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生き抜くのに必死なんです。

革命の火蓋は切って落とされましてよ!

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「リゼット!」

 咽び泣くキャロラインを冷たく観察していると、人気のない地下に鬼の形相の青年が侵入してきた。
 何を隠そう、今まで噂になっていたヴィックである。彼は私が牢に閉じ込められているのを見ておっかない顔をしていた。私のために怒ってくれているのはわかるが、美人なだけあって恐ろしい。

「ヴィック!?」

 どうしてここがわかった! ていうかどうやって侵入してきたの!? ここサザランド屋敷の敷地内だよね? 見張りの兵士とかに捕まらなかったの?
 彼は足元でうずくまるキャロラインに見向きもせず、鉄格子越しに私に手を伸ばして頬を撫でてきた。ヴィックの手のひらの暖かさにじんわりする。

「夜も遅いのに帰ってこないとリゼットのお母さんが君を探していたんだ。俺も一緒に探していたら町はずれでリゼットのスリングショットが落ちてたのを見つけて…嫌な予感がしたから探し回った」

 手当たり次第に聞き込みしていると、スラムの一角で野宿生活している家族の小さな子どもが、拉致される瞬間を目撃していたのだという。『あまいお芋のお姉ちゃんが変なおじさんに抱えられてどっか行ってた』と教えられてそっちの方向を探って、周りから聞き込みして……飲み屋で一日中飲んでるおっさんからは『娘を抱えた兵士がサザランド伯爵家に入ってったのを見た』という話を聞きつけ、もしやと思って城に侵入したのだという。
 この屋敷の人間の会話を盗み聞きして、私がここに閉じ込められているとの情報を掴み、たどり着いたと。
 ヴィックの聞き込み探索能力半端ねぇ。一人でよくぞ潜り込んだな…

「さぁ、すぐに出してあげよう…鍵は…」

 ヴィックが辺りを見渡して牢屋の鍵を探していると、彼の身体がガクッと揺れた。なぜなら彼の背中にキャロラインがすがりついていたからである。

「ヴィクトル様お願い、私の話を聞いて」

 抱きついてきたのが仇の娘だとわかると、ヴィックは嫌悪の表情に変わった。

「離せ」
「あっ」

 キャロラインを振り払うと、ヴィックは腰に差していた剣を抜き取った。彼の動きに躊躇いはない。キャロラインの首に剣をかけると、その瞳だけで人が殺せるんじゃなかろうかという眼力で睨めつけていた。

「サザランド伯の娘キャロライン。事もあろうにリゼットにこんな仕打ちを……今ここで殺してやっても構わないんだぞ…!」

 ヴィックの睨みにキャロラインは表情をこわばわせて腰を抜かしていた。彼女はヴィックの憎悪を浴びて恐怖に震えていた。
 キャロラインの手が離れた隙にヴィックは辺りに視線を巡らせ…不用心にも壁にかけられた鍵束を見つける。その鍵を鍵穴に差し込むとビンゴである。かちゃりと解錠の音が響いた。

「リゼット、おいで」

 ヴィックは牢屋の中から私を連れ出すと軽々と抱き上げてしまった。
 どちらかと言えば栄養不足気味の私なので、ヴィックは子どもを抱っこしている気分なのだろうが、年頃の娘としては子供扱いされている気がしてなんかモヤモヤしてしまう。だが体が冷えて力が入らないので彼の厚意に甘えることにした。

「寒いか? 震えている」
「大丈夫、ヴィックが温かいから」

 くっついていれば温かいから平気だ。安心させようと言ったのだが、彼の腕がぐっと強くなった。少し苦しいけど、この苦しさが幸せに感じるのは安心感があるからであろう。
 ちゅっとこめかみにキスを落とされると、ヴィックは耳元で「しっかり捕まってて」と指示したので、私は彼の首に腕を回して抱きついた。
 ヴィックは私を抱えたまま、端で震えてはらはら泣いているキャロラインを一瞥することもなく通り過ぎて地上への階段へ足をかけようとした。

「…兵士を呼ぶわよ」

 呼び止める声にヴィックの身体がピクリと震えたのが伝わってきた。

「好きにしろ」

 ヴィックの冷たい声は地下室に重く響いた。

「お前ら、領民にどれだけ恨まれてるかわかってないみたいだから、一度痛い目にあえばいい」

 それは最後通告だろうか。
 革命によって引きずり降ろされ、今まで苦しめられてきた庶民のような生き方をさせてやるって意味だろうか。

「ちが、私はなにもしてないわ。あなたの国に対して父がひどいことしたのはごめんなさい。だから」

 この期に及んでまたそんなことを。
 私の言葉は彼女に伝わっていなかったのだな。
 謝られても、ヴィックが失ったものは返ってこないってのに。手を下したのがキャロラインじゃなくても、それを許せる限度を超えてしまっているのに。

「母上のネックレスを堂々と首に下げて良くも言えたな! そのネックレスは公妃となる女性に代々受け継がれるブラックオパールのネックレス。我が国の至宝だ!」

 キャロラインがどんなに言い募ってもそれはヴィクトルの復讐心を煽るだけ。何故この女はそれが理解できないのか。

「話を聞いてヴィクトル!」
「俺から大切なものをまた奪う気か、この毒婦。あの父親にしてこの子ありだな。汚らわしい簒奪者め」

 もう話すことはないとばかりにヴィックは踵を返すと地下室の階段を登り始めた。

「待ってヴィクトル、行かないで! 私はただ、あなたが好きだから」
「お断りだ。お前みたいな男好きなんざ」

 追いすがるようにして腕に抱きついてきたキャロラインを嫌悪の眼差しで見下ろしたヴィックの顔はそれはそれは恐ろしく……直視した私まで震え上がって一言も口を挟めなかったのである。

