55 / 64
55話
しおりを挟む聴衆は行方不明である領主・アンソニー様が現れてどよめいた。
普段お目にかかることのできない彼に興味津々な人が半分、見つかって安堵する人が半分といったところだ。
ここを治める領主様は代々、領民想いの政策を打ち出してくれている。
前領主様は道路の修繕や橋の建設などのインフラ整備に力を入れていた。
アンソニー様も先代に続いて治水政策を行い、水路と陸路双方の流通網を築き上げた。
また、彼は権力が一極集中するのは良しとせず、商業組合に自治権を付与してくれた。
税が重くなる年もあったがそれでも他領よりは重くないし、全ては自分たちのためを想ってのこと。だから皆、アンソニー様に好意的であり、彼がどんな方なのか顔を拝みたいのだ。
そんな中司祭様だけは、周りの反応に動じず、アンソニー様へ恭しく礼をする。
「これはこれは領主さま。よくご無事で。私は毎日神にあなた様の無事を祈っておりました。それにしてもどうしてこのような行動を取ったのですか? 領民も私も心配で肝が冷えましたぞ」
事情を知っている私からすると、司祭の涙ぐむ姿は空々しく映った。顔には出ていないにせよ、腹の内では驚き焦っていると思う。
アンソニー様は私に身分を隠していた時と比べ、威厳に満ちていて近づきがたい雰囲気を醸し出している。
「全てはこの領に蔓延る膿を絞り出すための行動だった。司祭は心配などしていないだろう。その証拠がこれだ」
そう言って手を上げて合図すると、後方からお付きの者数人が沢山の麦束が積まれた荷車を引いてくる。
「こ、これはっ……!」
「おまえを広場に誘き出している隙に、シスターに頼んで教会地下を見せてもらった。ここにある悪魔の黒い爪の宿った麦束は、ほんの一部に過ぎない。商業組合経由で大量に集めていたようだな。おまけに組合から紹介状が貰えなかった者たちを集めて地下で粉を挽かせようとしていたとは。欲に溺れた司祭は神への信仰心を忘れ、悪魔に魂を売ってしまったらしい」
聴衆はアンソニー様の発言に困惑する。今まで信頼を寄せてきた司祭様が何故我々を裏切るのか。悪魔に魂を売ってしまったというアンソニー様の発言とその証拠である麦束を見て慄然する。
「そ、そんな、誤解ですぞ。神に仕える身の私が悪魔に魂を売るわけがありません! 何度も言いますが私は清廉潔白です!」
アンソニー様は、御託はいいと一蹴する。
「知りたいことはすべて知っている。件のことといい、普段から私腹を肥やしていたことといい――すべてだ。司祭の部屋からは金塊や宝石が宝物庫の如く出てきた。あれだけの財があれば、もっと教会を立派に改築できるのではないか? 領民に実害がなかったために目を瞑っていたが、もうその必要もない。今までのことも含めて大司教様に嘆願書を早馬で送ったら、すぐ対応してくれた」
ステージ上にいたはずのニコラがいつの間にかアンソニー様の横に並んでいる。
彼は一歩前に踏みでると手にしている羊皮紙を広げた。そして止めを刺すように、大司教様の名のもとに彼の司祭職剥奪並びに破門という内容を、この場にいる皆の耳に届くよう、大声で読み上げた。
司祭様は額に玉のような脂汗を噴き、青褪めていた。身体を震わせる彼は内容を聞き終わる頃には膝から崩れ落ちる。それと同時にアンソニー様のお付きの者たちによって捕らえられてしまった。
アンソニー様は魂の抜け殻みたいになった司祭様をしげしげと見下ろした。
「今のおまえには権力もない。助けてくれる後ろ盾もない。自分と向き合い、そして誰の領で罪を犯してしまったのか悔いるがいい。――連れて行け」
ドスの利いた低い声には、冷淡な響きがあった。連行されていく司祭様を流し目で見送ると、次に元恋人を捉えた。
「さて、残りは君だけだ」
アンソニー様はステージに上がると、捕縛されて転がっている元恋人に話しかける。
「やれやれ。本来なら自治権を返還してもらう必要はなかったんだよ。君の父上とは親しい間柄だし、私と同じ思想を持つ仲間だからね。司祭を捕えるために協力してもらっていた。でもねえ、彼がいない間にここまで利己主義に走られては見過ごせない。君にもあとできっちりと話を聞かせてもらう」
物腰は司祭様の時よりは柔らかいけれど、威圧的なオーラは相変わらずだ。現に元恋人は年甲斐もなくべそをかいている。
「というわけでルナ君、彼を連行する前に言いたいことがあるならしっかり言いなさい」
私は頷くと、補佐さんに無理矢理立たされた元恋人の真正面へと歩み寄った。
本来ならばここで「ざまあみろ、この能なしめっ!」って罵って、ゲス顔スマイルをキメて中指立てるところだけど……。
それじゃあ元恋人とやっていることは変わらない。
それに一番伝えたいのはそんなことじゃない。
