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公妃になるなんて無茶難題過ぎます。
おしゃべりも立派な社交の一つですわ!
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ヴィックのお祖父さんの代から友好的だったという海の向こうの国の子爵家からパーティの招待状が来た。
これまではエーゲシュトランド復興に尽力していてそれどころじゃなかったため、パーティのお誘いがあってもお断りしていたが、もうそろそろ挨拶も兼ねて社交を開始したほうが良いだろうということで招待を受けたのだとか。ヴィックがエーゲシュトランド大公となり、成人を迎えた後一度も社交パーティに参加したことがなかったので、これも良い機会だからと言っていた。相手が穏健派な一族だから話に乗ったってのもあるのかもしれない。
私は婚約者として同行することになっているのだが、隣国に移動するための船の上では緊張と船酔いが合わさってずっと寝込んでいた。せっかくの海の旅なのに情けない。
貴族の妻になるということは外交から逃れられないということ。それは理解していたけど、実際にその戦場に立たされることになると弱気になってしまうってものである。私としては結婚してからが勝負だと思っていたので、まさか婚約者期間でパートナーとして同伴させられるとは思ってなかった。
ヴィックがパーティ参加のためにしばらく留守にするからと側近さんに告げているのを聞いた時、「いってらっしゃい」と声をかけた私に「リゼットも行くんだよ?」と不思議そうな顔で言われたときの衝撃と言ったら。私まだ教育期間中なのになんて無茶を言うんだろうねこの人って思ったけど、ヴィックはもう『婚約者と参加します』ってお返事書いちゃったって言うから……
私、絶対に粗相するから。知らないからね。
ぐったりどんよりしている私の添い寝をしているヴィックは私の背中を擦ってぴっとりくっついていた。こんな状況でなければヴィックの優しさにときめいていられたのに…。
出だしからして微妙過ぎる。私は社交デビューに不安しかなかった。
海を渡った隣国の一角にあるその子爵家は大層な資産家らしく、エーゲシュトランドとは事業の関係で長年付き合いがあったそうだ。現在の当主には年頃の娘が居て、挨拶したときにぜひともヴィックに嫁に貰ってほしかった的なことを言っていたが、ヴィックは目が笑っていない笑顔でスルーしていた。私を抱き寄せる腕に力が入ってちょっと怖い。
やっぱりどこでも私は招かねざる客なんだなぁと切なくなったけど、こうなるのは織り込み済み。いちいち傷ついていたら身が持たないので何も反応せずにただヴィックに寄り添っていた。
その子爵家のお嬢さんとヴィックは幼い頃に何回か親の仕事の関係で会ったことがあったようだ。成長して一回りも二回りも大きくなったヴィックを見た彼女は雷が落ちてきたような顔になっていた。
まさに恋をした瞬間とも言えよう。
そんなわけでもれなく私に対して、嫉妬が混じった視線を向けてきたが、これまで出会ってきた強烈な令嬢たちの後だったのでそんなに怖くなかった。
彼女たちみたいに悪意通り越した害意を向けられたわけじゃないから全然平気…。そんなことに慣れてどうするんだろうと疑問に思ったがまぁいい。
「はじめまして、ヴィクトル大公殿下の婚約者リゼットと申します。どうぞよろしくおねがいします」
私の社交デビューはもう始まっているのだ。
下手くそでもそれらしく見えるように私は気張っていた。
□■□
一緒についてきてくれたメイドさんたちが腕によりをかけたおかげで私は可憐な令嬢に変身できた。ドレスアップした私を見たヴィックも手放しで褒め称え、口紅を塗り直す羽目になったほどである。
ドレスに着替える前にしっかりマッサージしてくれたおかげで肌も髪もつやつやトゥルトゥルしているし、ヴィックが職人に命じて作らせたこの日のためのドレスは新旧の流行を融合させたもので、布地は商人イハーブさんが持ち込んだ東南国産を使用している。鳶色の髪はハーフアップで綺麗に結い上げ、毛先をくるくる縦ロールにされた。ドレスに合わせた髪飾りを付けた私は、ヴィックのエスコートでパーティ会場入りするとものすごい視線の数に晒された。
恐怖で引きつった顔をした私に彼は言った。
「リゼット、笑って」
