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【 第3章 ミント味の口づけ 】

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「…でも、こうして会いに来て下さってうれしいです。ティモン様にもアレクセイ様にも最後に挨拶出来なかったことを、ずっと後悔していたんです」

ジャスミンがそう話すと、どこか苦笑いしたような表情に変わるアレクセイ。


「普段なら、陛下はあんな朝早くに温室付近をうろついたりしないんですが…あの日は様子が違いましたね」

そんな話を聞き、ティモンもあの日のことを思い出すように視線を上に向けた。


「…確かにそうですね。ジャスミンが去ることを、なんとなく本能で感じ取ったんでしょうか?」

ジャスミンが王城を出ていくあの日、本来であれば薬草園の見回りをした後、ヴィクトルに会わないように神殿に向かい、約束していたティモンとアレクセイには最後の別れを告げるはずだった。ヴィクトルは朝早くから鍛錬のために中庭で剣を振るっているはずで…温室にあぁしてヴィクトルが現れるのはジャスミンにとっても予想外なことだった。


「結果的に私は、最後に陛下に会えて良かったのかもしれません。私のことを思い出せなくても苦しむ様子はなく、むしろ私のことを投獄しようとするくらいお元気だったことがどこかほっとしました」
「本当に、あの日は話を聞いて頭を抱えましたよ。私が徹夜で様々な調整をしている間、陛下が勝手に出歩いて問題を起こすのですから」
「私も兵士たちからジャスミンと陛下が顔を合わせてしまったと聞き、本当に驚きました。それにしても…エリク神様は本当に酷いお方です」

ティモンはそう告げると、いつも祈りを捧げるように胸元で両手を合わせる。


「確かにエリク神様は昔から、人々を困らせるような悪戯が好きな方でした。子供を攫って国民に宝探しのように探させたり、突然神殿に現れて横笛を吹いて満足して消えて行ったり、驚くほど甘い果物を大量に実らせたり…けれど、今回のように直接人の運命を変えてしまうようなものは私も初めて見ました」
「…そうですね。でも、私はどこかすっきりしているんですよ」

ジャスミンがそう話すと、アレクセイとティモンは2人とも少し驚いたようにジャスミンを見る。


「だって、陛下を好きな気持ちはずっと誰にも明かせないものでしたから。誰かに話せば困らせてしまうものだと分かっていましたし、ましてや陛下本人に言えるものでもありません。なにより、いつか陛下が奥様を迎えた時、私は以前と同じく笑っていられるのか…本当は自信がなかったんです」

鼻の奥がツンとして、泣きたくなるのを堪えるジャスミン。そんなジャスミンはミントティーを一口飲んだ後、にっこりと2人に微笑んだ。


「だから、エリク神には感謝しているんです」
「ジャスミン…」

そんなタイミングでオーブンが鳴り、クッキーが焼き上がった音を知らせる。ジャスミンが立ち上がり、焼き上がったクッキーやお茶を準備していると、なぜかその場にエリク神が現れるのだった。



「エリク神様!!!」

そう大きな声をあげたのはティモンだった。誰よりもエリク神への信仰が強いティモンはすぐさまその場に膝をついて、祈りを捧げる姿勢に変わる。そんなティモンを見てアレクセイも同じように膝をつき…ジャスミンだけがクッキーとお茶を持ったまま、戸惑ってしまう。


「ははは、楽にして構わないぞ。我は上手そうな匂いに誘われてきただけだからな」

そう言ったエリク神は、さっきまでジャスミンが座っていた2人がけのソファの隣に座ると、まるで今すぐお茶をクッキーを準備しろと言うようにこちらに視線を向けてくる。本当にこの人はいつだって気まぐれすぎる。


「ミントティーは癖があるので、苦手だったらお取替えします」

そういってエリク神の前に熱いミントティーとクッキーを置き、他2人の空になったティーカップにもお茶を注ぐジャスミン。ティモンもアレクセイもこの状況をどうするべきか戸惑っているようだったが、ジャスミンが席に付くと彼らもゆっくりと元の席に戻る。


「うーーーん、ミントは茶にすると苦手だ」

ジャスミンはそう話すエリク神のために新たにお茶を淹れようと立ち上がるのだが、何を思ったのかエリク神はジャスミンの手の引き、強引にキスをしてきた。



「キスをするのにお互いにミント味がするのはちょっとな」

からかうようにそう笑うエリク神。ジャスミンはそんな状況に顔を真っ赤にして、逃げるようにして台所へと向かうのだった。

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