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嫌いじゃないって言ってるんだけど。何度も言わせないでくれる?
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昔からいろいろと良くしてくれた親戚の伯父さん伯母さんから、うちの子にならないかと話を持ち掛けられた時点で私の未来は決まっていたのだと思う。
子がいない子爵夫妻である伯父伯母は、分家の子である私を幼少期から目を付けていたらしい。彼らいわく、少し抜けているところはあるけど、頭は悪くなさそうだし、容姿も整っていたからだという。
幼いうちに両親から引き離す手もあったそうだけど、流石にそれは可哀相だからと、親戚の伯父さん伯母さんとしてたまに会いに来ていた。
家庭教師を派遣されて、私は言われるがまま勉強していたけど、正直その時から異変は察知していた。貴族の分家とはいえ、限りなく平民に近い生活をしている商家の娘が身につけるような知識ではなかったからだ。
ダンスやマナー、教養の授業になると流石に突っ込むしかない。
家庭教師の先生に「これは役に立つのですか?」と何度か確認したけど、「もちろんですとも」と笑顔で頷かれては処置のしようがない。
水面下で私を養女にしようと目論む伯父伯母の手によって、さりげなく貴族子女としての教育をされていたのだ。
そんな感じで17になった頃、私は養女として迎え入れられて子爵家の娘になった。
オルブライト子爵令嬢。それが今の私の立場。
まだ肩書きに慣れていないし、自覚だって湧くはずもない。子爵邸ではお姫様扱いされてビビりまくりだ。それなのに使用人にお礼を言うな、謝るな、世話をされるのに慣れろと言われて毎日泣きそうです。
私は跡継ぎとして引き取られた訳じゃない。
生憎この国では女性は爵位を継げないため、婿取り要員として養女にされただけ。
言ってしまえばオルブライト子爵家の血を継いでいたら誰でもよかったのだ。他にも子供はいたのに私が選ばれたのは、私の中に光るものがあったのか、扱いやすそうだと思われたのか……真相は謎のまま。
「レイア、この方がお前の旦那様になるオリバー君だ」
伯父に呼ばれて客間に足を運ぶと、そこで初対面の男性を紹介された。
「……オリバー・ハルフォードだ」
不機嫌にも聞こえる声音で自己紹介をした青年の青い瞳が私を品定めするように睨めつける。一流の美術家が丹精込めて作り上げた彫像のように精巧な顔立ち。見ているだけで圧倒される美貌。プラチナの髪が外から差しかかる太陽光でキラキラ輝いている。
この人、髪の毛を伸ばしても似合いそうだ。嫉妬したくなる綺麗な髪の毛……自分の地味なブルネットが憎らしくなってきた。
「彼にはレイアと一緒になってもらって、いずれは私のオルブライト子爵位を継いでもらいたいと考えている」
私は突然引き合わされた婚約者を前に、愕然としていた。
彼はハルフォード子爵家の3男坊で、歳は私のひとつ上。私とは違って由緒正しき本物の貴族様である。
──そんな、無茶な!
私が視線で伯父、もとい義父に問うと、彼はニッコリと微笑みかけてきた。
「大丈夫、レイアならきっとオリバー君とうまくいくさ」
何を根拠にそんなことを言う……?
しかし私に異議申立てする権限などなく……私は本物の貴族の坊ちゃんを前にがちがちに緊張して一言も話せなかった。
◇◆◇
お互い意に染まない結婚なのは間違いない。
あれだけの美形だ。きっと女性にモテるだろうし、恋人もわんさかいるはず。それにまだまだ遊びたい年頃だろうし、私みたいな女と結婚することになった彼は被害者なのだ。
嫌々結婚するはずだし、結婚したところで仮面夫婦だろう。
しかし私はオルブライト子爵家の血を継ぐ息子を生む責務がある。
せめてその任務だけは遂行したい。
夫婦になるのだからできれば友好的な関係を結べたらって希望だけど……私は悩みに悩み抜いて、とある良案を思いついた。
後日、婚約者としての形式的な御機嫌伺いにやってきたオリバー様に私は1枚の紙を見せた。
「……これは?」
怪訝な様子を隠さないオリバー様は眉間にしわを寄せてこちらをじろりと睨んできた。
聞かなくてもタイトルでわかるだろうに何故確認するのか。
「書いてある通り、結婚契約書の草案です。弁護士に相談して作りました」
そこに書かれてある条件は
・お互いを愛さない。
・束縛しない(愛人は別邸で囲うこと)
・男児を一人もうけたら、それ以降の夜伽は免除する。
・離縁は難しいが、希望があれば別居も可。
などなど。
必要以上にオリバー様を縛らぬよう、条件を絞ってみた。
我ながら、彼に有利な契約書になるんじゃないかと思うんだが、果たしてご満足いただけるだろうか。
ビリビリビリッ
「はぁ!?」
一晩中頭捻って考えた草案がオリバー様の手によって細々に破かれた。
なぜ破く!? 気に入らないの!?