せやかてヴィック。
こんなたくさんの貴族たちに囲まれたことがないので足がすくんじゃいますわ。
そこで家庭教師の先生の言葉を思い出す。
どうしても私は出自のことで下に見られがち。だけどヴィクトル大公の妻として舐められてはいけないのだと。──こういう時こそ胸を張って、余裕の笑みを浮かべるのだと。私はもうスラムの娘ではない。エーゲシュトランド大公妃になる女なのだ。息を小さく吸い込むと、心を奮い立たせる。
私がニッコリと笑うと、何故か息を呑む人がチラホラ。
…なぜだ、普通に笑っただけなのに。
そして言われたとおりに笑ったのに、ヴィックが「…男には笑いかけなくていいよ」と言ってきた。笑えと言ったり笑わなくていいと言ったりどっちなんだ。無茶振りしないで欲しい。
蔑視の視線はなくならないけど、私は自信満々な笑顔を作った。
こうなることは覚悟はしていた。身分違いの私とヴィックの結婚は祝福されることじゃないって。普通ならありえないと批難されることなんだって。それでも私はヴィックの手を取った。今ではもう逃げる気もない。彼の隣に立つのは私だ。どんな視線に晒されようと、舞台から降りる気はサラサラない。
公妃になったからには避けられない社交。これを乗り切れば次からだいぶマシになるはず…正念場だ。挨拶で私だけスルーされたり、遠回しの皮肉を言われたりしたけど、そんな意地悪も笑顔で一蹴してやる。スラム育ちの女を舐めるなよ。社交パーティもサバイバルだ。サバイバルなハートでぶっちぎってやる。
主催者の挨拶とかその他諸々が終わると、ダンスホールに男女のペアが流れ込んでいく。ダンスタイムのはじまりだそうだ。ヴィックも私の手を引くとその輪に入っていった。
ダンスも苦手だったけど、レッスンを重ねてなんとか踊れるようになった。正直義務として踊っている感否めないけどこれも社交のお仕事である。ヴィックはさすがと言うべきか。私を軽々リードしてくれる。ダンスの先生より踊りやすいかも知んない。先程までは外交用の仮面の笑顔を浮かべていたのに、私と目を合わせると私だけに見せる甘い甘い微笑みを浮かべたのだ。
「リゼット、とてもダンスが上手になったね」
多分及第点レベルだけど、私に甘いヴィックはとことん私を甘やかす。なんかおだてられている感じもするけど、そのまま3曲続けてぶっ通しで踊り続けた。
「さ。流石に疲れたかな…」
止めなければ4曲5曲と踊らされそうだったので、のどが渇いたと言って中断してもらった。ヴィックすごいな、全然息を切らしていないじゃないか。私ひとりだけ汗だくになっている気がするんですけど。
ヴィックがウェイターから飲み物を貰ったので、それで喉を湿らせていると、ヴィックの元に1人の女性がもじもじしながら近づいてきた。
「あ、あの、ヴィクトル様、よろしければダンスのお相手願えませんでしょうか…」
女性から誘うのもありなのか。
私のイメージだと女性はダンスを誘われるのを待たなきゃいけないイメージだったけど、そういうわけじゃないんだね。
ヴィックはと言えば困った様子だった。多分私をひとりにしたら危害を加えられるかもしれないからって不安なのだろう。確かにそうだけど、こんなに人が居るのに堂々と嫌がらせする人いるかな? せいぜい悪口程度じゃないだろうか。さっきからずっと好奇の視線と陰口になっていない陰口を囁かれているからそんなの今更だし、一曲程度なら我慢できるから大丈夫だよ。
「行っておいでよ、主催者さんのお嬢様のお相手しないと失礼なんでしょ」
断ったら主催者さんの面子を傷つけることになるんじゃないのかな。私が彼の背中を押すと、ヴィックは心配そうな顔をしていた。
「…絶対にここに居て。男に話しかけられても無視するんだよ」
「大丈夫だって。小さな子どもじゃないんだし」
心配するなと背中を叩くと、ヴィックは後ろ髪を引かれている風な顔をして、渋々子爵令嬢をエスコートしていた。
子爵令嬢はヴィックがダンスのお誘いに乗ってくれたのが嬉しいのだろう、恋する乙女の表情で彼を見つめている。これに嫉妬しないのかと言われたら普通に嫉妬するけど、これも社交なので…と自分に言い訳していると、目の前が陰った。
なんだ? と顔を上げればそこにはドレス姿の妙齢女性数名が私の周りを固めていた。まさに四面楚歌である。
え、なに人の壁を作り、人に見えないようにボコられるパターンもあるの?
