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再会と変な空気の招待試合【前編】

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「菜乃花ちゃんは嶋野先輩と付き合わないの?」

 突然三国さんからそんな事を言われた私は困惑した。

「急になに…?」

 自分が彼氏持ちになったからお世話を焼こうとしているのだろうか……もしそうならば本当に余計なお世話だぞ。

「私は恋愛するために部活に入ったんじゃないから」

 冷やかされるのが好きじゃない私は、突き放すようにしてその話を無理やり終わらせた。そういう事されると相手と気まずくなるからやめてほしいのだけど。
 すると三国さんはしょん…と悲しそうな顔でしょげてしまった。あ、そういえばこの人はキャプテン目当てで入部したんだったな。今の言い方は「あんたと私は違う」って嫌味を言っているように聞こえたかも……本当のことだけど。
 何故か私が罪悪感を抱いてしまった。

「ご、ごめんね…2人の間の空気感がものすごくいいから……」
「おもちゃ扱いされてるだけだよ」

 確かに、瑞樹先輩は何かに付けて絡んでくるが、そこに下心っぽいものはないし……妹でも愛でている感覚でいるんじゃないのかな。

「そんな事ないと思うけど…」
「三国さん、おしゃべりやめて仕事しよう。明日は招待試合があるんだよ。今はその準備中でしょ?」

 さっきから全然手が動いていないけどやる気あるのかな?
 私はおしゃべりするために男子部の縫い物を手伝っているわけじゃないんだ。こっちもこっちの仕事があるからできることなら早く帰りたいんだよ。
 しょぼぼ…と凹んだ三国さんを放置して、私は手伝うと決めたノルマ分をさっさとチクチク縫って仕上げた。

「じゃあ、後は頑張って!」
「えっ、もう!?」

 補修済のユニフォームの山を見た三国さんは目を丸くして驚いていたが、私の縫うスピードが早いんじゃない、三国さん、あんたが遅いだけだ。

「おつかれー」
「いたっ」

 やっと危機感を抱いたらしい三国さんがあわあわして針を指に刺したらしい悲鳴を聞きながら男子部の部室を出ると、すっかり暗くなった空を見上げた。
 明日は朝から忙しいぞ。なんたって他校バスケ部を招いての招待試合なんだもの。準備は抜かりない。なにか起きそうで怖いので男子部の方も確認しておいたので多分大丈夫。

「明日は……4時起きかな」

 私は空に向かって両腕を伸ばして背筋を伸ばすと、女子部室に向かって帰る準備をした。
 明日は忙しい。早く帰って早く寝よう。
 
 私はワクワクしていた。
 部員たちの試合が見られるのだ。部内で行う練習試合とは違って、他校のバスケ部との緊張感ある試合だ。見てると多分自分もバスケしたいなぁって気分に襲われるけど、それ以上に楽しみだった。


■□■


 朝4時起きは流石に眠い。
 しかし接待はしっかりしなくては。
 私は他校の女子部の生徒さんと監督さん達を笑顔でお出迎えして誘導する。ちょっとばかし緊張しているが、段取りを組んでいたので問題なくスムーズにできた。
 一方の三国さん側は他校の男子バスケ部員に見惚れられ、キャプテンが牽制をかけるという図が出来上がっていた。三国さんが涙目でこっちを見ていたが、私は知らないフリをした。
 そっちはそっちで何とかしてくれ。私は自分の仕事をするから。


「…竹村?」

 名前を呼ばれて私はピクリと反応した。足を止めて振り返ると、そこには他校のバスケ部のユニフォームを着た男子がひとり、こちらを見ていた。

「やっぱり。似てるなーって思ったんだ。お前ここの学校だったっけ? …高校もバスケ部入ったんだな」
「……西山」

 それは中学の同級生、そして同じバスケ部の人だった。…中学時代、レギュラー入りできない仲間でもあった。

「俺、今回レギュラーなんだ。今日はよろしくな」

 ニカッと晴れやかな誇らしげな笑顔で言われた言葉にずきりと自分の中のプライドが傷ついた気がした。

「…私はプレイヤーから引退したから、試合で戦うことはないよ」
「え? なんで。お前バスケ好きだったじゃん。…身長が原因か?」

 この野郎。自分がにょきにょき伸びたからって人の傷口にグリグリ塩を塗りつけやがって…。原因は身長もあるけどそれだけじゃないし。

「感動の再会のところ申し訳ないんですが、彼女、女子部のマネージャーなのでお触り禁止です。男性陣はこちらへお願いしまーす」

 そこに私を隠すように間に入ってきたのは、彼の人である。
 顔を見なくても、聞き慣れた声とバスケ部ジャージ背面に名前がアルファベットで表示されているから誰かなんてわかる。色素が薄く、整髪料で髪型をおしゃれに決めた……今回レギュラー入りできてめちゃくちゃ喜んでいた男、瑞樹先輩である。

