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あなたしかいない

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 衛兵に追い払われたせいで見せ場を見逃してしまった私は3日位落ち込んでいた。見たかったのに…コスモとプリンス様の生のキスシーンが見たかったのに!!
 
 そういえばちょっと気にかかっていることがある。
 プリンセスコスモとの邂逅を果たした黒薔薇のプリンス様が心乱された様子がない。アニメの中でコスモに拒絶された彼は荒れに荒れて、自分の中に芽生えた感情にかき乱されている様子が流されていたのになぜなのだろうか。呪いによって愛を理解できない彼は自分の中の得体のしれない感情に戸惑う。心に新たな変化をもたらして更にコスモに執着するはずなのだが……その様子が全く見られないのである。
 実際に彼らがどんなやり取りをしたのかがわからないので、私も判断に困っている。

 首をひねりながらお城の廊下を歩いていると、バタバタとメイドさんたちが横を走り抜けていった。何が起きたんだろうと観察していると、何やら彼女たちはお城の地下に続く階段を出入りしている様子。
 このお城の地下にはまだ入ったことがないけど、確か地下には囚人を収容する地下牢があるとかなんとか……

「殿下が地下に…」
「瘴気が増幅して…」

 気になる単語を発していたので私は彼女たちについていく。すると地下への入り口であろうその場所から濃い瘴気が溢れ出てきていた。中から青ざめたメイドたちが足元覚束ない様子で出てくる。
 耐性がある人たちですら、その瘴気にあてられて参ってしまっているようだ。人を凶暴化するものとされるその瘴気だが、人によっては毒のように感じ取って体調を崩す人もいるようなのだ。
 これは一体……地下で何が起きているんだろう。

「殿下もおかわいそうに…こんなこと言っては不敬になってしまうかもしれないけれど、亡き母王妃さまの執念がこんな形で苦しめてくるなんてね…」

 そう呟いたのはベテランのメイドであろう。
 このお城には魔力が程々に強くて瘴気に耐性のある人が定着しているので、呪いを掛けられる前の黒薔薇のプリンス様のことを知っている人も少なくない。表では恐れられているプリンス様であるが、事情を知っている人は同情的だった。
 ただし、同情はしても救うことは出来ない。周りは遠巻きに同情するしかない。誰も助けてあげられないのだ。…それが余計に彼を孤独にさせていた。

 彼女らのその言い方だと、地下に黒薔薇のプリンス様がいるように聞こえるのだが…
 ズゴゴゴ…
 メイドの一人が壁横の水晶に手をかざす。スライド式のレンガの壁を動かして地下に繋がる道を封じた。その音が響いて全身に振動が伝わる。

「定期的に瘴気が制御できなくなるって災難ね」
「だけど殿下がこもってくださらないと瘴気が蔓延してしまうし仕方がないわ」

 彼女たちのささやき声を聞きながら、私は閉ざされた扉を呆然と見つめた。
 ……瘴気が制御できなくなっている。それは、コスモへの想いが抑えきれなくなったということであろうか…?
 黒薔薇のプリンス様は大変なところ申し訳ないが、私はドキドキしていた。あの地下で苦悶に満ちた表情を浮かべている彼もきっと麗しいに違いない!
 あぁここにコスモがいれば、罠にかけて餌としてプリンス様のおわす地下へ放り込むというのに……ニヤニヤ笑いながら考えていた私は妄想した。2人だけの世界…いいよね…あっ、でもそれじゃ女児アニメにふさわしくない展開になってしまうかもしれないな。

「兄上! 兄上はいないか! 城周りのこの瘴気の濃さは一体何事なのですか!」

 一人でニヤニヤしていると、玄関ホールで騒ぐ招かねざる客がお出ましした。…白百合の野郎である。瘴気が色濃くなったから様子を見に来たのであろうか。黒薔薇のプリンス様の腹違いの弟である白百合のナイトはこの城で産まれたので、正統な後継ぎでなくても顔パスでお城に入れてしまうのだ。
 今はプリンス様が大変な時だと言うのに本当に騒がしい男である。どれ、ちょっと脅して追い返してやろうかとそのへんに飾ってあったフェンシングの剣を手に取ると、私はお仕着せの裾を持ち上げて駆け出した。

 尋常にいざ勝負! と玄関ホールに出ていくと、そこに白百合のナイトはいた。そして、その斜め後ろには魔法のスティッキを両手で握りしめて、顔面蒼白になっているプリンセスコスモの姿──…私は一つの可能性を見つけた。

「コスモ! 丁度いいところに来た!」
「きゃあ!?」

 私は彼女の背後から抱きついた。そのまま地下まで引きずってコスモをプリンス様のもとへ連れてこうと歩を進めると、ガシッと肩を掴む無骨な男の手が私の行く手を阻む。

「何をするんだ、君は変態か!? コスモを離せ!」

 失礼な…! この間から私に対して失礼な口を利きすぎだぞ白百合のナイトめ……
 私はぎりぎりと歯噛みをすると、コスモから一旦手を離して、白百合のナイト目掛けてレイピアの剣先を突き出した。ぐさっと喉元を突き刺そうとしたのだが、相手は腐っても騎士である。素早く反応して避けてしまった。
 だが私もそこで諦めず、剣を持ったまま白百合のナイトへ斬りかかる。

「ちょっ…! 危な、やめないか!」
「ふはは、首を奪われたくなくばコスモを置いて立ち去るがいい!」

 私は逃げる白百合のナイトを追い回した。
 黒薔薇のプリンス様はいま呪いが悪化して寝込んでいるのだ。それすなわちコスモのヒロインパワーが必要だということ…! ここで遭遇したのもきっと運命、そうに違いない!
 私は最近会得した、人の影から影に移動する魔法を使って白百合のナイトを追い詰めると、奴を大理石の床に転ばせてマウントをとった。

「こ、コスモに何をするつもりだ…!」

 私に踏み潰されて痛みに顔を歪める白百合のプリンスが唸るように尋ねてきた。私はニヤリと笑うことでお返事してあげる。
 コスモにはこれからプリンス様と過ごしてもらって、彼の呪いを徐々に解いてもらう必要があるのだ。もちろん催眠術をかける必要はあるけどね。ただ、私まだ催眠術に関しては会得途中なんだよね…人に呪文をかけるのってなかなか難しいと言うか…

「…私は女には手を上げない主義なんだ」

 白百合のナイトの発言に私は眉を動かした。
 高尚な主義ではあるが、そんなこと言われても私はやめてやらない。
 白百合のナイトには悪いが、恋敵、正規ヒーローという肩書の彼は邪魔すぎた。この人さえいなければ、アニメでコスモとプリンス様は結ばれ、あの方が死ぬことはなかったんじゃないかって思うんだ。この人がしゃしゃり出てきたせいでプリンス様の呪いが悪化したような気がするんだもの。

「白百合のナイト、貴様の首をもらうぞ」

 手に持っていた剣先を白百合のナイトに向けると、それを振りおろそうとした。奴は剣先を凝視して固まっていた。
 
 私は邪魔者を消すためならなんだってする。
 黒薔薇のプリンス様のためなら、なんだって。
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