「エーゲシュトランド大公様が卑しい育ちの娘を婚約者にしたと言う噂は聞いていましたが、まさかこのパーティにお連れになるとは思いませんでしたわ」
「国を追われたときにお知り合いになったとか。どういう経緯で親しくなられましたの?」
「あなた、自分の立場をきちんとわきまえていらっしゃるのかしら?」
私に降ってくる侮蔑の視線と嫌味の数々。お上品に微笑み、手に持った扇子で口元を隠す彼女たちは生まれながらの貴族の令嬢。私への軽蔑を隠そうともしない。
生まれながら最底辺の私がこの会場にいること自体、口を聞くのすら許せないと思っているのだろうな。
だけどここで怯むわけにはいかない。私はドレスの端を摘むと深々とカーテシーをしてみせた。
「ごきげんよう皆様はじめまして。エーゲシュトランド大公ヴィクトル殿下の婚約者、リゼットと申します」
ゆっくり体勢を戻すと、彼女たち一人ひとりの顔を眺めてその顔を記憶した。
「本当に夢のようです。こんな美しいお嬢様方が私に話しかけてくださるなんて……今晩は良い夜になりそうですわね」
そっちから来てくれてラッキーである。
私の初の社交デビューとなるパーティで、社交というものに抗体を付けておきたかったのだ。どんなに厳しい状況でもその状況に身を置けば慣れてくるというもの。最底辺を生きた私にはお茶の子さいさいなのである。
さぁ、社交界の洗礼とやらをぜひとも私に浴びせてくれ。
そのすべてを私は受け止めて自分のものにしてやる…!
私がにやりと笑うと、令嬢らは気迫負けしたかのように一歩後退っていた。
これまではエーゲシュトランド復興に尽力していてそれどころじゃなかったため、パーティのお誘いがあってもお断りしていたが、もうそろそろ挨拶も兼ねて社交を開始したほうが良いだろうということで招待を受けたのだとか。ヴィックがエーゲシュトランド大公となり、成人を迎えた後一度も社交パーティに参加したことがなかったので、これも良い機会だからと言っていた。相手が穏健派な一族だから話に乗ったってのもあるのかもしれない。
私は婚約者として同行することになっているのだが、隣国に移動するための船の上では緊張と船酔いが合わさってずっと寝込んでいた。せっかくの海の旅なのに情けない。
貴族の妻になるということは外交から逃れられないということ。それは理解していたけど、実際にその戦場に立たされることになると弱気になってしまうってものである。私としては結婚してからが勝負だと思っていたので、まさか婚約者期間でパートナーとして同伴させられるとは思ってなかった。
ヴィックがパーティ参加のためにしばらく留守にするからと側近さんに告げているのを聞いた時、「いってらっしゃい」と声をかけた私に「リゼットも行くんだよ?」と不思議そうな顔で言われたときの衝撃と言ったら。私まだ教育期間中なのになんて無茶を言うんだろうねこの人って思ったけど、ヴィックはもう『婚約者と参加します』ってお返事書いちゃったって言うから……
私、絶対に粗相するから。知らないからね。
ぐったりどんよりしている私の添い寝をしているヴィックは私の背中を擦ってぴっとりくっついていた。こんな状況でなければヴィックの優しさにときめいていられたのに…。
出だしからして微妙過ぎる。私は社交デビューに不安しかなかった。
海を渡った隣国の一角にあるその子爵家は大層な資産家らしく、エーゲシュトランドとは事業の関係で長年付き合いがあったそうだ。現在の当主には年頃の娘が居て、挨拶したときにぜひともヴィックに嫁に貰ってほしかった的なことを言っていたが、ヴィックは目が笑っていない笑顔でスルーしていた。私を抱き寄せる腕に力が入ってちょっと怖い。
やっぱりどこでも私は招かねざる客なんだなぁと切なくなったけど、こうなるのは織り込み済み。いちいち傷ついていたら身が持たないので何も反応せずにただヴィックに寄り添っていた。
