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生き抜くのに必死なんです。

施しは受け取りたくなくてよ。

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 今晩の夕飯は捌いた野うさぎを森で拾ったハーブで焼くことにした。集会場には今は使っていないかまどがあったので、適当に目分量でハーブと塩をふりかけて、薪をくべたそこで焼いた。
 調理時間の合間に、森で採集したカエルをひん剥いてジリジリと焚き火で焼いていた。今焼いている野うさぎの丸焼きは家族にあげて、自分はカエルでお腹を膨らませておきたいのだ。

「…リゼットは本当にカエルが好きだな…」

 しゃがみこんでカエルを炙る私をヴィックが遠い目をして見つめてきた。
 スラム生活に馴染む努力をしている彼は未だにカエルに挑戦したことがない。なのでこの機会にいい感じに肥えたカエルを焼いて与えようと思っていたのに、未だにカエルに苦手意識を持っているらしい。

「カエルは貴重なタンパク源です」
「たんぱく…?」
「あぁいやこっちの話」

 ヴィックが今なんて? と聞き返してきたけど、私は何でもないとごまかした。
 こっちの世界の人には通用しないネタだった。ごめんごめん。

「そう言えば聞いたか? エーゲシュトランド公国の話」

 焚き火の周りであたたまりながら軽くお酒を引っ掛けていたおじさんが、その場にいたおじさんたちに問いかけた。
 
 おじさんたちの話はこうだ。
 この国の隣に位置する、貴族が君主として君臨する小さな国・エーゲシュトランド公国。もともとはこの国の一部だった領地が独立して出来た国だ。
 海や山もあるその国は豊富な資源に恵まれた国。気候にも恵まれ、農作物も豊富。それに加えて美しい観光名所も存在するので、この国の貴族や裕福な平民がバカンス先に選ぶくらいの美しい国だというのだ。
 そこが蛮族に襲われ、全てがなくなったという。大公夫妻は血祭りに上げられ、公子が行方不明だと噂していた。

「あれって元々この国の貴族だった人間が独自に国を治めていたんだろ? そこそこ裕福な国で、周りの国は喉から手が出るほど欲していたとか…この国の王も併合したがってたらしいぜ…」
「きなくせぇなぁ」
「ここの領主が税金釣り上げたのとなんか関係あるのか?」
「いや、救援に向かったとかいう話は聞かねぇからそれはねぇだろ」

 おじさんたちが世間話のように交わす血なまぐさい会話を後ろで立ち聞きしていたヴィックは拳をかたく握っていた。唇を噛み締め、何かを堪えているその表情はあの憎悪に満ちた恐ろしいものだった。
 ──もしかして、ヴィックがその行方不明の公子ってこと……?

 ……公国の豊かさを狙われて、ヴィックはここに流れてきた。サザランド伯爵一家にただならぬ憎しみを抱いているから、なにか関わっているのだろう。それなのにヴィックは、その伯爵が治める領地内にあるスラムに隠れるように暮らしていて……
 もしや、とは思ったが、追及してもどうせ彼は本当のことを話してくれないだろう。私は頭を振って思い浮かんできた考えを振り払った。
 パチパチとカエルから滲んでいた油が爆ぜる音が聞こえる。

 ヴィックの本当の事情も彼の気持ちも彼自身が語ってくれなきゃわからない。無駄なことを考えるのはよそう。
 今いるのはスラムだ。ここに居る限りヴィックもスラムの住民。公子本人だったとしてそれがなんなのだ? 彼が私達を敵対視していない限りはそんな事どうでもいいことだ。なにか起きてから考えればいいだけの話。
 私達はもともと最底辺を這ってるから怖いことはそう多くない。何がやってきてもどんと構えておけばいいだけ。

 私はいい感じに焼けたカエルの丸焼きを、怖い顔をしているヴィックの前に突き出した。
 どんな目的で彼がここに居るかはわからないが、今はみっともなくたって生きるんだ。お腹いっぱいじゃなきゃまともな考えは浮かばないんだからね!

「食べよう! きれいな方あげるよ」

 肥え太って、きれいに焼けたカエルの丸焼きを差し出すと、ヴィックは困った顔をしていた。私は期待の眼差しで彼を見つめる。さぁ食えと圧をかけていると、彼は恐る恐る、ちょびっとだけ肉をかじっていた。
 微妙な顔で咀嚼していた彼だったが、その目がなにかにひらめいたように見開かれた。

「…美味しいな、これ」
「でしょー!」

 そうだろう! 美味しいだろう!
 いやーヴィックならこの美味しさに気づいてくれると思っていたよ!
 彼がカエルにかぶりついているのを眺めながら、私もこんがり焼けたカエルをがぶりと噛んだ。


□■□


 食料探しのために町を彷徨っていると、ぽてっと目の前で何かが落ちた。ゴミ? と思ったけどそれはお財布だった。
 その先にはいろんなものを積載した荷車を引いている人が歩いていた。…商人かなにかだろうか…服装からしてこの辺の人間じゃないなぁ。私はそれを拾い上げ、落としたであろう持ち主を追いかけた。

