【本編完結】訳あって王子様の子種を隠し持っています

紺乃 藍

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5. デルフィニウムの褥 後編 ◆

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 強い快楽の波が過ぎ去るとセシルの身体から徐々に力が抜ける。熱を放出した陰茎が少しずつ萎んでいくのと相反するように、羞恥心と罪悪感が一気に膨れ上がる。

「結構出たな」

 セシルの下着から手を引き抜いたアレックスが、自分の手のひらを見つめながら呟く。呼吸が整わないままぼんやりと視線を上げると、アレックスの手から自身が放った白い蜜液が滴ってきている。吐いた精の量と粘度を確認するような口ぶりに、セシルは目を見開いてわなないてしまう。

 しかしだらしない表情と姿を見られたことに恥じ入って震えている場合ではない。アレックスはセシルの出した精蜜をひとしきり観察すると、傍にあった布で手を拭きながら唇の端をニヤリとつり上げた。

「ほら。脱がせてやるから、うつ伏せになって尻上げろ」
「えっ? ……いえ、いいえっ!」

 未だに困惑しているセシルを置き去りにアレックスが次のステップへ進もうとする。動揺するセシルの腰から下着ごとスラックスを引き下げると、宣言通りに身体をくるりとひっくり返される。

 視界が反転したことで射精の余韻も一気に吹き飛ぶ。尻が丸出しの状態になっている恥ずかしさのあまり、慌ててバタバタと抵抗する。

「ま、まって……!」

 身体を動かすとアレックスの香りを先ほどよりも色濃く感じる。きっとシーツに移った彼自身の匂いがベッド全体に広がるからだろう。

 その甘く大人びた匂いを鼻の奥に感じると、一度熱を吐いて沈静化したはずの局部が再び反応を始める。秘めた部分を見られたのなら恥ずかしさから萎縮してもいいはずなのに、むしろ敏感に震えてまた勃起しはじめている。

 アレックスの鋭い視線を秘部に感じるだけで、体温がぐっと上昇する。

 うつ伏せの状態からシーツに膝をつかされ、お尻を後ろに突き出すように腰を高く掲げられる。人に見せるべきところではない部分を空気に晒されたセシルは、そのまま羞恥で気絶しそうになった。

「あ……ぅ」

 混乱するセシルをさらなる衝撃が襲う。アレックスが背後からセシルの双丘を左右へ開き、その奥にある後孔に指先を滑らせるので、気絶している場合ではないと慌てふためく。

「ひぅっ……」

 閉じた秘口をゆるりと撫でられる感覚に、身体がびくっと跳び上がる。しかし想像よりも温かな指先で何度か孔の周りを撫でられていると、その感覚を不快には思わなくなる。

「本当はセシルが出したもので慣らしてもいいが、俺のと混ざってしまうからな」

 アレックスがぽつりと呟いた直後、秘部を撫でられる感触に濡れた感覚が混ざり込む。

(な、なに……? ……水の魔法?)

 突然感じた水の感覚と直前のアレックスの台詞から察するに、恐らく秘部を広げて慣らす潤滑油の代わりに魔法を使われたのだろう。しかもそれほど鋭い冷たさを感じないことから、水の魔法に少しだけ炎の魔法を混ぜることで、セシルが冷たさを感じないようアレックスが温度を調節してくれたのだと気づく。その配慮がまた別の意味で気恥ずかしい。

「ひ、ぁっ……ぅ!」

 ふと後孔を撫でていたアレックスの指先がつぷっ、と中に入り込んできた。自分からは見えない場所に異物が埋められる感覚に、思わず身体に力が入る。

「力むと痛いぞ?」
「そ、そんなこと、言われっ……ても……っ!」

 アレックスが喉の奥で笑いながら注意を促してくる。

 だがセシルがそれどころではないと首を振っても、アレックスは気にせず指を動かし始めてしまう。

「ぁ……んっ……や」

 そこは指を入れる場所ではない。もちろん抜くふりをして挿入する動きを繰り返す場所でもないし、上下や左右に動かしてかき混ぜていい場所でもない。

 指を挿入される違和感に必死に抗おうとするセシルだが、アレックスは遠慮なく後孔を蹂躙する。

 時折、指先でトントンと内壁を叩かれる。そのたびにセシルの腰にぞわぞわとした奇妙な感覚が走り抜ける。

「あ、あっ……あ、んっ……」
「ん、いい声だな」
「!」

 アレックスの感嘆を聞くと、自分が彼の指で感じていることに気付かされる。いつの間にか本数を増やされて秘部を広げられている。

(なにこれ……こんな……)

