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勘違いを続ける彼女と彼女が気になる彼。

海の月 花火彩る 美しき

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 悠木君が逆ナンされるのはいつものことで、悠木君が淡々とお誘いをお断りする姿も見慣れてきた。

 日焼け止め塗ったとしても容赦ない紫外線は彼の肌をジリジリ焼いていき、こんがり小麦色に変化していった。なんだか余計に男っぷりが上がった気がする。たこ焼きを売りに太陽の下へ行く度に日焼け止めを塗り直してあげたけど、塗ってももう無駄かもしれない。
 一応オーナーが熱中症対策で用意した扇風機つきジャケットなんてものもあるけど、悠木君はそれがお気に召さないのか上半身裸でたこ焼きを売りに行ってしまう。日傘も却下である。砂浜を歩けば幼い少女から水着ギャル、妙齢の婦人まで虜にするのだから、アレは捨て身のたこ焼き販促作戦なのかもしれない。

 お陰で今年の売上目標300%超えとのことで、オーナーから臨時ボーナスを大奮発してくれるとのお言葉を頂いている。悠木夏生たこ焼き販売伝説の誕生である。
 来年は受験だから大学生になったらまたバイトに来いとオーナーに勧誘されている悠木君は私をチラチラ見ながら曖昧な返事をしていた。まぁ2年後になったら大学生ってことでバイトの選択肢も増えるし、約束は出来ないだろうからね。そもそも悠木君はバイトを必要としないだろうし。その時やりたければやればいいと思う。

 朝から夕方まで時折休憩を挟みながらバイトし、夜は下宿先の民宿でご飯とお風呂を頂いたら寝るまでの時間は2人で夏休みの課題をして、それぞれ別々の部屋で眠る。
 悠木君と朝から晩まで一緒にいたことがないので新鮮だった。しかも去年はこれが一人だったので更に新鮮だ。人がいたら勉強が進まないと思ったけどそんなことはない。私は黙々とシャーペンを動かしていた。

「悠木君わかんないところがあるの?」

 なんか悠木君がぼーっと私を眺めていたので私が声をかけると、悠木君はサッと目をそらしていた。彼の目元はうっすら赤くなっており、体調でも悪いのかとおでこに触れようとしたら手で遮られた。

「……あのさ、お前薄着過ぎねぇ?」
「…え? そう?」

 悠木君から薄着と言われたが、タンクトップに短パンなだけだ。全然変じゃない。

「悠木君と似たような格好しているでしょ? 全然薄着じゃないよ」

 オーナーも奥さんもお子さんもTシャツ短パン姿だぞ。悠木君は心配性すぎる。体操着のときも思ったけど、悠木君の露出の基準は低すぎるよ。
 「考えすぎだよ」と切り捨てた私であったが、フッと実家でお姉ちゃんに言われたことを思い出して、手に力が入った。ボキッとシャー芯が折れる。 

「いやいや、ないない」
「…なにが?」

 心で吐き出したつもりが口から出てしまったらしい。悠木君に聞き返されて私は引きつった笑みを浮かべた。

「なんでもない」

 夜はオーナーの奥さんと同じ部屋で寝ているし、変なことは起きない。起きるはずがない。
 家の自分の部屋にあるあのファンシー熊の避妊具の存在を思い出すと顔が熱くなってしまったが、悠木君が私に欲情なんかするわけがない! 色んな人に色気がないと評された私が襲われるわけがないだろう。そんな事疑うこと自体悠木君に失礼だ。 
 そうだ、ありえないんだ!

「ふたりともースイカ食べるー?」
「頂きまぁす!」

 今この場で悠木君とふたりっきりなのが気まずくなった私は、オーナーの奥さんからのスイカの誘いに飛んでいった。 
 




 バイトの日程はあっという間に過ぎた。今年も暑くてきついバイトだったけど、悠木君が一緒だったから去年よりも楽しかった気がする。

「オーナーが花火買ってきたって」

 バイト最終日の夜、悠木君に声をかけられて私達は2人で花火をすることになった。オーナー一家は…? と疑問に思ったが、彼らは来ないらしい。奥さんは「22時には帰ってくるのよ…?」と意味ありげな表情を浮かべているし、オーナーは悠木君の肩をバシバシ叩いて何やら激励していた。

 首を傾げながら向かったのは民宿の目と鼻の先である海岸である。オーナーが買ってきてくれた花火は二、三人でやる用の小さなものだ。花火の袋を開封すると、バラして早速火を灯す。