「待って!」
「…?」

 声をかけた相手はスラムの子どもに声をかけられたことに怪訝な表情をしていた。浅黒い肌に、濃い髪の色の商人はどこか遠い異国の風を感じさせた。前世で言うアラブ系の人に見える。
 相手から文句を言われる前にさっさと返そうと彼の手にぽんと置いてやる。

「落とし物。届けたから」

 こういう時スリの濡れ衣を着せられる可能性があるので、渡したら逃げる。これ鉄則である。

「え? あ…俺の財布」

 逃げるのも怪しいが、盗んでないのに通報された人もいるのでこの場合逃げるのが一番なのだ。
 踵を返してからさぁスタートダッシュだ! 地面を蹴りつけた。

「ちょっと待った!」
「ぐぇっ!?」

 しかし後ろから服を掴まれて阻止される。勢いで首が締まった。私がぐふぅと唸っていると、「あっ悪い」と慌てて手を離す商人。
 財布を拾ってやったのに首を絞められるとは…私になんの恨みがあるのか。首元を擦りながらじろりと睨むと、相手はヘラヘラ笑ってごまかしていた。

「拾ってくれて助かる。売上がおじゃんになるところだった」

 私の睨みを流すようにして、彼は財布からお金を取り出していた。そして私の手に握らせる。

「これで美味しいもの食べなさい」

 お礼にお金を渡してきた。
 見た目でひもじそうに思われたんだな。実際にひもじいけどさ。
 だけど私はこういうものを受け取らない主義だ。一度受け取ったら、その旨味をもう一度味わいたくなりそうだからだ。
 もちろん、追い詰められた人はありがたく受け取っていいと思うよ? でも私は食料を自分の力で集める力があるから受け取らない。

「お金はいりません。別にお金欲しくて拾ったわけじゃないし」

 渡されたお金を商人の手に戻すと、私はもう一度踵を返した。

「あぁちょっと待った! じゃあこれは!?」

 まだなにかあるらしく、背後で慌てて私を引き留めようとする声がかかったので、仕方なく振り返る。
 商人は荷車に積んでいたものをゴソゴソ漁っていたと思えば、麻袋に納められた緑を差し出してきた。

「……なに、食べ物?」
「正確に言えば、食べ物になる苗だ」

 えぇ…栽培するまでお預けって?
 私が胡乱な目で彼を見上げると、彼は肩をすくめた。

「いつまでもその日暮らしなんてきついだろう。主食の代わりにはなるぞ」

 まぁそうなんだけどさ。最近は残飯もめぼしいものが減ってきて、ちょっと足りないなぁって感じもする。狩りをしてもいいけど毎回うまく行くわけでもない。毎日肉ってのも飽きるしねぇ。 

「東の国で入手したんだが、これがなかなか売れなくてな」
「売れ残り渡すんだ」
「このままだとゴミになるだけだ。それなら嬢ちゃんがもらってくれよ」

 そう言って商人は「ちょっとついてきなさい」と私をどこかに連れて行った。
 しばらく歩いて、町の外れに連れて行かれると商人がなんかの集会場に顔を出して何事か話していた。集会場にいたおじさんたちは私をちらりと見て怪訝な表情をしていた。
 こちらも意味がわからないんだ。そんな目で見てくれるな。

「よし、話は付けたぞ。この近くの耕作放棄地を借りる契約をしてきた」
「…え?」
「栽培の方法を大まかに教えるから覚えろよ」
「えっ」

 話についていけないんですけど。
 耕作放棄地がなんだって?
 私に農民になれっていいたいのか。

「この苗は芋の仲間だ。こっちのじゃがいもよりも甘みのある芋でな、痩せた土地で育つ。肥料は下手に与えないほうがいい。つるボケするからな」
「はぁ、芋…」

 芋ねぇ。確かに国によっては芋の仲間が主食な国もある。育てば食料の足しになるだろうが、農業未経験の私に育てられるのか……

「来月にもなればこの国も暖かくなっていくだろう。暖かい時期にしか栽培できないから、寒くなる前に収穫するんだぞ」

 そう言って商人は事細かに口頭で説明してきた。彼は輸入業みたいなことをしているそうで、今回は農作物関係の商品を販売しに来たらしい。
 珍しい植物の種や野菜の苗などを持ってやってきたという彼は芋の苗を私に与え、畑を借りる契約をし、一緒に農具まで借りてきた。それと集会場にいた農業を生業にしている人にもお金を握らせてこれから作る畑を気にかけてもらうようにお願いしていた。

 なんなのだこの人は。そこまでしてくれるのになにか裏があるんじゃないだろうか。その辺にいる汚いスラムの娘を見て哀れんだつもりなのか。とんだお人好しである。

「おじさんはな、国に嬢ちゃんくらいの娘が居るんだ。女の子がこんな痩せこけて…見ていられないよ」

 そう言って私の頭を撫でてきた商人。
 やっぱりお人好しである。

 …これも施しのうちなのだろうが、ここまでしてくれて断る理由もないだろう。
 まだ何もない、雑草が生え放題の放棄地。まずは暖かくなる前にここをどうにかしないといけないな。
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