「つ、付け加えることもできますよ!? 条件!」
少しでもお互いが過ごしやすいように必死に考えたのに。
泣きそうになりながら条件の追加を提案するも、彼の口から飛び出してきたのは「こんなものは必要ない」の一言だった。
必要あるでしょう!? 今も嫌そうに顔しかめちゃってさ!
無理して貴族の義務を果たそうとしているんだろうけど、そんなのいずれ破綻するに決まってるんだから最初から決めごとをしておいた方がいいでしょう!
「だって嫌ですよね!? 子爵家の分家、それも庶民にかなり近い位置にいる女を妻にするとか」
「別に嫌ではない」
「でも、オリバー様は由緒正しいお家柄の出身ですし、貴族男性の女遊びはたしなみじゃないですか。私みたいな女のために人生を棒に振るのはお可哀想です」
きっと彼の矜持はずたずたに切り裂かれてしまっているだろう。本来であれば同じく由緒正しい生まれの女性と結婚するはずだったろうに、何の因果か相手が私だもの!
「これは政略結婚ですから私も多くを求めません。この家を守るためですもの」
「あのさ」
感情が高ぶって涙が出てきた。
目元を押さえていると、感情の一切が消え去った平坦な声でオリバー様が言った。
「別に君のこと嫌いじゃないって言ってるんだけど」
「へ……でも」
思わぬ発言に拍子抜けした私がマヌケな声を出すと、オリバー様は深々とため息を吐いていた。
「何度も言わせないでくれる?……二度めはないよ」
ぎろりと眼光鋭く睨みつけられて念押しされた私はソファに座ったまま飛び上がりそうになったが何とか抑えた。
子がいない子爵夫妻である伯父伯母は、分家の子である私を幼少期から目を付けていたらしい。彼らいわく、少し抜けているところはあるけど、頭は悪くなさそうだし、容姿も整っていたからだという。
幼いうちに両親から引き離す手もあったそうだけど、流石にそれは可哀相だからと、親戚の伯父さん伯母さんとしてたまに会いに来ていた。
家庭教師を派遣されて、私は言われるがまま勉強していたけど、正直その時から異変は察知していた。貴族の分家とはいえ、限りなく平民に近い生活をしている商家の娘が身につけるような知識ではなかったからだ。
ダンスやマナー、教養の授業になると流石に突っ込むしかない。
家庭教師の先生に「これは役に立つのですか?」と何度か確認したけど、「もちろんですとも」と笑顔で頷かれては処置のしようがない。
水面下で私を養女にしようと目論む伯父伯母の手によって、さりげなく貴族子女としての教育をされていたのだ。
そんな感じで17になった頃、私は養女として迎え入れられて子爵家の娘になった。
オルブライト子爵令嬢。それが今の私の立場。
まだ肩書きに慣れていないし、自覚だって湧くはずもない。子爵邸ではお姫様扱いされてビビりまくりだ。それなのに使用人にお礼を言うな、謝るな、世話をされるのに慣れろと言われて毎日泣きそうです。
私は跡継ぎとして引き取られた訳じゃない。
生憎この国では女性は爵位を継げないため、婿取り要員として養女にされただけ。
言ってしまえばオルブライト子爵家の血を継いでいたら誰でもよかったのだ。他にも子供はいたのに私が選ばれたのは、私の中に光るものがあったのか、扱いやすそうだと思われたのか……真相は謎のまま。
「レイア、この方がお前の旦那様になるオリバー君だ」
伯父に呼ばれて客間に足を運ぶと、そこで初対面の男性を紹介された。
「……オリバー・ハルフォードだ」
不機嫌にも聞こえる声音で自己紹介をした青年の青い瞳が私を品定めするように睨めつける。一流の美術家が丹精込めて作り上げた彫像のように精巧な顔立ち。見ているだけで圧倒される美貌。プラチナの髪が外から差しかかる太陽光でキラキラ輝いている。
この人、髪の毛を伸ばしても似合いそうだ。嫉妬したくなる綺麗な髪の毛……自分の地味なブルネットが憎らしくなってきた。
「彼にはレイアと一緒になってもらって、いずれは私のオルブライト子爵位を継いでもらいたいと考えている」
私は突然引き合わされた婚約者を前に、愕然としていた。
彼はハルフォード子爵家の3男坊で、歳は私のひとつ上。私とは違って由緒正しき本物の貴族様である。
──そんな、無茶な!
