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勘違いを続ける彼女と彼女が気になる彼。
山が山、麾が麾。
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修学旅行1日目は団体行動だけで終わった。
クラスごとにバスに乗って宿泊先のホテルに帰ると食事と入浴を順番ずつ行い、その後は消灯時間まで自由時間となる。
初日と2日目のホテルの部屋は畳の上に布団を敷いて雑魚寝タイプだった。お風呂から戻るとすでにお布団が準備されており、私は適当に隅っこの布団を本拠地とした。
リュックに悠木君と交換したうそ鳥守りをつけて、それをぼんやりと眺めていると、同じ部屋の女子たちがわらわらと部屋の出入り口に向かっていた。
「私達男子の部屋に行くけど、美玖も行く?」
季衣からの誘いに私は首を横に振る。
「美玖は悠木君に会いに行かないの?」
続いてゆうちゃんからの問いかけには「行かないよ」と否定しておく。
これはあれだな。少女漫画によくある修学旅行イベント…先生の見回りで生まれる恋、近づく心…ってやつな。友人に押し付けられて読んだ漫画の内容を思い出して苦々しい気分に陥る。
「じゃあ留守番おねがいね?」
私は一人お留守番役に任命されてしまったぞ。彼女たちが部屋を出ていくのを見送った私は肩をすくめた。
修学旅行中といえど、時間は大切だ。働けない代わりに時間の有効活用で私は持ってきた学習用具を広げて勉強していた。部屋の外では生徒たちのはしゃぐ声が聞こえてきて楽しそうだなぁとは思うけど、私はそこに混ざるよりも自分の時間を過ごしたい気分である。うむ、いつもと同じ過ごし方が一番落ち着くということだな。
そう言えば、大阪に来たのにお好み焼きもたこ焼きも食べてないな…団体行動だったから致し方ないが。せっかく本場に来たんだし、明日どっちか食べよう。
…食べ物のことを考えたらお腹が空いたな。大浴場近くに牛乳の自販機があったはずだ。瓶のコーヒー牛乳が美味しそうだったからそれ飲もうかな。
──ドタドタドタ…
勉強の手を止めて財布と部屋の鍵を持って部屋に出ようとした私は、外から聞こえてきたドタドタ足音に眉を顰める。
ホテルの廊下は絨毯なのになんでこんなに音が……?
ひょこっとドアから顔を出すと、廊下の奥から走ってくる人影……必死の形相をした悠木君がホテルの浴衣の裾を乱しながら駆けてきたではないか。スリッパも履いておらず、裸足でガチ走りしている。
唖然とする。なんで女子部屋エリアに悠木君が…?
私が困惑しているのにもお構いなしに、私の姿を発見した悠木君は飛びついてきた。
「森宮! 匿って!!」
彼は部屋の外に一歩足が出ていた私の肩を押して部屋に逆戻りさせた。そしてパタンと閉ざされるオートロックの部屋。
それから数秒置いて、ぱたぱたぱたと複数の足音が廊下の奥から響いてきた。私は扉を背に押し付けられる形で、口を手のひらで覆われていた。塞いでいるのはもちろん悠木君である。
『ねぇ、悠木君見てない?』
『さぁ…』
廊下側では悠木君の姿を探していると思われる女子の声。悠木君がぎくりとした。追跡者は隅から隅まで捜索するつもりのようだ。まるでトイレのドアを叩いてハナコさんを呼ぶ儀式のようでもある。
──コンコン、と扉が叩かれ、背中に小さな振動が伝わってきた。扉一枚を挟んだ向こう側に、奴らはいる。悠木君の顔が真っ青になり、本格的に殺人鬼に狙われた主人公な表情になっていたので私は沈黙を守っておいた。
知ってるよ。ホラーサスペンス映画ならここで斧とかナタのようなものでドアぶち破られる展開だよね。
『あ、そこの部屋の女子、皆で男子の部屋に向かってたからいないよ』
『そっか…』
他の部屋の人が不在であると教えると、扉を叩いていた人物は諦めたようだ。私はここにいます。と主張したいけど、ここでは悠木君を守らねばなるまい。
一体何だったんだ。
どくんどくんと悠木君から心臓の音が伝わってくる。手のひらからだろうか。それともこんなに近くにいるから聞こえちゃうのだろうか。私と悠木くんは黙って見つめ合った。
『どこ行ったんだろー』
『修学旅行中に喰っちゃうって意気込んでたのにねー』
『あともうちょっとだったのに…!』
外の人物の言葉に私は合点がいった。ついつい哀れみを含んだ視線になってしまうのは仕方ないと思う。
