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Day's Eye 森に捨てられたデイジー
持ちかけられた飛び級話
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学校に戻ると、長期休暇ボケで怠けている生徒たちがちらほらいた。勉強なんてだるい、また寮生活だるいといった態度を隠しもせずに、遅刻したり、居眠りしたり…休みボケでだらけている人が目の端々に映り込んできた。
私はと言うと、移動時間すら無駄にしたくないので、移動中の乗合馬車の中でもずっと教科書を読んでいた。学校では久々に先生たちと再会したので、質問したいことが書かれたノートと教科書を携えて挨拶もそこそこに質問攻めした。
先生たちは質問の多さに目を白黒させて若干引いていたが、私は構わず質問を続けた。一分一秒でも無駄にすることなかれ。
とにかく勉強・勉強・勉強である!
「デイジーってば久々に会ったのにまた勉強してるの?」
「学生の本分は勉強だよ、何を言っているの?」
「再会を喜び合おうよ、もっと私に興味持ってよぉ」
休暇明けに久々に再会したカンナからはウザ絡みされ、あぁ学校がまた始まったんだなぁと実感した。
「ありがとうございました。これお返しします」
一般塔の職員室に教科書を預けておけば、先生の誰かがフレッカー卿に返してくれるかなと思っていたのだが、偶然たまたまそこでご本人と会ったので直接お返しした。フレッカー卿、一般塔に立ち寄り過ぎじゃないか?
私が差し出した2年生の教科書を見るなり、フレッカー卿は片眼鏡の向こうの瞳をパッチリと大きく見開いていた。
「…もしかしてすべて読んだのかね?」
「はい。だいたいわかりました。後は実技のみって感じですね」
長期休暇中、目を皿のようにして何度も読み返したし、指先がインクで真っ黒になるくらいノートに書き込んだ。完璧とは言わんが、概ね理解した。
村の拓けた場所で魔法の練習もしたけど、誰か指導する人がいるわけじゃないので、あまり自信がない。こればかりは数をこなすしかない。あとは練習あるのみだな。
「…ふむ。そうだね。マック君、今日の放課後に時間を作れるかね? 3年生の教科書も貸してやろう」
「えっ、いいんですか?」
「構わないよ。じゃあ放課後、またここの職員室で会おう」
2年生の教科書に引き続き3年生の教科書まで…どこまで教育熱心なのだろうあの人。受け持ってる生徒じゃないのに…。
なにはともあれ私にとっては幸運なことである。
フレッカー卿に言われたとおりに放課後、職員室を訪れると、先に待機していたフレッカー卿によって、空いている席に座るようにすすめられた。えっ、ここ先生の席だけど座っていいの? …それで教科書は?
座ったままフレッカー卿を見上げると、彼は私に数枚の紙を差し出してきた。
「…?」
「学力テストだ。ちょっとやってみたまえ」
渡されたのは問題用紙と解答用紙だ。…なんと、ここに来て抜き打ちテストとは。
信じてないのか、私が2年生の教科書を読破したことを。制限時間は45分。…困惑したけども、解けと言われたのでおとなしく用意されていた羽ペンを手に取った。
早速最初の問題に目を通すと、なるほど。2年生で学ぶ内容が書かれていた。随分いい紙を使っているな…これは特別塔の生徒専用のテストなのでは…?