私は腰に手を当てて、下を向く元恋人の顔を覗き込んだ。
「賭けは私の勝ちだから、お店はこのまま続けるから。あなたはお父さんを超えたくてこんなバカなことをしたんだろうけど。そのやり方じゃ一生超えられないし、囚われの身のままね」
「じゃあどうすりゃ良かったんだよ。おまえだって俺のことを親の七光りって言ってただろ」
おおう、随分根に持ってらっしゃる。ていうかそんな少年みたいに純粋な顔で泣くのはやめて? くっ、元恋人が私好みの顔だっていうの忘れてたわ! その顔は反則だから!!
これだと私が悪い人みたいじゃ……いえ、私が悪いです。焚きつけるためとはいえ、言い過ぎました。
「あの時はごめん。あなたとお父さんは別人なのに比べてしまって」
「言っていることが分からないな。皆、俺と親父を比べてるじゃないか」
「ううん、違う。だってあなたはお父さんじゃないし、お父さんはあなたじゃない。比べようがないもの。他人の目や評価ばかりを気にしていると、永遠に心は満たされない。だから自分の価値は自分で決めればいいんだよ。私もまだ気づけただけで何も変われてないけど。でもこのことを知ってしまえば、あとは行動するしかないと思うんだ」
「……婚約破棄した時は同類だと思ってたのに、俺より前に進んでる」
「うん?」
「何でもない。そうだな、俺も他人の評価に執着するのはやめる。これから親父や組合の人たちに謝って、今までしてきたことを償うさ。……いろいろ迷惑かけて悪かった」
顔を上げた元恋人はくるりと背を向け、振り向きざまに手元を見るように合図される。
下を見れば、縛られた縄から彼の手が僅かに伸びていた。
私は目を細めて、その手を取った。こうして、私と元恋人は完全に和解した。
0
お気に入りに追加
170
あなたにおすすめの小説
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
あなたなんて大嫌い
みおな
恋愛
私の婚約者の侯爵子息は、義妹のことばかり優先して、私はいつも我慢ばかり強いられていました。
そんなある日、彼が幼馴染だと言い張る伯爵令嬢を抱きしめて愛を囁いているのを聞いてしまいます。
そうですか。
私の婚約者は、私以外の人ばかりが大切なのですね。
私はあなたのお財布ではありません。
あなたなんて大嫌い。
前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】
迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。
ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。
自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。
「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」
「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」
※表現には実際と違う場合があります。
そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。
私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。
※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。
※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。
彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。
目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。
彼を追いかける事に疲れたので、諦める事にしました
Karamimi
恋愛
貴族学院2年、伯爵令嬢のアンリには、大好きな人がいる。それは1学年上の侯爵令息、エディソン様だ。そんな彼に振り向いて欲しくて、必死に努力してきたけれど、一向に振り向いてくれない。
どれどころか、最近では迷惑そうにあしらわれる始末。さらに同じ侯爵令嬢、ネリア様との婚約も、近々結ぶとの噂も…
これはもうダメね、ここらが潮時なのかもしれない…
そんな思いから彼を諦める事を決意したのだが…
5万文字ちょっとの短めのお話で、テンポも早めです。
よろしくお願いしますm(__)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる