準備をする。とは言っても、敷布の上に薬を並べて置くだけなのだが。計算式の練習用に使っている持ち運び用のちいさな黒板に、各種商品価格を記入して準備完了だ。
さて、私は商売をしたことがない。どう呼び込みしたらいいのだろう。八百屋のおじさんみたいに「へいらっしゃい」と威勢よく声を上げたら買いに来てくれるだろうか。
今日が日曜だったら一番良かっただろうが、大体の勤め人は仕事中。皆忙しそうに通過してしまう。
一個も売れなかったらどうしよう。
「コラー待ちなさーい!」
「えへへへ、やだー!」
私がちょっと不安になっていると、目の前を走っていく小さな男の子が居た。後ろからお母さんらしき人が追いかけているが、ちびっこの体力についていけずにヘロヘロになりながら追いかけている。
多分お母さんと追いかけっこしている気分なんだろう。無邪気なものである。お母さんは大変だろうけど。
「あっ!」
後ろばかり振り返っていて前を見てなかった男の子は足元がお留守になっており、石につまづいた。彼はそのままベシャリと地面に倒れ込んでいた。
うわぁ、痛そう…
自分にも痛みが伝わってきたみたいに私は痛い顔をしてしまった。
「う…うぅ…う゛ぇぇぇぇぇん!」
案の定、男の子は火がついたように泣き叫んでいた。
「だから待ちなさいって言ったでしょー! おいで。おうちで手当してあげるから」
「やだいたぁい!」
「擦りむいただけよ。頑張って立って」
やっと追いついたお母さんが男の子を立たせようとするが、男の子は怪我して擦りむいた膝が痛いとびゃーびゃー泣いている。
仕方なくお母さんが男の子を抱っこしようとするが、そのお母さんは背中に赤ちゃんをおんぶしていた。これは重労働だな。私は商品の薬を見下ろしてしばし考えた。…売り物だけど、まぁいいか。
自分のスカートのポケットからハンカチを取り出し、並べてあった傷薬の小瓶を手に取ると立ち上がった。
「傷口を見せてください。手当てしましょう」
「あの…あなたは?」
横から声を掛けられたお母さんは私を見て不思議そうな顔をしていた。私はお手製の薬を見せて自信満々に告げた。
「私、魔術師の卵なんで」
私は男の子の前にしゃがみ込んだ。血だらけになった膝を見て、最初に砂を洗い流す必要があると判断した。
「我に従う水の元素たちよ、清めよ」
間違ってもバッシャーンとはしないでくれよ。
私の願いが届いたようで、ふわっと傷口を保護するように水が包み込んで洗浄してくれた。それにホッとした私は使っていないきれいなハンカチに傷薬を染み込ませて、痛々しい傷口を見せる膝へと巻きつけた。
「だんだん痛みが引いてくるからね。これお風呂入った後にまたきれいな布に塗って巻きつけてください。そうすればすぐに治ります」
「あ、ありがとう…あの、お金」
押し売るつもりはなかったけど、払ってくれるなら有り難くもらおうかな。
「おひとつ、550リラです」
「あら安いのね」
「私は学生の身分なので、薬屋さんより値段抑えてるんです」
ふと気づけば、手当てをしている間に人々の視線が集まっていた。
──これはいい機会だ。私の作った薬を大々的に宣伝できるまたとない好機!
私の中にも商人魂が眠っていたらしい。並べてあった薬の小瓶を手に取ると、私は気持ち大きめの声で宣伝した。
「この薬は自然由来の薬草が入っており、人体に備わる治癒力を活性化します。傷薬の他にも鎮痛剤と湿布薬もありますよ!」
体に優しい自然素材配合! 薬屋よりも安価な上に効き目は保証しますよ!
