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4. デルフィニウムの褥 前編 ◆

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『セシル。お前の魔法を使って、俺の子種を預かって欲しい』

 最初に相談されたときは、目玉がこぼれ落ちそうなほど仰天した。一体何を言い出すのかと思った。だがアレックスにもただならぬ事情があるらしい。

 王位継承権をもつ唯一の王子アレックスが『保険』というぐらいだ。確かに彼の身に何かが起こって万が一子を成せなくなっても、己の身体とは別の場所に種さえ温存しておけば、世継ぎを残すことが可能になる。セシルの魔法を用いれば、王家の血を絶やすという危機的状況を免れることも可能になるだろう。

 きっとアレックスは、何か特別な事情を抱えている。多くは語られなかったが、セシルはアレックスの視線と表情から『保険』の意味をそう読み取った。

「……わかりました」

 未来の為政者であるアレックスには国を統べる責任と義務がある。己の責務をまっとうしようと、学園生のうちから後世のことまで案じている。その懸命な姿に、セシルの心は突き動かされた。

「セシル?」
「アレックス様のご意向に従います。子種をお預かりする件、謹んでお受けいたします」

 セシルが首を縦に振ったのはアレックスと出会ってから一年後、最初に子種を預かって欲しいと提案を受けてから半年後。互いに十八歳を過ぎ、王立貴族学園の卒業を三か月後に控えた頃だった。

 半年もの長い時間をかけて、セシルを口説き続けてきたからだろう。了承の意思を確認したアレックスが、ほっと安心したように表情を緩めた。

「そうか、助かる」

 王族の命令という形にすればセシルも拒否は出来ないし、アレックスの希望ももっと早く叶ったはずだ。

 それにもかかわらず『負担をかけたくはない』『無理強いするつもりはない』と宣言して、セシルが自ら受け入れるのを待ってくれた。

 氷のように冷たく高慢という印象が強いアレックスだが、本当の彼は思慮深く優しい人だ。アレックスが見た目ほど、そして周りに言われているほど冷たい人ではないことは、この一年でセシルも理解していた。

 彼にはきっと、為政者としての強い素質が備わっている。彼が次代の王となれば、国には今後も安寧と平和の日々が続いていくだろう――と、いち臣民として期待する。

(まあ、アレックス様が国王陛下になる姿は、遠くから眺めることしか出来ないけど……)

 残念ながらダーウィス男爵家が爵位を返上し、貴族の身分から平民の身分になることはすでに決定している。その話はアレックスにも事前に報告しているが、それでも子種を預かってほしいという彼の考えは変わらなかった。

 アレックスがただの平民を頼ることを厭わないというのなら、セシルも何も言うつもりはない。

「では瓶を用意してまいりますので、少々お待ちを……」
「……瓶だと?」

 しかしいざ要望を受け入れる準備をしようと立ち上がると、それまで穏やかだったアレックスの声音が低いものへ変わった。ふと振り返ると、アレックスが驚きと不機嫌を混ぜ合わせたような表情でセシルをじっと見つめている。

「? 子種を入れるための器が必要ですので」
「そんなものはいらない。直接注ぐ」

 詳細を説明しようとしたが、アレックスに言われなくてもわかっているとばかりに話を遮られた。

 だがその台詞にはセシルの方が困惑してしまう。

「えっと……直接、とは……?」
「お前の中に出す」

 聞き間違いかと思って訊ね直すが、やはり同じ意味の言葉が返ってくる。セシルの謎がさらに深まる。

「え、と……。アレックス様、そういったご趣味が……?」

 世の中には男性同士あるいは女性同士で恋愛をする者や、身体の関係を持つ者がいる。その恋愛観を禁忌とする風潮もない。

 しかしどんなに魔法の研究が進んでも、同性間で子を成す技術は未だ確立されていない。そのため、一般的に同性間の恋愛や肉体関係は、性的趣向の範疇だと捉えられることが多い。

 セシルに偏見はないが、かといって自分がその趣向を受け入れるかどうかは別の問題だ。

「馬鹿を言うな。あくまで子種を温存するための手段にすぎない」

 だがセシルの驚きと心配をよそに、アレックスは怒ったような表情と口調できっぱりと言い切る。

「瓶に入れる過程で空気に触れるよりは、直接お前の身体に預けた方がいいだろう」
「い、いえ……そこまで厳密でなくとも……」
「だからそのまま中に注ぐ。いいからさっさと来い」

