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1章 Side:愛梨
4話
しおりを挟む「愛梨って、ずっとショートヘアだよな」
2人で帰りのエレベーターを待っている時、ふと弘翔が呟いた。顔を上げて目が合うと『昔から?』と問い掛けられる。
弘翔と付き合いはじめて約1か月。
特に公言した訳ではないが、こうして一緒に帰っているところを色々な人に目撃され、愛梨と弘翔は既に所属する部署全体の公認カップルとなっていた。
最初の1週間は色々な人にからかわれ、愛梨は27歳にして初めて恋愛事でからかわれる気恥ずかしさを経験したが、2週間目には周囲の興味と関心も徐々に落ち着き、今では2人の様子など誰も気に留めなくなってきている。
「うん。割と昔からかなぁ」
自分の首の後ろに触れながら頷く。
愛梨の髪形は、ずっとショートヘアだった。トップにはほんの少しボリュームがあるが、耳のラインから襟足を丸く数センチ残しただけの、いわゆるベリーショート。
前髪は額を隠すほどの長さがあるが、横髪もわずかに耳にかけられる程度の長さしかなく、すっきりとして愛梨自身も気に入っている。
「小学校の頃からずっとバレーボールやってて。練習とか試合の時にいちいちまとめるの面倒で、高校までずっとショートヘアにしてたんだ」
懐かしい思い出だ。バレーボールは今はもちろんやっていないが、小学・中学・高校生の頃はかなり情熱を注いで打ち込んだ。
中学2年の多感な時期に引っ越しと転校も経験しているが、部活動を通せば新しい友達を作るのも早かった。だから今となっては楽しい青春時代ばかりが思い浮かぶ。
「大学の時に一時期、伸ばしたこともあったんだけどね」
大学生になりバレーボールを辞め、表向きはショートヘアに固執する理由は無くなった。だが愛梨が髪を伸ばしたのは大学入学からほんの半年ほどで、そのうちまた伸びては短く切るという元のサイクルに戻してしまった。
「自分で生活するようになったらシャンプー代がもったいなくて、結局ずっとショートで落ち着いてるんだ」
「あはは。なんだそりゃ」
それは半分、嘘。
愛梨がショートヘアにこだわる本当の理由は、髪形が変わってしまったら、日本に戻ってきた雪哉が愛梨の事を見つけられないと思っていたから。
髪形なんて1年も経てば誰でも変化するし、仮に雪哉が愛梨の事を探してくれていたとしても、髪の長さを目印にはしないと思う。
けれど初めてロングヘアからショートヘアにばっさりとカットした小学5年生の時に、雪哉が『似合う』と褒めてくれた事をどうしても思い出してしまう。
女性らしいゆるふわの巻き髪にも憧れた。けれどそれ以上に、脳裏を過る幼い雪哉の笑顔に恋い焦がれてしまう。だから美容室のカット台に腰を下ろして鏡の中の美容師と目が合うと、いつも『ばっさりお願いします』と呟いてしまっている。
「慣れると楽だよ。シャンプーとコンディショナー、いつも1プッシュずつだから」
「貧乏性だなぁ」
「そうじゃないよ。シャンプーとコンディショナーが無くなるタイミングが違うのって、ちょっとしたストレスなんだから」
弘翔がどんな洗髪剤を使っているのかは知らないが、愛梨の父はシャンプーとコンディショナーが一緒になったオールインワンタイプのものを使っていた。弘翔もそれと同じなら、2つが別のタイミングで無くなる地味なストレスなどわからないだろう。
「弘翔は長い方が好き?」
「んー? 愛梨が好きな方なら、どっちでもいいよ」
到着したエレベーターに乗りながら訊ねると、弘翔が嬉しそうに微笑んだ。その顔を見ていると、愛梨の方が気恥ずかしくなってくる。照れを隠すため、1度でいい『1F』のボタンを無意味に5回も連打する。
「でも長いのも見てみたいな」
「そう? じゃあ伸ばそうかな」
ほどなくして動き出したエレベーターに揺られながら、愛梨は自分の言葉に自分で頷いた。
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