私の視線に気づいた悠木君はぶんぶんと頭が取れそうな勢いで横に首を振っている。……いいんだよ、否定しなくても。外の気配が完全になくなったのを見計らって私は言った。
「悠木君…体痛いところないかな? 何されたか話せる?」
「誤解だ!」
否定しなくていいよ。男性側が被害に遭うこともあるんだ。その場合泣き寝入りするパターンが多いのだって聞いたことがある。私にごまかしなんて必要ないよ、友達じゃないか。
もう大丈夫だ、怖くない。私が優しく説明しようとしたら悠木君は真っ向から否定してきた。
「廊下歩いていたら部屋に引きずり込まれそうになって逃げてきただけだ!」
「いいんだよ、強がらなくたって」
「だから、なんともねぇって……ッ!」
ドアに押し付けられたままだった私から悠木君がバッと離れた。
どうしたんだろうと彼の顔を見ると、悠木君は真っ赤な顔をしていた。さっきまで青ざめていたのに…信号機みたいだね。
「お前…なんて格好を…」
口元を抑えた悠木君に言われて私は自分の体を見下ろす。
なんの変哲もないホテルの浴衣だ。女子のものは華やかなものが多かったけど、暖色の可愛い柄はみんな他の女子が奪ってきたので、私のは空色ベースに紫の花が描かれている落ち着いた柄である。
乱れてもないし、なんとも無い。私よりも悠木君のほうが着崩しているぞ。胸元も裾も乱れて大変なことになってる。
「悠木君も同じ格好だからね!?」
私の格好のどこがおかしいんだどこが! どっちかと言えば悠木君の姿のほうが目に毒だから! 色気振りまいて何がしたいんだあんたは!
なのに悠木君は視線をそらして深呼吸をしており、私の訴えは聞いていない。
部屋から出ようにも腹を空かせたメスライオンたちがいるかも知れないということで、しばらくこの部屋に籠城することになった悠木君は布団が敷かれていない畳の上であぐらをかいていた。居心地悪そうに体を揺らしている。
「コーヒー牛乳買うついでに、偵察してこようか」
良い提案だと思ったのだが、悠木君の反応は思ったものとは異なっていた。
「女子の部屋に一人で居るのバレたら大変な事になるだろ!? 俺を一人にしないでくれ!」
「大丈夫、うちの部屋の女子は男子部屋にいるから。それに私が鍵を持っていれば誰も入れないよ」
そう説得したけど、私の腕を掴んで離さない。余程怖い目に遭ったのだろう。一人になりたくないだなんて、かわいそうに。
先生に言うのも嫌、私から襲ってきた女子に注意するのも駄目と却下しかされない。なにもできないぞ、困った。
私はスマホを手に取るとアプリを起動した。未読スルーでメッセージがごっそりたまっている眼鏡のアカウント宛にメッセージを送信して彼の保護を願い出た。
【悠木君が女子に襲われたから、ボディガードがてら迎えに来て。】
すぐに既読になり、5分もしないくらいに部屋の扉がノックされた。
扉の鍵を解錠して、ほんのちょっとだけ扉を開ける。外を覗き込むとそこには同じく浴衣姿の眼鏡の姿。
「山が山」
「えっ、なに?」
眼鏡に合言葉を求めたが、合言葉は返ってこなかった。
「眼鏡、周りに怪しい女子はいない?」
「うん、いないと思う」
私は部屋の奥で座っていた悠木君に来るように合図を送ると眼鏡に彼の安全を託した。
「2人きりで何してたの、やだなぁイヤらしい」
こんな状況なのに眼鏡が下世話な冗談を吹っかけてきたので私はキッと睨みつけた。
「悠木君は貞操の危機だったんだよ、私は匿ってあげただけ」
迎えに来てくれたのは有り難いが、いつもの調子で人を人をおちょくるのはやめてくれないか。
「悠木君は心に傷を負ってるの。…今日はからかわずに優しく接してあげてね」
念押しすると、眼鏡のレンズの向こうの瞳が丸くなり、視線が悠木君に向かった。
「だから森宮は大袈裟なんだって」
悠木君はそう言うが、これが男女逆なら大変なことだぞ? 事の重大さを全くわかってない。
私は彼の両手を持ち上げてぎゅっと握りしめると、彼の瞳をしっかり見つめた。
「悠木君、男だからって強がらなくていいの。もう大丈夫だよ。眼鏡が身代わりになってでも守ってくれるから」
「えっ俺、身代わり要因なの?」
できるなら私も男子部屋まで見届けたいけど、それは悠木君に却下されたので、眼鏡とともに戻る悠木君を部屋の前で見送った。