 真っ暗な海からはザザン…と波が打ち寄せる音が響く。そこに花火が爆ぜる音が混ざった。花火によって炎の色が変わるみたいだ。紫、緑、ピンク、黄色と様々な花火を楽しむ。
 綺麗だなと花火を見つめていた私だったが、さっきから静かな悠木君のことが気になって視線を上に向けると、悠木君がこちらを見ていた。それに私の心臓がドキッと大きく跳ねる。

「な、なに…?」

 驚きすぎて吃ってしまった私の声は震えていた。ドキドキと急にフル活動し始めた心臓で自分の声がかき消されてしまいそうである。

「……綺麗だな、と思って」
「は、花火が」
「違う。…森宮が」

 かぁっと顔が熱くなったのは花火のせいじゃない。悠木君から返された言葉は口説き文句にも似ていて。
 いつもなら「お世辞だな、さすが悠木君である」と心の中で突っ込みながらも、ありがとうとお礼を言えたのに。緊張で舌がもつれた私は花火の光に照らされた悠木君の瞳に見とれてしまって、何も言えずにいた。

 ──花火が燃え尽きて真っ暗になる。
 それで我に返った。恥ずかしくなってそれを誤魔化すために新しい花火を手に取ると、チャッカマンで火を点けた。

 ぶしゅわと音を立てて火花を散らす花火が綺麗なのに、悠木君のせいでドキドキしてしまって花火に集中できなかった。
 だって悠木君は私をずっと見つめてくるんだもの。

 今夜の悠木君はなんだかいつもと違って見えた。


■□■


 真っ暗で少し不気味な砂浜で2人きりで花火をしたあの晩。
 私達は終始無言だった。花火を終えるとオーナーの奥さんが設定した門限よりも早々に下宿先の民宿に戻った。

 戻るまでの道中、私は隣を歩く悠木君を意識していた。軽くお互いの指がぶつかり、指を絡められると全身が泡立つような感覚に襲われた。嫌とかそういうのではなくて……うまく説明できないんだけど、恥ずかしくてもどかしくて、自分でもよくわからない感情で頭がいっぱいになったのだ。
 遊ぶように絡めていた指を捕えられてきゅっと手ごと握られた私はきっと赤面していたに違いない。緊張して手汗ベタベタになっていてとても恥ずかしかった。悠木君に「うわこいつ手がベタベタしてる」って軽蔑されたらどうしようと不安になったくらいだ。

 いつもの悠木君じゃないみたいで気軽に声をかけられなかった。変なことを言ったら、この手をほどかれてしまいそうで。
 ドキドキして胸が苦しいのに、そのままでいたいと思ったのだ。
 私には初めての感覚だった。
 悠木君に抱いたその感情の名を私は知らないままでいる。
 


 ピコリーンピコリーンと間抜けな音が来店を知らせる。私が作業を止めて出入り口を見るとそこには彼の姿。バクリと心臓がおかしな音を立てた。

「はよ」
「い、いらっしゃいませ」

 カウンターに食パンを乗せた彼の顔を直視した私の心臓が更にハイテンポに跳ね上がった。海の家のバイトが終わってから早1週間ではあるが、一緒に砂浜で花火をしたときから妙に彼のことを意識して緊張してしまうのだ。
 ぎくしゃくと会計を済ませてお釣りを返すと、ちょんと軽く手があたってしまった。彼の手のひらと私の指先がほんの少しあたっただけなんだけど、静電気にでも遭遇したかのようにビクリと手が震えた。

「あっ」

 パッと手を離した私の手からお釣りが飛び出し、チャリーンとカウンターにばらまかれた。慌てて拾って、数え直すと改めて返却する。

「何してんだよ、寝ぼけてんのか?」

 私が緊張しているとは知らない悠木君はおかしそうにこっちを見て笑っている。……いつもどおりの悠木君だ。…夜の海で見たあの悠木君ではない。変に意識しているのは私だけなのだとわかると急に恥ずかしくなってきた。

「バイトがんばれよ」
「うん、ありがとうございました…」

 悠木君が退店していくのを見送っていると、静かに近寄ってきた同じバイトの大学生が尋ねてきた。「あのイケメン君と何かあったの?」って。

「あったよーな…なかったよーな…」

 私にもよくわからない。
 ただ、悠木君と会うと妙に胸がどきどきして落ち着かなくて緊張してしまうのだ。
 真剣な目で私を見つめて「綺麗」とか変な事言ってくるからそのことばかり思い出して恥ずかしくなると言うか…!

 あぁもう顔が熱い…それもこれもすべて悠木君のせいだ。
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