「ほらほら菜乃ちゃん、お仕事お仕事ー」

 彼はふざけた口調ながらも私に仕事に戻るように誘導すると、マネージャー三国さんの代わりに対戦校の男子部の皆さんを案内してくれていた。……また、そうやって私のこと庇う…

 だけど正直ありがたかった。
 バスケが好きなのに、低身長や怪我という障害に阻まれてヤケになって、うまく行かず空回りをしていた時代を知られている相手と再会となると気まずい。
 なによりも諦めていたバスケの気持ちが蘇ってしまいそうで、ただでさえグシャグシャのプライドが更に完膚無きまで叩きつけられてしまいそうだったから。

 ……西山、めちゃくちゃ背が伸びていたな。
 いいなぁ。私ももっと身長があれば、今もバスケに没頭できていたのだろうか?
 暗い気持ちになっていたが、私は自分の使命を思い出したのでそれに集中することにした。



「竹村さん、だっけ?」

 控室代わりの空き教室に他校の女子部員を案内すると、その中にいたひとりが私を呼び止めてきた。
 女子といえど、バスケをしている彼女は見上げるほど背が高い。部活で高身長の女子に囲まれるなんて日常茶飯事なのになんかコンプレックス刺激される。

「さっきのかっこいい人って名前なんて言うの?」
「え…あぁ、2年の嶋野先輩ですが」
「嶋野くんか、彼女いるのかな?」
「そういう話は…あまり…」

 ずずいと前のめりで質問された私はしどろもどろに答えた。
 なんと、瑞樹先輩は他校の女子生徒に気に入られたらしいぞ。すごいな、ただ場を鎮めて誘導しただけなのに。やっぱり顔か、身長なのか。

「そっかー」

 彼女はなんだか乙女な顔をしてウキウキした様子で「ありがと」とお礼を言ってきた。

 ……そういえば、瑞樹先輩ってあんなんでも地味にモテるんだよなぁ。だけど、浮いた話がまったくない。本人曰く、バスケバカなのを許してくれる相手じゃなきゃヤダ。とのことだった。

 あとなんだっけ……本人に教えてもらった理由がもう一つあったんだよね。
 彼は去年の秋頃から急速に背が伸びて今の長身にはなったけど、それ以前までは162という男子バスケット選手としては低身長だったらしい。
 そのせいなのか、女の子に全くといっていいほどモテなかったそうなのだ。それなのに背が伸びた途端手のひら返されたように女の子が寄ってくるようになって……それが怖くなったとかなんとか。
 あの人のことだからそれが真実かそうじゃないかはわからないけどね。

 ……同じ、バスケ選手なら……それに他校だから、恋愛禁止の掟に一切触れない。
 瑞樹先輩は普段あんなんだけど優しいし、きっと作ろうと思えば彼女のひとりやふたり簡単に作れちゃうんだろうな。

「……」 

 さっきの女の子が瑞樹先輩と並ぶ姿を想像してみたら、なんだか心臓あたりがムカムカした。
 体育館前で立ち止まって、謎のムカムカもやもやと格闘していると、ぽす、と大きな手が頭を後ろから優しく撫でてきた。

「ここで突っ立ってどうしたの、菜乃ちゃん。今日顔色悪いし、体調良くないんじゃない?」

 噂をすれば影である。
 レギュラーのくせに、こんな場所で何のんきに道草食ってんだこの人は。

「先輩! 試合ですよ! マネージャーの心配よりも自分の試合の心配してください!」
「えぇ!? なにどうしたの」

 心配してあげたのにー、とブチブチ言いながら、彼は体育館に歩を進めた。私はその後をついていく形で中に入ろうとしたのだが、「嶋野くん!」という女子のはしゃいだ声に反応して立ち止まった彼に合わせて一緒にピタリと止まった。

「え?」

 先輩は振り返って呼ばれた先を確認していたが、その相手が対戦校の女子部員だとわかると怪訝な顔になっていた。

「私、A高校の伊藤果鈴っていいます、今日はよろしくね」
「あぁ…どうも」

 さっきの女の子は伊藤さんというのか。私よりもうんと背が高い彼女だが、男子である瑞樹先輩よりも頭半分弱低い。
 すごい…同年代に見える。私と瑞樹先輩が並ぶと大人と子供なのに……
 
 2人が並んでいる姿を見ていると、モヤモヤムカムカが更に大きく膨らむ。
 なんだかとっても面白くなかった。
 女の子に話しかけられて鼻を伸ばしているように見える瑞樹先輩とぱっちりと目が合ったが、余計に腹が立つ。

「菜乃ちゃ…」

 名前を呼ばれたが、すっと目をそらすと彼らの横をすり抜けて体育館の中に入っていったのである。

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