…今になって恐怖がぶり返してきたのだろう。遠ざかっていく悠木君の肩はガクリと落ちて、しょぼくれているようにも見えた。
クラスごとにバスに乗って宿泊先のホテルに帰ると食事と入浴を順番ずつ行い、その後は消灯時間まで自由時間となる。
初日と2日目のホテルの部屋は畳の上に布団を敷いて雑魚寝タイプだった。お風呂から戻るとすでにお布団が準備されており、私は適当に隅っこの布団を本拠地とした。
リュックに悠木君と交換したうそ鳥守りをつけて、それをぼんやりと眺めていると、同じ部屋の女子たちがわらわらと部屋の出入り口に向かっていた。
「私達男子の部屋に行くけど、美玖も行く?」
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「美玖は悠木君に会いに行かないの?」
続いてゆうちゃんからの問いかけには「行かないよ」と否定しておく。
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「じゃあ留守番おねがいね?」
私は一人お留守番役に任命されてしまったぞ。彼女たちが部屋を出ていくのを見送った私は肩をすくめた。
修学旅行中といえど、時間は大切だ。働けない代わりに時間の有効活用で私は持ってきた学習用具を広げて勉強していた。部屋の外では生徒たちのはしゃぐ声が聞こえてきて楽しそうだなぁとは思うけど、私はそこに混ざるよりも自分の時間を過ごしたい気分である。うむ、いつもと同じ過ごし方が一番落ち着くということだな。
そう言えば、大阪に来たのにお好み焼きもたこ焼きも食べてないな…団体行動だったから致し方ないが。せっかく本場に来たんだし、明日どっちか食べよう。
…食べ物のことを考えたらお腹が空いたな。大浴場近くに牛乳の自販機があったはずだ。瓶のコーヒー牛乳が美味しそうだったからそれ飲もうかな。
──ドタドタドタ…
勉強の手を止めて財布と部屋の鍵を持って部屋に出ようとした私は、外から聞こえてきたドタドタ足音に眉を顰める。
ホテルの廊下は絨毯なのになんでこんなに音が……?
ひょこっとドアから顔を出すと、廊下の奥から走ってくる人影……必死の形相をした悠木君がホテルの浴衣の裾を乱しながら駆けてきたではないか。スリッパも履いておらず、裸足でガチ走りしている。
唖然とする。なんで女子部屋エリアに悠木君が…?
私が困惑しているのにもお構いなしに、私の姿を発見した悠木君は飛びついてきた。
「森宮! 匿って!!」
彼は部屋の外に一歩足が出ていた私の肩を押して部屋に逆戻りさせた。そしてパタンと閉ざされるオートロックの部屋。
それから数秒置いて、ぱたぱたぱたと複数の足音が廊下の奥から響いてきた。私は扉を背に押し付けられる形で、口を手のひらで覆われていた。塞いでいるのはもちろん悠木君である。
『ねぇ、悠木君見てない?』
『さぁ…』
廊下側では悠木君の姿を探していると思われる女子の声。悠木君がぎくりとした。追跡者は隅から隅まで捜索するつもりのようだ。まるでトイレのドアを叩いてハナコさんを呼ぶ儀式のようでもある。
──コンコン、と扉が叩かれ、背中に小さな振動が伝わってきた。扉一枚を挟んだ向こう側に、奴らはいる。悠木君の顔が真っ青になり、本格的に殺人鬼に狙われた主人公な表情になっていたので私は沈黙を守っておいた。
知ってるよ。ホラーサスペンス映画ならここで斧とかナタのようなものでドアぶち破られる展開だよね。
『あ、そこの部屋の女子、皆で男子の部屋に向かってたからいないよ』
『そっか…』
他の部屋の人が不在であると教えると、扉を叩いていた人物は諦めたようだ。私はここにいます。と主張したいけど、ここでは悠木君を守らねばなるまい。
一体何だったんだ。
どくんどくんと悠木君から心臓の音が伝わってくる。手のひらからだろうか。それともこんなに近くにいるから聞こえちゃうのだろうか。私と悠木くんは黙って見つめ合った。
『どこ行ったんだろー』
『修学旅行中に喰っちゃうって意気込んでたのにねー』
『あともうちょっとだったのに…!』
外の人物の言葉に私は合点がいった。ついつい哀れみを含んだ視線になってしまうのは仕方ないと思う。
私の視線に気づいた悠木君はぶんぶんと頭が取れそうな勢いで横に首を振っている。……いいんだよ、否定しなくても。外の気配が完全になくなったのを見計らって私は言った。