色々疑問はあったけど、私は羽ペンを休めずに問題を読み解く。どこからか先生方がお仕事をしている雑談や雑音が聞こえてくるけど、私はテストに集中して解き続けた。
最後まで解き終えると、見直しだ。
うん、なんとか出来たな。いい感じである。
「出来ました」
私は出来上がったテストをフレッカー卿に差し出す。彼は懐中時計を見て、うむ、となにか納得した風に頷いていた。
「…完璧だ。完璧だよマック君。全問正解だ」
答え合わせをしたフレッカー卿は感嘆のため息を付いていた。満点ですか。それは良かった。めちゃくちゃ勉強した甲斐があります。
それでこのテストの意味は何なのですか? 状況がわからず解いていたんですけど何か意味が…
「これは昨年度2年生用の学年末試験の用紙だ。総復習を兼ねているそれが満点。君はもうすでに飛び級できる段階に達している」
薄々感じていたけど、やっぱり2年生の総まとめテストでしたか。飛び級か…そういえば1学期の時そんなこと話したね。
「ビーモント君、彼女の才能をこのままにしておくのはあまりにももったいない。独学でここまでできる子は稀だ。彼女の能力に応じて飛び級させてあげたほうがいいと私は思う」
近くで事務仕事をしていた先生に声を掛けたフレッカー卿は熱く語った。ビーモント先生はというと卿の情熱に驚いて仕事の手を止めていた。
「はぁ…まぁ確かにマックは類を見ない勉強熱心な生徒ですが…」
解き終わったテスト用紙を見ていたビーモント先生は私と解答用紙を見比べて、困った風に後頭部を掻いていた。
「特別クラスでもここまで熱心な子は少ない。生徒の可能性を伸ばしてあげるのも我々教師の使命だと思うのだ。なに、君一人にだけ責任は押し付けない。面倒な試験の手続き云々は私が行おう」
「えぇと卿…まずは本人の意志を確認すべきかと思うのですが…」
燃えに燃えているフレッカー卿の勢いに圧されていたビーモント先生だったが、私の意志を尊重してくれる風である。
「レベルの合わない授業を受けるのは時間がもったいないだろう。マック君、本気で飛び級試験を受けてみてはどうかね?」
キラキラと片眼鏡の向こうの瞳が輝く。フレッカー卿はまるでおもちゃを見つけた少年のように瞳を輝かせていた。
その言葉に私は迷わず頷いた。
「そうですね、そうすることにします」
私の目標は高給取りになること。
それが近道になるなら、喜んで進もう。
私はもっともっと学びたいのだ。もっともっと自由自在に魔法を操りたい。
自分ひとりの力で生きられるように。
そして、私の力で誰かを救えたら尚いい。最近はそう思えるようになった。
■□■
新たに3年生の教科書を借りた私はそれを読み込みながらも、1年生の授業も熱心に取り組んだ。
「本日は薬作りを行います」
薬学の先生の言葉に私は瞳を輝かせる。
薬。それはどこにでも流通しているが、作れる人は限られている。医師、もしくは薬学専攻の大学校を卒業した人間か、魔法魔術学校を卒業した人間だ。
人それぞれ作り方に癖があるため、その作り手によって効果は変わる。わかりやすく言えば、丁寧な仕事をするか、大雑把な作り方しかしないかに分けられるんだけど。
薬を作れる人間は食いっぱぐれしない。それに加えて自分で材料調達できるようになればそれが生業になるので是非ともここは押さえておきたい。
私は教科書で1年から2年で習う範囲の薬の作り方を暗記した。しかし実技は未経験なので、ここでしっかり覚えてきたいと思う。腕まくりして気合を入れ直すと、隣でカンナが私の事をなんともいえない目で見てくる。
魔術師は治癒魔法も使えるが、その魔力にも限界がある。出来ることなら生き物に備わった治癒能力を生かして治療できたほうがいい。薬はその補助をしてくれるものだ。
……街で売ったらいい収入源になりそう。この傷薬とか、湿布薬とか……鎮痛剤もいいなぁ。
私は楽しくなってきたので一人でニヤニヤ笑っていた。手順通りにすすめた作業。あっという間に鍋の中で薬が出来上がってきた。緑色のそれを木べらでかき混ぜながら「ムフッ」と笑いを漏らす。
思ったよりも簡単だった。材料自体もそこまで高価なものじゃない。薬を買うより、自分で作ったほうが断然お得である。
「デイジーがまた企み笑い浮かべてる…」
自分の鍋の中を焦がしたカンナが私を見て怯えていた。
私はカンナが焦がした鍋の中を見てしまって、哀れみの目でカンナを見返した。材料入れて煮るだけなのになぜ焦がすんだ? 今まで何をしていたんだ?
「やだ、何その目、そんな目で見ないでよ!」
カンナが不快だとばかりに文句をつけてきた。初心者向けの傷薬でこれだと、彼女はこの後の薬学の授業をどうこなしていくのか心配である。
私の作った薬は「とてもいい傷薬が出来ましたね」と先生に褒められた。出来上がった薬を消毒済みの瓶に詰めてもらったので、それを厳重に梱包して手紙と一緒に実家に届けることにした。
木こりの仕事をするお父さんは小さなキズをこさえてくることが多いので、これが役に立つといいけど。
後日やってきたお父さんからの手紙には、「すごく効き目が良かったので仲間に自慢したら、使いまわしされてなくなってしまった。よかったらまた送って」と書かれていた。
自慢してくれた。
それが嬉しかった私は薬学の先生に頼んで、個人で材料を注文してもらい、新たに薬を作ると再度手紙と一緒に送り返してあげたのであった。
私はと言うと、移動時間すら無駄にしたくないので、移動中の乗合馬車の中でもずっと教科書を読んでいた。学校では久々に先生たちと再会したので、質問したいことが書かれたノートと教科書を携えて挨拶もそこそこに質問攻めした。
先生たちは質問の多さに目を白黒させて若干引いていたが、私は構わず質問を続けた。一分一秒でも無駄にすることなかれ。
とにかく勉強・勉強・勉強である!