私が視線で伯父、もとい義父に問うと、彼はニッコリと微笑みかけてきた。
「大丈夫、レイアならきっとオリバー君とうまくいくさ」
何を根拠にそんなことを言う……?
しかし私に異議申立てする権限などなく……私は本物の貴族の坊ちゃんを前にがちがちに緊張して一言も話せなかった。
◇◆◇
お互い意に染まない結婚なのは間違いない。
あれだけの美形だ。きっと女性にモテるだろうし、恋人もわんさかいるはず。それにまだまだ遊びたい年頃だろうし、私みたいな女と結婚することになった彼は被害者なのだ。
嫌々結婚するはずだし、結婚したところで仮面夫婦だろう。
しかし私はオルブライト子爵家の血を継ぐ息子を生む責務がある。
せめてその任務だけは遂行したい。
夫婦になるのだからできれば友好的な関係を結べたらって希望だけど……私は悩みに悩み抜いて、とある良案を思いついた。
後日、婚約者としての形式的な御機嫌伺いにやってきたオリバー様に私は1枚の紙を見せた。
「……これは?」
怪訝な様子を隠さないオリバー様は眉間にしわを寄せてこちらをじろりと睨んできた。
聞かなくてもタイトルでわかるだろうに何故確認するのか。
「書いてある通り、結婚契約書の草案です。弁護士に相談して作りました」
そこに書かれてある条件は
・お互いを愛さない。
・束縛しない(愛人は別邸で囲うこと)
・男児を一人もうけたら、それ以降の夜伽は免除する。
・離縁は難しいが、希望があれば別居も可。
などなど。
必要以上にオリバー様を縛らぬよう、条件を絞ってみた。
我ながら、彼に有利な契約書になるんじゃないかと思うんだが、果たしてご満足いただけるだろうか。
ビリビリビリッ
「はぁ!?」
一晩中頭捻って考えた草案がオリバー様の手によって細々に破かれた。
なぜ破く!? 気に入らないの!?
「つ、付け加えることもできますよ!? 条件!」
少しでもお互いが過ごしやすいように必死に考えたのに。
泣きそうになりながら条件の追加を提案するも、彼の口から飛び出してきたのは「こんなものは必要ない」の一言だった。
必要あるでしょう!? 今も嫌そうに顔しかめちゃってさ!
無理して貴族の義務を果たそうとしているんだろうけど、そんなのいずれ破綻するに決まってるんだから最初から決めごとをしておいた方がいいでしょう!
「だって嫌ですよね!? 子爵家の分家、それも庶民にかなり近い位置にいる女を妻にするとか」
「別に嫌ではない」
「でも、オリバー様は由緒正しいお家柄の出身ですし、貴族男性の女遊びはたしなみじゃないですか。私みたいな女のために人生を棒に振るのはお可哀想です」
きっと彼の矜持はずたずたに切り裂かれてしまっているだろう。本来であれば同じく由緒正しい生まれの女性と結婚するはずだったろうに、何の因果か相手が私だもの!
「これは政略結婚ですから私も多くを求めません。この家を守るためですもの」
「あのさ」
感情が高ぶって涙が出てきた。
目元を押さえていると、感情の一切が消え去った平坦な声でオリバー様が言った。
「別に君のこと嫌いじゃないって言ってるんだけど」
「へ……でも」
思わぬ発言に拍子抜けした私がマヌケな声を出すと、オリバー様は深々とため息を吐いていた。
「何度も言わせないでくれる?……二度めはないよ」
ぎろりと眼光鋭く睨みつけられて念押しされた私はソファに座ったまま飛び上がりそうになったが何とか抑えた。
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