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◆ 番外編・後日談
【番外編】泡もこ夫婦のバスタイム 前編 ◆
しおりを挟む★ いい風呂の日(11/26)SSです。Rシーンを含みますので、苦手な方はご注意ください。
「将斗さん、お風呂沸きましたよー」
脱衣場から顔を出した七海がリビングに向かって声をかけると、ほどなくして扉の向こうから将斗もひょいと顔を出す。
その後どれどれ、と口にしながらこちらにやってくる将斗が気にしているのは、たった今沸いたばかりのお風呂の様子だ。
「おお、すごい泡だな」
「循環風呂でも使えるみたいですが、配管に入浴剤が残らないようにシャワーで泡立ててみました」
七海の説明を聞きながら湯船の中を確認した将斗が、興味深げにふむふむと頷く。どうやら将斗は初体験らしい。――この〝泡風呂〟というものを。
なぜ急に泡風呂なのかというと、実はこの泡風呂入浴剤、将斗の母親である凛子が海外旅行先で購入してきたお土産品なのだ。しかも現地の有名コスメブランドが地域限定で発売した商品のため、日本では手に入らないものらしい。手渡されるときに『あとで感想教えてね』とお願いされたので、できるだけ早めに使用して凛子に感想を伝えるべきだろう。
ということで、今日は珍しく泡風呂に入ることとなった支倉家である。
「追い炊き機能使えるんでしょうか? あとで私が入るときに温め直しても大丈夫か、調べてみますね」
「ん? 『あとで』?」
「……え?」
まずは将斗に入浴してもらい、七海は後から入ろうと思っていた。
時間が経つと泡は多少消えてしまうかもしれないが、将斗はそこまで長湯派ではない。ならば彼があがった直後に入浴すれば香りもまだそれほど飛んでいないだろうし、泡のきめや固さもそれなりに把握できるだろう、と考えていたのだ。
しかし将斗の入浴が終わるまでに給湯器の説明書を読んでおこうと脱衣場を出ようとした瞬間、将斗の手がガッとドアの縁を掴み、入り口を封鎖するようにあっさり進路を遮られた。
さらに反対側の腕が腰に回ってきて、にっこりといい笑顔を向けられたので、嫌でも彼が考えていることを察してしまう。
「七海ー?」
「ちょ、やだやだ将斗さん! 無理です!」
腰に回った手に逃亡を阻止される。要望のすべてを口にされなくてもわかってしまう。――将斗は『はじめての泡風呂』に、妻の七海と一緒に入りたい、と仰せなのだ。
おそらく初の泡風呂にテンションが上がっているのだろう。表情はすごく嬉しそうで、とても楽しそうで、これ以上なくわくわくしている。……小学生かもしれない。
「なに今さら照れてんだよ。お互いもう全部見てるだろ。全部」
「どうして二回言うんですか!?」
普段耳にしてもなんとも思わないたったの二文字に、深い意味と含みをこれでもかと盛り込まれる。
ちなみに全部と言っても、七海は将斗の腰からお尻のラインは一度も見たことない。とはいえ別にまじまじ見たいとも思っていないのだが。
「ほら。観念して、七海も服脱ごうな~?」
「う、うー……」
がっちりと捕獲されて七海のブラウスを脱がそうとボタンに手をかけるので、つい不満げな声を出してしまう。
ワイルドで大雑把な性格の反面、思い立ったときの行動力と、柔和で紳士的な姿勢と、笑顔で人の逃げ道を塞いでくるところは、なかなかの策略家だと思う。きっと将斗は隠れSだ。
「あの、あの……! 先にお風呂頂くことになって申し訳ないのですが、五分だけ待って頂けませんか!」
「ん?」
長年秘書として将斗に付き従ってきた七海は、染みついた習慣ゆえに将斗の決定を止められない。ただ行動自体は止められないが、遅らせることはできる。
「身体とか髪を洗うところ見られるの……恥ずかしいです……」
「なんだその可愛い理由」
一緒にお風呂に入るにしても、せめて洗髪と洗身だけは済ませてからにしてほしい。そう願い出ると、将斗からふはっと吹き出されてしまった。しかしこの折衷案には一応承諾してくれる気になったらしい。
「仕方ねーな。五分だけだぞ」
「!」
そう言って身体を解放すると、七海を中に残して脱衣場の扉を閉めてくれる。が、将斗は扉か壁に寄りかかって五分のタイムリミットを待つことにしたらしく、すぐに「いーち」「にー」「さーん」と七海に聞こえる音量で数を数え出す声が聞こえる。
羞恥のカウントアップがすでに始まっていると知った七海は、小学生じゃないんですから! と叫ぶ時間すら惜しい。
慌てて服と下着を脱いで浴室に駆け込むと、メイク落としで化粧を落とし、シャンプーののちトリートメントを馴染ませながらボディーソープで身体を洗い、トリートメントを洗い流して、最後に洗顔を済ませる。
洗顔料を泡立てている最中に脱衣場の扉が開く音がしたが、将斗のカウントの声は続いていたので、五分のタイムリミットは『脱衣場に突入するタイミング』ではなく『浴室に乗り込むタイミング』なのだと気づく。
内心『待って待って待って!』と叫びながらどうにか洗顔を終えた七海は、浴室の扉が開くコンマ五秒前に、もこもこ泡で満たされた湯船の中に勢いよく飛び込んだ。
(つ、疲れた……! 身体と顔と髪洗うだけなのに……!)
