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Day's Eye 森に捨てられたデイジー

満点に加えて+5点

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 カリカリカリと羽ペンで文字を書く音が教室中に響き渡っていた。
 現在、中間試験真っ最中である。途中、どこからか誰かの「うーん」と唸り声が聞こえてくる。試験に難航している人がいるようだ。
 私はといえば、一足先に解き終わり、間違いがないか見直しをしていた。

「今回のテストでは前半期に授業で教えた基本中の基本を出題している」

 教室にやってきた教科担当の先生が簡単に説明をしている。確かに基本中の基本だ。授業をしっかり聴いて、復習したら問題ない範囲であった。
 試験直前になってからようやく、同室のカンナは試験勉強に取り掛かっていた。私はずっと前から予習の合間に復習を繰り返していたので焦っていなかったが、隣でカンナが泣き言を言ってくるのが鬱陶しかった。

「先生、質問です」

 問題を解いている最中にちょっと引っかかった部分があったので、その件で手を上げた。

「ん、どうした?」
「ここなんですけど…私の思い違いでなければ……」

 もしかしたら私の勘違いかも知んないけど、なんか違う気がするんだよね。問題の記述を間違えてるんじゃないかなって。

「おっと、一本とられたな。先生の間違いだ」

 私の質問に先生は自分の手違いを認めて後頭部をワシャワシャかきながら肩をすくめていた。「えー!?」と周りから文句が飛んでくるが、そこの問題は全員点数をあげるということで話は終わった。


 入学して約5ヶ月。長期休暇前の中間試験は特に何の問題もなく終えた。自分が気負うよりも試験簡単だったな。試験結果も順次に配布され、学年順位表が掲示板に貼り付けられた。

「…試験ってさ、全教科で500点満点よね」
「そうだね」

 私は順位表を見上げて順位を確認していた。すると隣にいたカンナにそう問いかけられたので、返事をする。今回の試験では5教科の試験が行われ、各教科100点満点。合計500点のはずだ。

「いやなんで!? デイジーが学年1位なのは納得だけど、なんでデイジーの合計点数505点なの!?」
「先生の出題間違いの問題を訂正した上で解答を書いておいたら得点を別にくれたの」

 別に何も言ってないのに、テストは105点で返ってきたんだ。冗談かなと思ったらガチで+5点だったらしい。そういうことしてもいいのだろうかと心配ではあるが、私はちょっと得した気分である。
 1位に「デイジー・マック 505点」とデカデカと書かれた順位表。私はそれを見て誇らしい気持ちになった。お土産話が出来たぞ。帰省するのが楽しみだ。

「まじかよ…引くわ…」
「ガリ勉クイーン…」

 どこからか陰口を叩かれたが、痛くも痒くもない。私は1位になれるだけのことをしてきたのだ。胸を張って堂々としてやる。
 村でも勉強ばかりの女は可愛くないと言われてきたが、ここでもそういう風潮みたいだ。それでも私は遠慮しない。このまま好成績を納め続けて、将来絶対に高給取りになるのだ。
 ここにいる同級生皆、蹴落とすべき相手だ。努力せずに、喧嘩を売るしか能がないものは相手にしない。私は目の前に広がる好敵手たちをはねのけて独走してやるんだ…!

「またデイジーが怖い顔で笑ってる……」

 ぐっと拳を握って笑っていると、横でカンナが震え上がっていた。


 私は1学年の範囲を大まかに予習し終えた。次に2学年の範囲に取り掛かっているのだが、特別塔の生徒が使う教科書は学力が高いようにも思える。上流階級と庶民でこれだけ差があるのか…。
 貧困が連鎖するように、裕福出身の人間は始めから恵まれている人が多い。…私がここでどれだけ頑張っても上流階級の人には負けてしまうのだろうか……いいや、弱気になっては駄目だ。そもそも生きている世界が違うのだ。私は私のやり方で上り詰めるのみ…!

「そんなわけでこの教科書、休暇中もお借りしてもよろしいでしょうか」
「マック君は実に勉強家だね、構わないよ」

 たまたま一般塔に来ていたフレッカー卿を見かけたので、挨拶がてらお伺いを立ててみた。
 良かった。門外不出だって言われたら長期休暇を無駄に過ごすところだった。よし、授業のない長期休暇中にサクサク進めていくぞ!