 兵士を呼ぶと言っていたキャロラインだが、完膚なきまでに振られたショックで地下室の中で啜り泣きし始めていた。
 キャロラインのことは嫌いだけど、そこだけは哀れだなぁと思った。同情は一切しないけどね。
 運良く伯爵家のものに見つからずに敷地外に出られた私は無表情で歩くヴィックに恐る恐る声をかける。
 
「ヴィックはエーゲシュトランド公子なんだよね? このままでいいの?」
「…まさか。このままにするわけがない」

 ストレートに聞いてみると、ヴィックの口からこのままにはしないとの返答が帰ってくる。彼の瞳に迷いはなかった。

「公子様!」

 ヴィックと一緒に私の行方を探してくれていたのだろうか。ヴィックの臣下らしき人が小走りで近寄ってきた。

「手はずは」
「すでに」

 短いやり取り、彼らの醸し出す空気に私は息を呑んだ。今気づいたが、ここに居るのは私達だけではなかった。
 よくヴィックと秘密裏に話し合いをしていた市民代表・中流階級の人々・顔なじみのスラム住民・マフィアのおっちゃんらが集っていたのだ。立場は少し違うが、みんな共通してここの領民たちだ。

「彼らを説得して長いこと話し合いを続けてきた。我らに力を貸してくれるのだ」

 ヴィックが私に説明してくれたが、その規模の大きさに私はすくんだ。
 予想はしていたが、とうとう始まるのだって驚きと恐怖で震えが止まらない。

「他国にも訴状が届いているだろう。革命の後は国際裁判となることであろうが、その咎は全てこの俺、ヴィクトル・エーゲシュトランドが引き受ける。……この国は中央から腐っている。手始めにこの領土を落とす」

 いつもの優しげなヴィックの表情からガラリと変わった。
 まるでスラムで出会った頃の復讐心に燃える少年の表情と今の彼の表情が重なって見えた。

「──我らを虐げしサザランド領主に鉄槌を」

 死刑宣告のように落とされたヴィックの言葉に、この地の領民が「うぉぉお!」と野獣のような雄叫びで応えた。
 みんながみんな怒りに燃え、復讐心でいっぱいになってしまっている。恐ろしい。平然としたヴィックは彼らを見渡し、彼らの意思が変わらないとわかると、それぞれ手はず通りに動くように指示した。

「ごめんリゼット。俺はやらなきゃいけないんだ。目的は我が国を奪ったここの領主の首。犠牲になった我が両親、臣下、国民の敵討ちだ」
「ヴィック…」

 それはやっぱり殺すということなのだろう。
 生きるために動物を狩って命を奪ってきた私のように、圧政を敷いた領主の首を落とすってことで……私と同じことをするだけなのに、こうも重々しく感じるのは何故なんだろう。
 ヴィックは野うさぎを仕留めるのにも躊躇いを見せる人だったのに。彼にはそんなこと似合わないのに…
 だけどここで止めるのは私のエゴになってしまう。

「──絶対に迎えに行く。待っていてほしい」
「へ…」

 私の目線に合わせるように屈んだヴィックは囁く。先程まで冷酷な色を浮かべていた薄い水色の瞳が柔らかく甘く熱を持った。彼の瞳に見惚れて私は惚けてしまう。

「んっ…!」

 私の唇を熱いそれが覆った。
 キスをされていると気づいた後には彼のペースに飲み込まれてされるがまま。口の中に舌が侵入してきたと思えば、舌を絡められた。上顎や頬肉まで舐め回すような口づけをされ、飲み込めないお互いの唾液が口の端を伝って溢れるほど。激しく奪うような熱烈なキスをされて、私の目の前はチカチカと火花が散っていた。

「あーヴィクトル様、そろそろ」

 ごほん、と咳払いがされ、ヴィックは名残惜しそうに私の咥内をもう一舐めして渋々離れると、更にもう一度チュッと軽いキスを落としてきた。
 私は今一体何をされたんだと呆然としていた。その間にヴィックは彼らと共にサザランド伯邸に向かって突き進んでしまった。
 暗くなった冬の寒空の下、武器と松明明りを掲げた市民扮する反乱軍が街を闊歩する。その姿を他の領民たちも神妙な顔で眺めているが誰も妨害なんてしない。
 これまで密告などがなかったのがすべての答えであろう。

 今夜伯爵邸は落とされる。
 革命目前のすごい瞬間を目撃しているって言うのに、私は腰が砕けて座り込んでいた。

「嬢ちゃん、おっかさんが探してたから早く家に帰ってやれ。…今晩は荒れるからな、外に出るんじゃねぇぞ」

 顔見知りのマフィアのおっちゃんに声をかけられた私は、今のキスを見られていたことに気づいて更に恥ずかしくなった。

「あの坊主、女みたいななよっちい見た目して中々やるな。大丈夫か?」

 うぁあああ!!
 なんて爆弾を落としていったんだヴィック! あんな綺麗な顔して、あんな野獣みたいな激しいキスするなんて知らなかったよ!

 私はヴィックの心配がしたかったのに、貪るようにされたキスで身悶えしてしまってそれどころじゃなかったのである。
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