「悠木君…体痛いところないかな? 何されたか話せる?」
「誤解だ!」
否定しなくていいよ。男性側が被害に遭うこともあるんだ。その場合泣き寝入りするパターンが多いのだって聞いたことがある。私にごまかしなんて必要ないよ、友達じゃないか。
もう大丈夫だ、怖くない。私が優しく説明しようとしたら悠木君は真っ向から否定してきた。
「廊下歩いていたら部屋に引きずり込まれそうになって逃げてきただけだ!」
「いいんだよ、強がらなくたって」
「だから、なんともねぇって……ッ!」
ドアに押し付けられたままだった私から悠木君がバッと離れた。
どうしたんだろうと彼の顔を見ると、悠木君は真っ赤な顔をしていた。さっきまで青ざめていたのに…信号機みたいだね。
「お前…なんて格好を…」
口元を抑えた悠木君に言われて私は自分の体を見下ろす。
なんの変哲もないホテルの浴衣だ。女子のものは華やかなものが多かったけど、暖色の可愛い柄はみんな他の女子が奪ってきたので、私のは空色ベースに紫の花が描かれている落ち着いた柄である。
乱れてもないし、なんとも無い。私よりも悠木君のほうが着崩しているぞ。胸元も裾も乱れて大変なことになってる。
「悠木君も同じ格好だからね!?」
私の格好のどこがおかしいんだどこが! どっちかと言えば悠木君の姿のほうが目に毒だから! 色気振りまいて何がしたいんだあんたは!
なのに悠木君は視線をそらして深呼吸をしており、私の訴えは聞いていない。
部屋から出ようにも腹を空かせたメスライオンたちがいるかも知れないということで、しばらくこの部屋に籠城することになった悠木君は布団が敷かれていない畳の上であぐらをかいていた。居心地悪そうに体を揺らしている。
「コーヒー牛乳買うついでに、偵察してこようか」
良い提案だと思ったのだが、悠木君の反応は思ったものとは異なっていた。
「女子の部屋に一人で居るのバレたら大変な事になるだろ!? 俺を一人にしないでくれ!」
「大丈夫、うちの部屋の女子は男子部屋にいるから。それに私が鍵を持っていれば誰も入れないよ」
そう説得したけど、私の腕を掴んで離さない。余程怖い目に遭ったのだろう。一人になりたくないだなんて、かわいそうに。
先生に言うのも嫌、私から襲ってきた女子に注意するのも駄目と却下しかされない。なにもできないぞ、困った。
私はスマホを手に取るとアプリを起動した。未読スルーでメッセージがごっそりたまっている眼鏡のアカウント宛にメッセージを送信して彼の保護を願い出た。
【悠木君が女子に襲われたから、ボディガードがてら迎えに来て。】
すぐに既読になり、5分もしないくらいに部屋の扉がノックされた。
扉の鍵を解錠して、ほんのちょっとだけ扉を開ける。外を覗き込むとそこには同じく浴衣姿の眼鏡の姿。
「山が山」
「えっ、なに?」
眼鏡に合言葉を求めたが、合言葉は返ってこなかった。
「眼鏡、周りに怪しい女子はいない?」
「うん、いないと思う」
私は部屋の奥で座っていた悠木君に来るように合図を送ると眼鏡に彼の安全を託した。
「2人きりで何してたの、やだなぁイヤらしい」
こんな状況なのに眼鏡が下世話な冗談を吹っかけてきたので私はキッと睨みつけた。
「悠木君は貞操の危機だったんだよ、私は匿ってあげただけ」
迎えに来てくれたのは有り難いが、いつもの調子で人を人をおちょくるのはやめてくれないか。
「悠木君は心に傷を負ってるの。…今日はからかわずに優しく接してあげてね」
念押しすると、眼鏡のレンズの向こうの瞳が丸くなり、視線が悠木君に向かった。
「だから森宮は大袈裟なんだって」
悠木君はそう言うが、これが男女逆なら大変なことだぞ? 事の重大さを全くわかってない。
私は彼の両手を持ち上げてぎゅっと握りしめると、彼の瞳をしっかり見つめた。
「悠木君、男だからって強がらなくていいの。もう大丈夫だよ。眼鏡が身代わりになってでも守ってくれるから」
「えっ俺、身代わり要因なの?」
できるなら私も男子部屋まで見届けたいけど、それは悠木君に却下されたので、眼鏡とともに戻る悠木君を部屋の前で見送った。
…今になって恐怖がぶり返してきたのだろう。遠ざかっていく悠木君の肩はガクリと落ちて、しょぼくれているようにも見えた。
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