「デイジーってば久々に会ったのにまた勉強してるの?」
「学生の本分は勉強だよ、何を言っているの?」
「再会を喜び合おうよ、もっと私に興味持ってよぉ」
休暇明けに久々に再会したカンナからはウザ絡みされ、あぁ学校がまた始まったんだなぁと実感した。
「ありがとうございました。これお返しします」
一般塔の職員室に教科書を預けておけば、先生の誰かがフレッカー卿に返してくれるかなと思っていたのだが、偶然たまたまそこでご本人と会ったので直接お返しした。フレッカー卿、一般塔に立ち寄り過ぎじゃないか?
私が差し出した2年生の教科書を見るなり、フレッカー卿は片眼鏡の向こうの瞳をパッチリと大きく見開いていた。
「…もしかしてすべて読んだのかね?」
「はい。だいたいわかりました。後は実技のみって感じですね」
長期休暇中、目を皿のようにして何度も読み返したし、指先がインクで真っ黒になるくらいノートに書き込んだ。完璧とは言わんが、概ね理解した。
村の拓けた場所で魔法の練習もしたけど、誰か指導する人がいるわけじゃないので、あまり自信がない。こればかりは数をこなすしかない。あとは練習あるのみだな。
「…ふむ。そうだね。マック君、今日の放課後に時間を作れるかね? 3年生の教科書も貸してやろう」
「えっ、いいんですか?」
「構わないよ。じゃあ放課後、またここの職員室で会おう」
2年生の教科書に引き続き3年生の教科書まで…どこまで教育熱心なのだろうあの人。受け持ってる生徒じゃないのに…。
なにはともあれ私にとっては幸運なことである。
フレッカー卿に言われたとおりに放課後、職員室を訪れると、先に待機していたフレッカー卿によって、空いている席に座るようにすすめられた。えっ、ここ先生の席だけど座っていいの? …それで教科書は?
座ったままフレッカー卿を見上げると、彼は私に数枚の紙を差し出してきた。
「…?」
「学力テストだ。ちょっとやってみたまえ」
渡されたのは問題用紙と解答用紙だ。…なんと、ここに来て抜き打ちテストとは。
信じてないのか、私が2年生の教科書を読破したことを。制限時間は45分。…困惑したけども、解けと言われたのでおとなしく用意されていた羽ペンを手に取った。
早速最初の問題に目を通すと、なるほど。2年生で学ぶ内容が書かれていた。随分いい紙を使っているな…これは特別塔の生徒専用のテストなのでは…?
