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24話
しおりを挟むシンティオは二人組に追い打ちをかけるように静かに口を開いた。
「下手に動かぬ方が良い。そやつらは其方らがよく知っているように毒を有しておる。一匹に噛まれた毒が微量であってもそれだけの数とならば…………死ぬぞ」
二人組は蛇に睨まれたカエルよろしく滝のように油汗を滲ませて今にも卒倒しそうな勢いだ。一匹の蛇は平気でも数十匹ともなると恐ろしくなったのだろう。
今更敵である私に助けてくれと懇願の眼差しで必死に訴えてくるけれど、残念ながらあなたがたがよく知っているように蛇が嫌いな私にはどうにもできない。
やがて、取り囲んでいる蛇のうち一匹が勢いをつけて高く飛ぶと二人組へとダイブした。それを皮切りに残り全ての蛇も我先にと二人組めがけて高く飛ぶ。
怖くて見ていられなくなった私は咄嗟に顔を背けた。
情けない雄叫びが墓地に響き、程なくして辺りは静寂に包まれる。
絶対に見るまいと心に決めていたけれど、怖いもの見たさから横目で恐る恐る二人組を一瞥すると、蠢く蛇たちに埋もれて大の男が泡を吹いて気絶していた。
嗚呼、やっぱり見るんじゃなかったと後悔してももう遅い。
私にとってあまりに凄惨な光景はしっかりと焼きついていて、きつく目を閉じてもまぶたに浮かぶ。シンティオはよくあれだけの数の蛇を操ったものだ。
「……竜が爬虫類を使役できるなんて。やっぱり竜は爬虫類の頂点に君臨してるんだ」
「だから竜を爬虫類と一緒にするでない。竜は爬虫類を使役できぬ」
閉じていた目を開けると、いつの間にかシンティオが脇に立っていた。呆れた表情を浮かべていい加減、爬虫類と一緒にするなという様に半目で私を見つめている。
「あれだけの蛇を呼び寄せて襲わせるなんて蛇使いにもできないことだと思う」
私も対抗して胡乱な視線をシンティオに向けた。
「あれはサンドラが我に持たせてくれた蛇を誘い出し陶酔させる特性の魅了の薬だ。白霧山近辺の蛇は繁殖期になると臭いが変わる。それを利用して作ったのがこの薬だ」
私は驚いて目を見開いた。薬師としていろいろな薬を勉強してきたけれど、そんな物騒な薬があるなんて初耳だった。蛇用の魅了の薬を作った人はよっぽど蛇が大好きな頭の狂った変態なんだろう。
次は是非犬や猫の薬をお願いしたい。
因みにサンおばさんは他にもクモ用やネズミ用など変わったものを持たせてくれたらしい。寧ろそんな怪しい薬を作りだすサンおばさんこそ、変態なのかもしれない。
「墓地に着くと丁度ルナが蛇と対峙しているのを見て辺りに薬を撒いた。臭いに反応して蛇が退散してくれればと思ったのだ。だが、あまりに興奮していたから効果はなく、残りを自分の手に付けて蛇を鎮めたのだ」
「だから素手で蛇を鷲掴みしても平気だったんだ。助けてくれてありがとう。でも、それならどうして蛇たちはあの二人組に集まったの?」
「嗚呼、それは魅了の薬の材料が薬草と葡萄酒だからだ。あの二人組は日がな一日酒を飲んでいるのか酒臭かった。おかげで魅了の薬の葡萄酒の匂いと混ざり合って彼らに蛇が寄り集まったのだろう。あと、補足しておくが白霧山近辺の蛇は姿が有毒種に似ているが、実際は無毒種だから噛まれても死にはせぬ。もともと攻撃的な性格でもないからさっき二人組に言ったことは単なるはったりだ」
無毒種だと聞いて安心した途端、私は一気に身体の力が抜けてしまった。いくらあの二人組に嫌がらせを散々されたからといって毒にやられて死なれては後味が悪くて困る。
その場に崩れ落ちる寸でのところでシンティオの腕が腰に回されて優しく支えてくれる。
「ルナ、大丈夫か!?」
眉の間に深い皺を寄せてシンティオが真っ直ぐに私を見る。いつものように大丈夫だと言って、安心させようと試してみたけれど、気丈に振舞うことは無理だった。
緊張の糸が切れて腹底から様々な恐怖が沸々と湧いてくる。堪らず私は縋るようにシンティオの服を掴んで俯くと、胸の内を明かした。
「……もう無理怖い。死ぬかと思った」
シンティオは何も言わずにゆっくりと私を地面にぺたんと座らせると、手を私の頭の上に置いた。
怪訝な顔を上げれば少し待つようにと言われ、何処かへ歩いて行ってしまった。数分も掛からないうちに戻って来ると、その手には私が放り投げたトカゲの釣り道具が握られている。
「帰ろう。サンドラが待っている」
「でも、まだトカゲの尻尾を採れてないから」
帰れないよっと蚊の鳴くような声で言った。
情けないけれど、私のメンタルは限界に達していた。今からまたトカゲの尻尾を採る気力は残っていなかった。
シンティオは私の正面まで歩くとしゃがんで私と目線を合わせる。そして持っていた籠を差し出した。
「蓋を開けてみよ」
言われるがまま、そっと蓋を開けるとそこにはトカゲの尻尾が入っていた。
シンティオが採ってくれたのかと尋ねると、そうではないと口にした。
「我が拾った時には既に入っていたのだ。だからこれはルナが採ったのだ」
もしかしたら、身体についたトカゲを払い除けている時に運良く籠の中に尻尾が入ったのか。
奇跡に近いできごとに私は神様に心から感謝した。
「ルナはよく頑張ったのだ。だから今日はもう帰ってゆっくり休むと良い」
感謝に浸っていると優しくシンティオが微笑んだ。ふと手元を見ると、シンティオの手の先が少し泥で汚れている。それを見た私は目頭が熱くなった。
「……うん」
悟られないように顔を背けると、大きく頷いた。
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