 頭ではおかしな状況だと分かっているのに、不意に気が抜けると彼の指の動きに合わせて腰が揺れてしまう。先の行為の準備をされていると理解しているのに、それを自然と受け入れようとする自分がいる。

「セシル。そろそろ、いいか?」

 ちゅぷん、と音を立てて指を引き抜かれると、スラックスの前を寛げたアレックスが背後にぴたりと寄り添った。その気配と密着感から自分の身に起こる状況を予測する。

「力、抜いておけよ」
「え……っ、まっ……て!」

 しかし確認の言葉はあっても実際には少しも待ってはくれない。高く掲げたお尻を再度割り開かれると、はくはくと開閉している秘所へアレックスの欲棒を突き入れられる。

「ふぁ、っああぁ――!」

 ズプ、と音がした直後、一気に奥まで挿入された。秘所は丁寧に慣らされていたが、だからといっていきなり貫かれるとは思ってもいなかった。あまりの衝撃に、セシルの身体がシーツの上で仰け反る。

「セシル……ッ、まだ力入れるなっ……少し抜け……!」
「む、むり……、無理です、っ……ん、ぁう」
「このまま、だと……浅い場所に出るッ」
「そんな、こと……!」

 背後のアレックスが焦ったように呻くが、そんなことを言われても困る。

 本来そこは他人を受け入れる場所ではない。もし受け入れるとしても、お互いの気持ちを確かめ合って、もっと丁寧に準備をして、ゆっくりと関係を深めるべきだ。その順序をすべて飛ばして急に受け入れるとなれば心も身体も緊張するし、驚きもする。

 けれどどこかでこの感覚と状況を受け入れている自分もいる。アレックスの依頼に従うための行為なのに、彼の言葉や温度や肌の感覚に不思議な甘さを感じ始めている。

「ふぁ……っああ、ぁ……っん」
「そうだ……! ゆっくり呼吸して、少しずつ……力を抜いていけ」
「ああ、あ……ぅ」

 尻を掲げた状態で上半身がベッドに崩れ落ちる。だが支えを得たことで身体が安定し、少し力が抜けると、それだけでアレックスへの負担が減るようだ。腰をとんとんと撫でられながら、ゆるやかな動きで抽挿を繰り返される。

「んぅ……ん、あっ……」
「いい子だ、セシル」

 アレックスがゆっくりと腰を動かしながらセシルを優しく褒めてくれる。

 これは子種を受け取るだけの行為。――そのはずなのに、後ろから貫かれる強さも、そこからじわりと広がる快感も、それに伴う声も止められない。セシルの気持ちとは違う方向にばかり、身体が反応する。

「ほら、擦ってやるっ……お前も、イけ」
「ああ、っぁ、ぁんっ……!」

 いつの間にか固く張り詰めていた陰茎を再び擦り上げられる。そんなアレックスの腰遣いも、だんだんと速く激しくなっていく。結合部からじゅぷ、ぐちゅ、ずちゅん、と激しく卑猥な音が溢れ出す。

「ぁあ、あっ……あれっく、す……さまぁ……っ」
「セシル……ほらッ、ちゃんと受け取れ……!」
「ふ、ぁ、あああぁっ……!」

 命令と同時に最奥へ勢いよく射精される。セシルの胎の中に、びゅびゅ、びゅるる、と大量の子種を吐き出される。その熱を感じ取った瞬間、震える陰棒を擦り上げられていたセシルも勢いよく果てた。

 熱い。お腹の奥が溶けそうなほどに、熱い。――気持ちいい。

 ほぼ同時に精を吐くと愛し合って果てたかのように錯覚するが、期待や幻想を抱いてはいけない。セシルとアレックスの行為は愛の営みではないのだ。

(そうだ……隠さ、なきゃ……)

 セシルが受け入れるのはあくまでアレックスの子種だけ。たまたまセシルが生まれ持ったこの特殊な魔法を使って、アレックスの子種を預かるために彼に『出して』もらっただけなのだ。

 疲労した身体と働かない頭を懸命に動かして、意識を集中させる。

 手で触れているわけではなく、すでに身体の中にあるものを体内の別の場所に移動させるという使い方は初めてだ。しかしこれまでの人生で幾度となくこの魔法を使ってきたセシルには、さほど難しいことではない。