「学校はどうだね? 先日の試験では満点超えて505点だったと聞いたが」
「初歩中の初歩だったので、思ったよりも余裕でした。この調子で上の学年の範囲も予習していけたらと思います」
「ふむ」

 私の返答にフレッカー卿はあごひげを蓄えてる顎を指で擦った。

「マック君、余計なお世話かもしれんが、飛び級試験というものを知っているかね?」
「…あぁ、なんか魔法魔術省の役人さんが話してくれていたような」
「君ならレベルに応じて飛び級が可能かもしれないよ」

 飛び級制度があるというのは聞いたことあるけど、漠然としていて想像できてなかったな。

「飛び級する人は多くいるんですか?」
「昔は今よりも多かった。今はそうでもないが」

 最近の子達は情熱がないと言うかなんというか…と嘆くように頭を振るフレッカー卿。

「とはいえ、昔の生徒に情熱があったのは隣国の紛争があったからなのだが…」
「……シュバルツ侵攻のことですか?」

 私の問いかけにフレッカー卿はコクリと頷く。
 うちの先生が援軍に出向いたというくらいだ。このフレッカー卿も援軍として戦場を目の当たりにしたのかもしれない。

「散々たる有様である隣国の現状を憂いたのだろう。国を守りたい、国を変えたいと志を露わにして勉学に励む生徒が多くいたのだが……」

 「今は」彼はそう言いかけて、止めた。

「…まぁ、今が落ち着いていて平和だから、生徒たちも日和見になっているのかもしれない……それがいいことなのか、悪いことなのか…」

 紛争のことは一言も語らず、フレッカー卿は喜べばいいのか悲しめばいいのかと言った感じで嘆いていた。
 喜べばいいと思うよ。
 私としては敵が少ないほうが楽なので。

「そういえば君は帰省するのかい?」
「しますよ。家族が心配してますし、休暇中に長兄が結婚するので」

 かねてより交際していた恋人と結婚して所帯を持つと長兄から手紙を貰ったのだ。なので帰省の際に王都の店で結構のお祝い品を購入して帰る予定だ。
 一応希望者は学校の寮に残れるそうだけど、私は帰るよ。勉強は家でもできるし。

「それはめでたいな。そうだ、祝福の呪文を知っているかい?」

 目を輝かせたフレッカー卿は手のひらを天井に向けてなにかブツブツ呟いた。フレッカー卿の手のひらに金色の渦が発生し、それは細かい光をキラキラと発しながら辺りに散らばった。
 私に降り掛かってきたそれは雪のように消えてなくなってしまった。1年生の授業では習わない呪文だ。すごくきれい。

「祝福の魔法をかけられた新郎新婦は幸せになれるジンクスがあるんだ。お兄さんたちもきっと喜ぶ」

 これは6年で習うものだが、難しいものでもない。君ならきっと操れるはずだ。そう言って悪戯な笑みを浮かべたフレッカー卿。
 私のお父さんと同じ位の年令なのに、村のいたずら小僧みたいに笑うものだからなんだか親近感が湧いた。


■□■


 1学期が終了し、帰省時期になった。学校の正門前には沢山の馬車がお出迎えに上がっていた。
 私はもちろん、庶民御用達の乗合馬車に乗って帰る。生徒たちの安全性を考えて、学校側が手配してくれた馭者が操縦する馬車である。

「はい、売店で買ったクッキーよ。これ美味しいのよ」

 ガラガラと乗合馬車が動き始めた。隣でカンナが世話焼きおばちゃんのごとくお菓子を配ってくる。私はお礼を言ってそれを受け取ると、一口かじった。中にドライフルーツとナッツのはいった…クッキー? それにしては柔らかいけど……まぁ、カンナの言う通り美味しかった。

 もぐもぐと咀嚼していると、ふととある馬車を見つけた。華美な装飾のその馬車は恐らく貴族様のものであろう。その馬車が動き始め、乗合馬車の隣を追い越していった。
 中に乗っていたのは貴族のお姫様。この学校に通う王太子殿下の婚約者であるお姫様だ。つい最近婚約が内定したのだそうだ。彼女は数多くの令嬢の中から選ばれた、未来の王妃になる人なのである。
 窓越しに覗くその横顔はぼんやりとしており、顔色は透き通るように青白かった。とてもきれいな人だけど、なんだか疲れているように見えた。
 貴族は貴族で学ぶことが多くて大変なのだろう。ましてや王太子殿下の婚約者ってのは想像できないくらい緊張を強いられそうだ。彼女のことは全く知らないが、なんとか頑張ってほしい。

 この学校に入学してからようやく同じ種族である人間と関わるようになったけども、学校の方針もあったので貴族や王族のような上流階級の人とは関わらなかった。
 怖いなぁ、とっつきにくそう、気取っているように見えた上流階級の中にもこんな風に気安く話してくれる人がいるんだなぁとフレッカー卿を見て思ったが、王国制の階級っていうのはやっぱり区別が必要なものだと思う。でないと示しもつかないし、国もぐちゃぐちゃになってしまう。親しくしてもらっても、それなりの分別は付けなくては。

 クラスの人は、貴族や王族にあこがれを抱いているが、私には堅苦しそうな生活をしているなぁという印象しかない。結婚はほぼ政略結婚だし、貴族女性が仕事を持つのは稀だ。
 貴族王族に連なる人なら、コネを使って出世できそうだけど、その分制約もありそう……

 幸せの形は人によって違うけど、少なくとも私には息苦しくて無理だと思うな。高給取りにはなりたいけど、ガチガチに縛られるのはちょっとねぇ…
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