せめて材料費の元くらいは取りたい一心で売り込みを始めた。一人、また一人とこちらに近づいてきては使い方を尋ねてくる。
「この湿布薬は布に染み込ませて、患部に貼り付けてください。一晩そのままにしていたら翌日には症状が改善してますから」
「鎮痛剤は食後に飲んでください。ただ飲み過ぎは胃を荒らす原因になるので、1日2回まで、1回分の量を必ず守るように」
「傷薬は傷口を綺麗にした後に、布に薬をつけてから患部へ貼り付けてください。治癒能力を活性化させて治りが早くなります」
私の説明の効果か、それとも寄ってくるお客さんの群れに惹かれて興味を持ったからかはわからないが、一人が購入するとまた新たに購入希望者が現れる。
私はその応対に追われるようになる。最悪最後まで粘る予定だったが、あっという間に目標数すべて完売した。売上金をしっかり懐に納め、片付けをしていると、チリッと後頭部が焦げるような感触がした。
異変を感じて辺りを見渡した私の目についたのは一人のおじさんだ。一般の町人にしては高価そうな服を身に着けている。髪は油かなにかでテカテカに塗りつけており、その体はでっぷりと不健康に肥え太っていた。
その人は私をまじまじジロジロと観察するように見てきた。私はその視線に少しばかり嫌悪感を抱いた。なんだろう、誰だろうかあの人。
「デイジー、もう全部売れたのか?」
しばし見つめ合っていた私と謎の不審者だったが、その視線を遮るようにして、警らのおじさんがヒョコッと間に割って入ってきた。私はびっくりして目をきょときょとさせる。
「あ、はい。おかげさまで」
「おじさんも湿布薬買おうと思ったんだけど遅かったな」
「予約でいいなら、来週持っていきますけど」
「そりゃ助かる」
またお父さんについて、町へ薬を売りに行くつもりだったので、丁度いい。私はノートの切れ端を取り出してメモをする。えぇと警らのジムおじさんに湿布薬ひとつと…
「予約受け付けてくれるのかい? ならお嬢ちゃん、俺にも頼むわ」
「あの、鎮痛剤頼めるかしら?」
私が予約を受け付けていると知るなり、買いそびれた人が声を掛けてきた。薬を必要としている人がこんなに沢山。…まぁ、薬局で買うよりは安く売ってるからねぇ。
前もって王都やここの町の薬局の薬価格を確認したのだが、何故か以前よりも値段が上がっていた。この町の薬局の店主に話を聞いたのだが、国内の薬草の卸値が高くなっているのだそうだ。品薄にでもなっているのだろうか? 薬草が生育できないくらいの日照りとかそんな情報耳に入ってきてないんだけど。
薬局でも薬を買おうと思えば買えるが、庶民としてはできれば安いもののほうが手出ししやすいのだろう。結構な数の予約を頂いた私はホクホクしていた。
来週までに薬量産しなきゃ。それに家に帰ったら売上金の計算もしなきゃ。予想よりも売上回収できたなぁ。
私がご機嫌にニコニコしていると、大通りの向こう側から見慣れたロバと、何も乗っていない荷車、それを誘導する大きな体を持つ熊獣人の姿。お父さんも今しがたお仕事を終えたようである。もうすでに片付けてしまったスペースを見たお父さんは少し驚いた顔をしていた。
「あれ、もう売れたのか?」
「ありがたいことに完売したよ」
「後で買いに行こうと思ったら一瞬で売れちまったよ」
警らのジムおじさんは何かを警戒するように首をあちこちに動かしていた。そして怪しいものがなにもないと判断したのか、彼はお父さんに少し屈むように指示した。
「気をつけな、マックの旦那。最近町に住み着いた成金が若い女の子を引っ張り込もうとしているって通報が相次いでいるんだ。さっきその成金がデイジーを見ていた。娘から目を離さないほうがいい」
お父さんのもふもふした耳元でジムおじさんは声を潜めながら警告した。直後、お父さんの耳の毛がビビッと逆立つ。明らかに殺気立っており、少し怖い。
「旦那がいる間は何もないだろうけどな、用心に越したことはないだろ。…詰め所の前で堂々と品定めするとはな、話に聞いたとおりの好色ジジィだぜ」
そっちの村の人にもこの事伝えておいてくれ、とジムおじさんは言った。険しい顔をしたお父さんは私を見下ろすと、「父さんから離れるんじゃないぞ」と言ってきた。
なるほど、さっきのあの嫌な感じの視線は……つまり、そういうことなのか。だから警らのおじさんは間に入ってくるようにして私を庇ってくれたんだ。今になって知った事実に私はゾッとした。
私は魔法が使えるが、まだまだ半人前以前の問題。対抗できるかと言われたら……まだ、自信がない。悔しいことだが。
「予定よりも早いけど帰ろう」
「うん」
町を出るまで、お父さんは辺りに殺気を飛ばしながら歩いていた。無害な町人がビクビクしていてなんか申し訳なかったが、私を守るためにしていることなので、何も言えなかった。
それに、私もなんだか妙に胸騒ぎがしたのだ。
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