その子爵家のお嬢さんとヴィックは幼い頃に何回か親の仕事の関係で会ったことがあったようだ。成長して一回りも二回りも大きくなったヴィックを見た彼女は雷が落ちてきたような顔になっていた。
まさに恋をした瞬間とも言えよう。
そんなわけでもれなく私に対して、嫉妬が混じった視線を向けてきたが、これまで出会ってきた強烈な令嬢たちの後だったのでそんなに怖くなかった。
彼女たちみたいに悪意通り越した害意を向けられたわけじゃないから全然平気…。そんなことに慣れてどうするんだろうと疑問に思ったがまぁいい。
「はじめまして、ヴィクトル大公殿下の婚約者リゼットと申します。どうぞよろしくおねがいします」
私の社交デビューはもう始まっているのだ。
下手くそでもそれらしく見えるように私は気張っていた。
□■□
一緒についてきてくれたメイドさんたちが腕によりをかけたおかげで私は可憐な令嬢に変身できた。ドレスアップした私を見たヴィックも手放しで褒め称え、口紅を塗り直す羽目になったほどである。
ドレスに着替える前にしっかりマッサージしてくれたおかげで肌も髪もつやつやトゥルトゥルしているし、ヴィックが職人に命じて作らせたこの日のためのドレスは新旧の流行を融合させたもので、布地は商人イハーブさんが持ち込んだ東南国産を使用している。鳶色の髪はハーフアップで綺麗に結い上げ、毛先をくるくる縦ロールにされた。ドレスに合わせた髪飾りを付けた私は、ヴィックのエスコートでパーティ会場入りするとものすごい視線の数に晒された。
恐怖で引きつった顔をした私に彼は言った。
「リゼット、笑って」
せやかてヴィック。
こんなたくさんの貴族たちに囲まれたことがないので足がすくんじゃいますわ。
そこで家庭教師の先生の言葉を思い出す。
どうしても私は出自のことで下に見られがち。だけどヴィクトル大公の妻として舐められてはいけないのだと。──こういう時こそ胸を張って、余裕の笑みを浮かべるのだと。私はもうスラムの娘ではない。エーゲシュトランド大公妃になる女なのだ。息を小さく吸い込むと、心を奮い立たせる。
私がニッコリと笑うと、何故か息を呑む人がチラホラ。
…なぜだ、普通に笑っただけなのに。
そして言われたとおりに笑ったのに、ヴィックが「…男には笑いかけなくていいよ」と言ってきた。笑えと言ったり笑わなくていいと言ったりどっちなんだ。無茶振りしないで欲しい。
蔑視の視線はなくならないけど、私は自信満々な笑顔を作った。
こうなることは覚悟はしていた。身分違いの私とヴィックの結婚は祝福されることじゃないって。普通ならありえないと批難されることなんだって。それでも私はヴィックの手を取った。今ではもう逃げる気もない。彼の隣に立つのは私だ。どんな視線に晒されようと、舞台から降りる気はサラサラない。
公妃になったからには避けられない社交。これを乗り切れば次からだいぶマシになるはず…正念場だ。挨拶で私だけスルーされたり、遠回しの皮肉を言われたりしたけど、そんな意地悪も笑顔で一蹴してやる。スラム育ちの女を舐めるなよ。社交パーティもサバイバルだ。サバイバルなハートでぶっちぎってやる。
主催者の挨拶とかその他諸々が終わると、ダンスホールに男女のペアが流れ込んでいく。ダンスタイムのはじまりだそうだ。ヴィックも私の手を引くとその輪に入っていった。
ダンスも苦手だったけど、レッスンを重ねてなんとか踊れるようになった。正直義務として踊っている感否めないけどこれも社交のお仕事である。ヴィックはさすがと言うべきか。私を軽々リードしてくれる。ダンスの先生より踊りやすいかも知んない。先程までは外交用の仮面の笑顔を浮かべていたのに、私と目を合わせると私だけに見せる甘い甘い微笑みを浮かべたのだ。
「リゼット、とてもダンスが上手になったね」
