ソレイユの秘密

紺乃 藍

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純愛リフレイン

My Silent knight

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千里せんり! やっぱりいいよ、恥ずかしいから!」

 目的のホテルのロータリーから少し外れた場所。車椅子マークの青い看板が立った広いスペースでハザードランプを点灯してドアを開けた千里に、率直な気持ちをぶつける。

 恋人の愛車の助手席に座ったまま指先に力を入れると、手にしていた案内状に記されていた『同級会パーティー』の文字と母校の名前が折れ曲がってくしゃくしゃになった。

 あおいは自分で折り曲げてしまった案内状を見つめながら、また少し前の千里の台詞を思い出した。車椅子を使って目立つのが嫌なら、俺がお前の足になってやるから。そう言って顔を覗き込んできた、優しい恋人の優しい言葉を。


 今日の千里はいつもの消防士の活動服じゃない、アメリカントラッドなスーツ姿だ。身長が高く体格がいい千里がスーツを着ると、まるで映画に出てくるSPかスパイのような品格と厳格さを感じる。

「大丈夫、文句なんて誰にも言わせない」

 なのにフッとほほえむ表情からは、やけに色気が醸し出されている。その表情を確認した葵はやっぱり黙るしかない。

 今日は車の後ろに積み込んである車椅子は、降ろさない。その代わりに膝の下と腰の後ろに腕を差し入れて葵を抱きかかえると、首に腕を回すよう視線で促してくる。千里のその瞳は有無を言わさない、と言っている。

 もうここまで来たら腹を括るしかないか……と言われた通りにする。だが、ホテルエントランスの2枚目と3枚目の自動ドアの間にある『今日のイベント一覧』のプレートを目にすると、やはりどうしても怖じ気づいてしまう。

 心が折れそうになる度に、ただの同級会がその辺の居酒屋でラフな格好で行われるものではなく、ホテルでドレスコードありきで開催することにした企画者を恨めしく思う。緊張と不安から、また彼の胸にぎゅっとしがみついてしまう。

「大丈夫。葵は可愛くて綺麗だ」

 けれど葵の緊張感を感じ取った千里に照れくさい言葉を囁かれると、不思議なことに少しずつ不安が薄れていく。

 軽々と葵を抱いた千里がホテルの人と何かのやり取りを済ませる間、周囲の様子は一切確認できなかった。不安な心地と恥ずかしさに晒されながら鼓動の速さを感じていると、千里はすぐに葵の身体を降ろしてくれた。

「あ、あお…!?」

 視界がひらけて明るくなったと思った瞬間に、葵のニックネームを呼ぶ声が聞こえた。視線を動かすと、すぐ隣で友人が棒立ちになっている。

優衣ゆい、サヤ。久しぶり~……」

 高校時代に仲が良く、唯一今もやり取りのある2人の名前を呼ぶ。優衣とサヤは目をまんまるにして葵の顔を凝視していたが、彼女たちが無関係な人物の登場に困惑しているうちに、千里が先に名乗ってしまった。

「こんばんは。葵とお付き合いさせて頂いています、宇野うの 千里と申します」
「あっ。こ、こんばんは…」
「初めまして……!」

 千里が挨拶すると、優衣とサヤの目が点になった。程なくしてあわあわと頭を下げた2人に微笑むと、千里は再び葵の前に跪く。

「じゃあ葵、終わったら連絡して。すぐ迎えに来るから」
「…!!」

 そう言って葵の前髪をかきあげ、自然な動作で額に口付けをする。驚いているうちに、立ち上がった千里は優衣とサヤに笑顔を残し、腕時計で時間を確認しながら颯爽とパーティー会場を後にしていった。

(い、いつもの無口と無表情はどうした~~~!?)