色々疑問はあったけど、私は羽ペンを休めずに問題を読み解く。どこからか先生方がお仕事をしている雑談や雑音が聞こえてくるけど、私はテストに集中して解き続けた。
最後まで解き終えると、見直しだ。
うん、なんとか出来たな。いい感じである。
「出来ました」
私は出来上がったテストをフレッカー卿に差し出す。彼は懐中時計を見て、うむ、となにか納得した風に頷いていた。
「…完璧だ。完璧だよマック君。全問正解だ」
答え合わせをしたフレッカー卿は感嘆のため息を付いていた。満点ですか。それは良かった。めちゃくちゃ勉強した甲斐があります。
それでこのテストの意味は何なのですか? 状況がわからず解いていたんですけど何か意味が…
「これは昨年度2年生用の学年末試験の用紙だ。総復習を兼ねているそれが満点。君はもうすでに飛び級できる段階に達している」
薄々感じていたけど、やっぱり2年生の総まとめテストでしたか。飛び級か…そういえば1学期の時そんなこと話したね。
「ビーモント君、彼女の才能をこのままにしておくのはあまりにももったいない。独学でここまでできる子は稀だ。彼女の能力に応じて飛び級させてあげたほうがいいと私は思う」
近くで事務仕事をしていた先生に声を掛けたフレッカー卿は熱く語った。ビーモント先生はというと卿の情熱に驚いて仕事の手を止めていた。
「はぁ…まぁ確かにマックは類を見ない勉強熱心な生徒ですが…」
解き終わったテスト用紙を見ていたビーモント先生は私と解答用紙を見比べて、困った風に後頭部を掻いていた。
「特別クラスでもここまで熱心な子は少ない。生徒の可能性を伸ばしてあげるのも我々教師の使命だと思うのだ。なに、君一人にだけ責任は押し付けない。面倒な試験の手続き云々は私が行おう」
「えぇと卿…まずは本人の意志を確認すべきかと思うのですが…」
燃えに燃えているフレッカー卿の勢いに圧されていたビーモント先生だったが、私の意志を尊重してくれる風である。
「レベルの合わない授業を受けるのは時間がもったいないだろう。マック君、本気で飛び級試験を受けてみてはどうかね?」
キラキラと片眼鏡の向こうの瞳が輝く。フレッカー卿はまるでおもちゃを見つけた少年のように瞳を輝かせていた。
その言葉に私は迷わず頷いた。
「そうですね、そうすることにします」
私の目標は高給取りになること。
それが近道になるなら、喜んで進もう。
私はもっともっと学びたいのだ。もっともっと自由自在に魔法を操りたい。
自分ひとりの力で生きられるように。
そして、私の力で誰かを救えたら尚いい。最近はそう思えるようになった。
■□■
新たに3年生の教科書を借りた私はそれを読み込みながらも、1年生の授業も熱心に取り組んだ。
「本日は薬作りを行います」
薬学の先生の言葉に私は瞳を輝かせる。
薬。それはどこにでも流通しているが、作れる人は限られている。医師、もしくは薬学専攻の大学校を卒業した人間か、魔法魔術学校を卒業した人間だ。
人それぞれ作り方に癖があるため、その作り手によって効果は変わる。わかりやすく言えば、丁寧な仕事をするか、大雑把な作り方しかしないかに分けられるんだけど。
薬を作れる人間は食いっぱぐれしない。それに加えて自分で材料調達できるようになればそれが生業になるので是非ともここは押さえておきたい。
私は教科書で1年から2年で習う範囲の薬の作り方を暗記した。しかし実技は未経験なので、ここでしっかり覚えてきたいと思う。腕まくりして気合を入れ直すと、隣でカンナが私の事をなんともいえない目で見てくる。
魔術師は治癒魔法も使えるが、その魔力にも限界がある。出来ることなら生き物に備わった治癒能力を生かして治療できたほうがいい。薬はその補助をしてくれるものだ。
……街で売ったらいい収入源になりそう。この傷薬とか、湿布薬とか……鎮痛剤もいいなぁ。
私は楽しくなってきたので一人でニヤニヤ笑っていた。手順通りにすすめた作業。あっという間に鍋の中で薬が出来上がってきた。緑色のそれを木べらでかき混ぜながら「ムフッ」と笑いを漏らす。
思ったよりも簡単だった。材料自体もそこまで高価なものじゃない。薬を買うより、自分で作ったほうが断然お得である。
「デイジーがまた企み笑い浮かべてる…」
自分の鍋の中を焦がしたカンナが私を見て怯えていた。
私はカンナが焦がした鍋の中を見てしまって、哀れみの目でカンナを見返した。材料入れて煮るだけなのになぜ焦がすんだ? 今まで何をしていたんだ?
「やだ、何その目、そんな目で見ないでよ!」
カンナが不快だとばかりに文句をつけてきた。初心者向けの傷薬でこれだと、彼女はこの後の薬学の授業をどうこなしていくのか心配である。
私の作った薬は「とてもいい傷薬が出来ましたね」と先生に褒められた。出来上がった薬を消毒済みの瓶に詰めてもらったので、それを厳重に梱包して手紙と一緒に実家に届けることにした。
木こりの仕事をするお父さんは小さなキズをこさえてくることが多いので、これが役に立つといいけど。
後日やってきたお父さんからの手紙には、「すごく効き目が良かったので仲間に自慢したら、使いまわしされてなくなってしまった。よかったらまた送って」と書かれていた。
自慢してくれた。
それが嬉しかった私は薬学の先生に頼んで、個人で材料を注文してもらい、新たに薬を作ると再度手紙と一緒に送り返してあげたのであった。
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