多分及第点レベルだけど、私に甘いヴィックはとことん私を甘やかす。なんかおだてられている感じもするけど、そのまま3曲続けてぶっ通しで踊り続けた。
「さ。流石に疲れたかな…」
止めなければ4曲5曲と踊らされそうだったので、のどが渇いたと言って中断してもらった。ヴィックすごいな、全然息を切らしていないじゃないか。私ひとりだけ汗だくになっている気がするんですけど。
ヴィックがウェイターから飲み物を貰ったので、それで喉を湿らせていると、ヴィックの元に1人の女性がもじもじしながら近づいてきた。
「あ、あの、ヴィクトル様、よろしければダンスのお相手願えませんでしょうか…」
女性から誘うのもありなのか。
私のイメージだと女性はダンスを誘われるのを待たなきゃいけないイメージだったけど、そういうわけじゃないんだね。
ヴィックはと言えば困った様子だった。多分私をひとりにしたら危害を加えられるかもしれないからって不安なのだろう。確かにそうだけど、こんなに人が居るのに堂々と嫌がらせする人いるかな? せいぜい悪口程度じゃないだろうか。さっきからずっと好奇の視線と陰口になっていない陰口を囁かれているからそんなの今更だし、一曲程度なら我慢できるから大丈夫だよ。
「行っておいでよ、主催者さんのお嬢様のお相手しないと失礼なんでしょ」
断ったら主催者さんの面子を傷つけることになるんじゃないのかな。私が彼の背中を押すと、ヴィックは心配そうな顔をしていた。
「…絶対にここに居て。男に話しかけられても無視するんだよ」
「大丈夫だって。小さな子どもじゃないんだし」
心配するなと背中を叩くと、ヴィックは後ろ髪を引かれている風な顔をして、渋々子爵令嬢をエスコートしていた。
子爵令嬢はヴィックがダンスのお誘いに乗ってくれたのが嬉しいのだろう、恋する乙女の表情で彼を見つめている。これに嫉妬しないのかと言われたら普通に嫉妬するけど、これも社交なので…と自分に言い訳していると、目の前が陰った。
なんだ? と顔を上げればそこにはドレス姿の妙齢女性数名が私の周りを固めていた。まさに四面楚歌である。
え、なに人の壁を作り、人に見えないようにボコられるパターンもあるの?
「エーゲシュトランド大公様が卑しい育ちの娘を婚約者にしたと言う噂は聞いていましたが、まさかこのパーティにお連れになるとは思いませんでしたわ」
「国を追われたときにお知り合いになったとか。どういう経緯で親しくなられましたの?」
「あなた、自分の立場をきちんとわきまえていらっしゃるのかしら?」
私に降ってくる侮蔑の視線と嫌味の数々。お上品に微笑み、手に持った扇子で口元を隠す彼女たちは生まれながらの貴族の令嬢。私への軽蔑を隠そうともしない。
生まれながら最底辺の私がこの会場にいること自体、口を聞くのすら許せないと思っているのだろうな。
だけどここで怯むわけにはいかない。私はドレスの端を摘むと深々とカーテシーをしてみせた。
「ごきげんよう皆様はじめまして。エーゲシュトランド大公ヴィクトル殿下の婚約者、リゼットと申します」
ゆっくり体勢を戻すと、彼女たち一人ひとりの顔を眺めてその顔を記憶した。
「本当に夢のようです。こんな美しいお嬢様方が私に話しかけてくださるなんて……今晩は良い夜になりそうですわね」
そっちから来てくれてラッキーである。
私の初の社交デビューとなるパーティで、社交というものに抗体を付けておきたかったのだ。どんなに厳しい状況でもその状況に身を置けば慣れてくるというもの。最底辺を生きた私にはお茶の子さいさいなのである。
さぁ、社交界の洗礼とやらをぜひとも私に浴びせてくれ。
そのすべてを私は受け止めて自分のものにしてやる…!
私がにやりと笑うと、令嬢らは気迫負けしたかのように一歩後退っていた。
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