 さらに語気を強めたアレックスがその場にがばっと立ち上がる。セシルが驚いて困惑しているうちに腕を引っ張られ、そのままブックサロンから強引に連れ出されてしまった。

「わっ……わ!」

 サロンがある娯楽棟の隣は学園寮だ。レンガ造りのアーチを通って中庭を抜けると、入ってすぐの場所で男子寮・女子寮・特別寮へと分岐している。

 セシルはいつもここを右に曲がって男子寮へ帰るが、不機嫌なアレックスが向かうのは、当然のように中央にある特別寮だった。

「えっ、え……ちょ、!」

 制止する間もなく特別寮の入り口を通過し、さらに広いエントランスと長い廊下を真っ直ぐ突き進む。そうして辿り着いた場所にあった、やけに豪華な扉をぐっと押し開く。

 セシルとて馬鹿ではない。この立派な部屋がアレックスが普段使っている特別寮の私室で、その奥にあるのが彼の寝室であることは容易に予想できた。

 しかし予想は出来ても止められはしない。あっという間に天蓋付きの大きなベッドの中へ連れ込まれ、受け身もまともに取れないままシーツの上に押し倒されてしまう。

「わっ! え、ちょ……っ! アレックス様!?」

 喉の奥から情けない声が出る。それを誤魔化すために、そしてアレックスに落ち着いてもらうために、必死に制止の言葉を探す。

「安心しろ、呼ばなければ誰も来ない」
「それ全然安心できないです……っ」

 ベッドに上がってきたアレックスがセシルの身体の上へ跨る 。その身体をどうにか押し返そうと、厚い胸板に手をついて力を込める。

 だが結局は、それも無駄な抵抗だった。

「……セシル」
「っ……」

 じっと見つめられて静かな声で名前を呼ばれると、なぜか言葉に詰まってしまう。真剣な表情と何かを訴えるような声音に、抵抗する気持ちを削がれていく。

 全身から力が抜けると、見た目よりもふかふかのベッドに身体が静かに沈んでいく。

 淡いブルーのシーツはまるでアレックスの瞳のようだ。それにわずかだが、甘い花のような香りがする。

 その色と匂いに満たされて上から体重をかけられると、アレックス自身に包まれているように錯覚する。これまで友人も恋人も作れず、ひとりぼっちの学園生活を送ってきたセシルの寂しさを慰められているように思ってしまう。

 しかしアレックスの真剣な表情と美しい造形にぼんやり見惚れていたセシルは、またも予期せぬ衝撃に襲われた。

「……勃ってるな」
「っ……!?」

 アレックスが突然、手を伸ばしてセシルの下半身へ触れてきた。もちろんスラックス越しではあるが、敏感な場所に指先が触れた感覚でびくっと身体が跳ね上がる。

 するとその挙動に気付いたアレックスが口角をあげて、今度は明確に股の間に触れてきた。

「ほら、触ってやるから力抜け」
「な、何をおっしゃって……! アレックス様、まって……!」

 ふ、と微笑むと同時に、反応し始めている股の間を撫でられる。とはいえ強い力を込められているわけではなく、まるでセシルの官能と欲を焚きつけるように優しく丁寧に擦られる。

 どうやらセシルは性への興味や関心が普通より乏しく、同年代の男性よりも性欲が薄い性分らしい。精通こそしているものの、夢精もしないし自慰もほとんど行わないが、それで精神や身体が不調になることもない。

 だからアレックスが性感帯に触れたところで、それほど過剰に反応することはない。――と、思っていたのに。

「ふぁ、ぁっ……ん……! ん……!?」

 鼻から抜けるような自分の声に驚き、慌てて口を手で塞ぐ。だがどれほど懸命に唇を押さえても、すでに外に漏れ出てしまった声を元に戻すことはできない。

 自分の反応が認められず、顔を横に背けたまま動けなくなる。まさか男性に触れられて感じてしまうとは思ってもいなかったので、どんな表情をしてアレックスの顔を見ていいのかわからない。恥ずかしすぎて顔が熱い。

「おい、セシル。こっち向け」

 そんなセシルの反応が面白くなかったのか、アレックスの声のトーンが少しだけ落ちる。

 それでも彼に向き直ることが出来ず固まっていると、アレックスがセシルのベルトを外してスラックスを緩め、さらに下着の中へ手を忍ばせてきた。

「えっ!? やっ……!」

 驚いたセシルはアレックスの手首を掴んで退かせようとした。だが体格と力の差ゆえか、彼の手はびくとも動かない。

「へぇ? 華奢に見えるが、意外と立派だな」
「ちょ、汚いですからっ……アレックス様!」
「別に汚くはない」

 いつの間にか半勃ちになっていたものを直接握られて、完全に勃たせるようにゆるゆると擦り上げられる。

「っ……ぅ、ん」

 その刺激に声が出そうになると、アレックスが喉で笑いながらじっと表情を観察してくる。そんな彼の視線に、セシルの全身が一気に燃焼する。

 普段、他人はおろか自分で慰めることさえしていない。そのせいかゆるい刺激にはほとんど反応しないのに、逆に強めの刺激を受けるとみるみるうちに固く張りつめてしまう。

「や、ぁっ……ぅ」

 アレックスはセシルの動揺を気にせず、さらに強く激しく陰茎を扱いていく。先端から先走りの蜜が溢れ出す。それがアレックスの手を濡らしているらしく、彼の手が速く動くたびに摩擦がさらに強い刺激になる。少しずつ、熱が快感へ変わっていく。

「ひぁ、あっ……だめ、だめです……っ」

 慣れない刺激と快楽に、セシルの目の前が真っ白になる。腰ががくがくと震えて、強い射精感に支配される。

「アレックスさま……お手を、離し……っ」
「ん?」
「だめ、っ、あ、ああぁ――ッ……!」

 彼の手から逃れようと身体をくねらせる。しかしアレックスの手が離れる前に、セシルの陰茎の先端から白濁液が勢い良く溢れて飛び散った。

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