 秘筒の奥に存在する〝秘密〟に魔力を込めると、下腹部からアレックスの精液の感覚が消えていく。自分でも正確には認識できない身体のどこかに、彼の子種が格納される。

「ア、アレックス様の子種は、確かに……お預かりしました」
「そうか」

 整わない呼吸のまま報告すると、アレックスが短く頷く。

「俺が子種を受け取りに行くまで、今の感覚を忘れるなよ、セシル」
「え? あ……は、い」

 セシルが曖昧に返答すると同時に、淡いブルーのシーツの上に二人の混ざり合った汗がぽたりと落ちる。その水滴がみるみるうちに濃い色の染みへ変わっていく。

 四つ這いになったまま色の変化をながめていたセシルは、落ちた汗の跡をデルフィニウムの花びらのようだ、と思った。

 初夏に咲く水色の小さな花は、さわやかで清廉な印象がありアレックスのアイスブルーの瞳とよく似ている。

 そのアレックスから直接精を注がれたせいか、シーツに咲いた青い染みの上に身体を沈めると、まるで花の褥に横たわっているような気分になる。

 けれど彼色の花が咲いた場所は、本当はシーツの上ではない。セシルは爽やかな青い花が自分の胸の奥に芽吹いたことを、ぼんやりと自覚し始めていた。



   * * *



 未熟で淡い感情を抱き始めたセシルだったが、それから一週間と経たないうちに自分の浅はかな考えを思い知ることになる。

 アレックスから子種を預かった日を境に、これまでほぼ毎日のようにセシルの元へやって来ていたアレックスがぱたりと姿を見せなくなった。

 何処にいても目聡くセシルを発見しては読書の邪魔をしたいのかと思うほど執拗に構われていたのに、アレックスはセシルと会話をするどころか、近付いてくることさえなくなった。

 急に態度が変わったことを不思議に思って、自分からアレックスに声をかけようともした。

 だが彼と目が合った瞬間、不自然に視線を逸らされた。確かにセシルの存在に気付いたはずなのに、フッと視線を外されてしまった。さらにこちらに向かって歩いてきていたのに、急に方向を変えてセシルから離れるように立ち去ってしまったこともある。その態度は周りに人がいようといまいと変わらない。

(僕は、何を期待していたんだ)

 ベッドの中で何度も寝返りを打ちながら、はあ、と大きな息を吐く。じわりと滲みそうになる涙を懸命に抑える。

(まさかアレックス殿下と友達になれるとでも思った? 深い関係に……特別になれると思った?)

 そんなわけない。薄々勘づいていた。

 なぜならアレックスはこの一年間、誰かの目がある状態でセシルに話しかけてきたことは一度もなかった。必ずセシルが一人の時しか近付いて来なかったし、周りに友人や護衛の騎士がいるときは声すらかけられなかった。その事実に、後になって気がついた。

 セシルが『自分から周りと関わらないようにしている』と言ったら、アレックスは『自分も同じだ』と言っていた。

 けれどそれはきっとアレックスの嘘か、ただの慰めだった。周囲に対して態度が冷たいのは以前と変わらないようだが、それでも他人を無視するようなことはしない。彼が他人と関わらないようにしているはずがないのは、普段の様子からも一目瞭然だったのに。

 浮かれて舞い上がっていた自分は、本当にばかだ。

(でもこれ……この子種、どうしよう)

 しかし存在を無視するつもりなら、アレックスはどうしてセシルに子種を預けたのだろう。一時の戯れで、最初から離れるつもりだったのなら、わざわざ繋がりを残すような選択をしなければよかったのに。

 本当は魔法を解いて、身体から子種を出して捨ててしまってもいい。王族であるアレックスの子種を捨てるなど許されない行為かもしれないが、法の書には罪になるという記載がないし、捨てたところで誰に知られることもない。なにせ依頼してきたアレックス本人が、セシルを無視するのだから。

(でも……もしいつか、本当に返して欲しいと言われたら……)

 けれどまだ鮮明に残っている。五感がすべてを記憶している。

 淡いブルーの柔らかなベッド。身体を撫でる熱い指先。アレックスから感じた汗と香水が混ざったような甘い香り。セシルの名前を呼ぶ真剣な視線。組み敷いたセシルの中に吐精して腰を震わせたあとの恍惚の表情。身体の中に直接注がれた濃い精蜜。

 そして『俺が子種を受け取りに行くまで、この感覚を忘れるな』と告げたときの優しい声。――秘密の約束。

 ただの戯れなら、刻み付けないでほしかった。突き落とすぐらいなら、声なんてかけてこないでほしかった。セシルが最も恐れていた『関わった人が離れていく』という辛さを与えられるぐらいなら。

 アレックスとの約束を守り続ける必要はない。自分を傷つけてきた相手に与えられたものを、後生大事に守り続ける必要なんてない。わかっているのに。

 セシルは今もまだ、自分の身体の中にある〝秘密〟を捨てきれずにいる。

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