 葵は大胆な行動をさらりとやってのけた恋人を内心で責める。ハッとなって動き始めた友人たちに

「ちょっと、あお! 彼氏カッコ良すぎない!?」
「何あれ!? SPかと思ったわ!!」

 と詰め寄られているうちに、周辺にいたクラスメイトたちも葵の前にわらわらと集まってきた。

 クラスが違った人たちには何事か?と不思議そうな顔をされたが、クラスメイトたちは興味津々なようすで葵とも普通に会話をしてくれた。まるで昔に戻ったみたいに。

 そんなクラスメイト達の笑顔を見ながら、出される料理を堪能したりイベントに参加したりしているうちに、葵の不安は薄れていった。

 その不安はすべて千里が打ち消してくれたことには、最初から気が付いていた。





  *****





「千里。今日はありがと」

 帰宅してスーツをハンガーにかける恋人に声をかけると、振り返った千里がたおやかに微笑む。千里はドレスコードのある葵に合わせて、ただ送迎するだけなのにわざわざスーツを着てくれた。

「なんかすごい注目されちゃったけど」

 思い出して、また恥ずかしくなる。

「みんな千里を褒めてた。かっこいい、ナイトみたいだって」

 高校時代はどちらかと言うと目立たない方だった葵を抱きかかえて登場し、猫足の可愛い椅子の上にその身体を降ろして跪き、小さなキスと微笑みを残して颯爽と立ち去る。

 千里のそんな姿は、葵の同級生たちに軽い衝撃を与えた。同時に羨ましがられて、何処で出会ったの、何してる人なの、どっちから付き合おうって言ったの、などと質問攻めにもあった。

「千里、わざとキスしたでしょ」
「あぁ、もちろん。葵が女子高出身ならあそこまではしなかったが、男もいっぱいいたからな」

 ふん、と鼻を鳴らした千里は少し大人げない。あの場にいたのはみんな葵の同級生。つまり全員、千里より5歳も年下だというのに。それに葵に興味をもつ異性の同級生など、いないと思うのに。

「もう!……でも、おかげで楽しめたよ。ありがと」

 恥ずかしかったのは確かだが、それ以上に楽しかった。嬉しかった。

 忘れた頃になって『そういえば足は大丈夫?』と訊ねられた。誰かがそう訊ねるまで、みんな葵の足の事などキレイさっぱり忘れていた。

 クリーム色のレースが広がるロング丈のパーティードレス。その下には、左足だけにしかヒールを履いていなかった。葵の右足は、下4分の1が存在しないから。

 葵が交通事故に遭ったのは高校2年生の時で、まだ若い少女が足を切断しなければいけない状況など、同級生たちにとっても相当ショッキングな出来事だったはずだ。

 だから後ろめたかった。
 同級会の案内があったとき、本来あるべき右下肢とその機能を失っていた自分にそっと落胆した。懐かしい顔に会いたいと思う反面、憐みの目で見られ、同情を誘っていると思われるぐらいなら、同級会のパーティなど無理に出席しなくてもいいと思った。

 けれど障がいのある自分自身に沈み込む葵を、千里は優しく包み込んでくれた。車椅子を使って目立つのが嫌なら、俺がお前の足になってやると言い出した。今の葵に似合うドレスを選んで1番可愛いお姫様にしてやる。誰にも文句は言わせないと宣言した。

「ナイトじゃ、姫には手が出せないか」

 自分で『お姫様』と言った事を思い出したのだろうか。無口で不愛想なナイトはそうやって苦笑するけれど、葵は本当はお姫様なんかじゃない。そんな事は自分が1番分かっている。

「いいよ。私、お姫様なんかじゃないから」

 綺麗なガラスの靴も履けない。
 魔女から走って逃げることも出来ない。
 広い海を泳ぐことも出来ないから。

 だからスーツを脱ぎかけてベッドの端に腰掛けてきた千里は、そんな事など気にしなくていい。いつものようにその逞しい首に腕を絡めて抱きつく。

「お姫様だ。……でも本人がいいと言うなら、触れても問題ないな」

 そうやって静かで不誠実な騎士は、片足のない不埒なお姫様のドレスのリボンを解いてしまう。自分ではその心と呼吸を乱すくせをして、けれど他の者には絶対に侵させないと誓いの口付けを重ねながら。
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