そんなこんなで怒涛の五分間を乗り切った七海は現在、将斗が洗髪する姿を直視しないようできるだけ顔を背け、きめ細かい花の香りの泡の中に埋まった状態でぐったりしているところである。一日の疲れを洗い流してリラックスするバスタイムのはずなのに、全然ゆっくりできない。
(それにしても将斗さん、全然恥じらわないな……)
すぐ隣でシャンプーの泡を洗い流している将斗の姿をちらりと見遣って、そんなことを考える。否、ここで女々しく恥じらわれてもびっくりするけれど、下半身を一切隠さない堂々とした夫の姿に、変に緊張してしまう。確かに将斗の言うように互いの身体は知っているが、なんとなく直視はできない。
「七海、俺のスペースあけろ」
「あ、はい。ごめんなさい」
そうこうしているうちに将斗も髪と顔と身体を洗い終えたらしい。湯船の中央にいた七海は、律儀に返事してしまったあとで自分の前側と背中側どちらを空けるべきかと一瞬だけ迷う。
だが将斗が七海の前の空間に片足を入れてきたので、彼の身体……とくに股の間を眼前で直視しないように、顔を背けて一気に後ろに下がった。
向かい合わせなので、将斗が伸ばした脚はお尻のすぐ隣にある。だが身体の距離は離れているし、湯面には泡がたくさん浮いているので、湯に浸かってしまえば互いの身体は見えないし見られない。
ふー……と息を吐いてリラックスする将斗の顔をようやく見つめた七海は、『これなら一緒に入るのも悪くないかも』と思い直した。
「しかしすごい泡だな。シャワーの水圧だけでこんなに増えるものなのか」
「時間経つとぺしょぺしょになっちゃいますけどね」
羞恥心が薄れたせいか、少し気が楽になった。右腕を浴槽の縁について水滴が落ちてくる前髪をかき上げる将斗に、そっと笑みを浮かべる。
それにしてもさすが有名コスメブランドの新製品。人気のスキンケアラインに合わせた入浴剤は、泡に触れた肌はつるつるでつやつやになるし、触れたときの香りも華やかだ。シャワーの水圧で作る泡にしては質感も固めである。
「うさぎ」
将斗も泡が固めできめが細かいので、工夫次第で色んな形が作れると気づいたのだろう。凛子に感想を伝えるために入浴剤の使用感について考えていると、俯く七海の視界に白い泡のうさぎが乱入してきた。
「じょ、上手ですね……!?」
どうやら将斗が手で形を整えて作ったらしい。陶器の置物のような白いうさぎを見せられ、つい驚きの声を発してしまう。
しかし普段は大雑把な性格の将斗が、泡だけでこんなに上手に動物の形を作れるとは驚きだ。ふふん、と鼻を鳴らされた七海は、本来さほど器用ではない将斗に負けてなるものか、と謎の闘争心に火がついた。
「あひるさん」
「……どこが?」
しかしやってみると案外難しい。お風呂おもちゃといえば誰もが一度は思い浮かべるであろう黄色いアヒルのおもちゃを想定して泡で形を作ってみたが、どうにも上手く形にならない。
将斗が「これのどこが?」と首を傾げるので最初はむむっとしたが、「アヒルはこうだろ」「リアルですね」「猫もできる」「可愛い!」と無邪気な会話をしているうちに、すっかりと夢中になってしまった。
「七海、頬に泡ついてる」
「え……?」
正面から将斗の手が伸びてきて、頬についた泡をぐいっと指先で拭われる。だが親指が泡を払っても、彼の手そのものは七海の頬から退けられない。
ふ、と会話が途切れる。将斗に作ってもらった泡の子犬を手にのせたまま、じっと見つめ合う。
シャワーヘッドからにじみ出ていた水滴が重力に従ってホースを伝い、乾燥しやすく手入れが楽であることを売りにしたタイルにぴちょん、と落ちる。
その音が浴室内に響く前に、七海は将斗に唇を奪われていた。
「ん……まさ……ぁ」
「七海……」
互いの日々の疲れを労わって癒すような優しいキスが、少しずつ深度を増していく。唇を食み合うように角度を変えて、何度も、何度も口づけ合う。
「はぁ、は……ぁ」
「ん。えろ……」
手のひらにのせていた子犬はいつの間にか泡の一部に戻って、お湯の中に溶け込んでいた。その代わり空いた手を将斗の胸板に添え、これ以上はだめ、と彼の行動を無意識に阻止する。もちろん、本当に嫌なわけではないけれど。
「だめです、もう出ます……」
「のぼせたか?」
将斗の問いかけに曖昧に頷く。厳密にいうと具合が悪くなったわけではないのだが、このまま裸で抱き合って口づけ合っていると間違いなくのぼせてしまうと想像はつく。
ならば今のうちにお湯から出てしまいたい――将斗から逃げておきたいと思ったが、彼はやはり七海の思考も行動も体調も、怖いぐらい完璧に把握している。
「ならここ座ってろ」
「や、や……っ!」
そう言って七海の身体をひょいっと抱き上げた将斗が、浴槽の端の広い部分に七海を座らせ、身体を冷ますよう提案してくる。
本来ここは入浴グッズを置いたりインテリアを飾ったり、足を伸ばしてゆったり入浴するときに頭を乗せたりするスペースだ。しかし平らになったこの部分は一般的な浴室よりもかなり幅が広いため、真ん中に座れば身体はしっかり安定するので『狭い』『危ない』『落ち着けない』という言い訳はすべて覆されてしまう。
さすが支倉建設社長の将斗がこだわって作った浴室だ。絶対にそんなはずはないとわかっているが、もしやこの状況を想定して最初から広めに設計していたのではないかと思ってしまう。
「み、見えちゃうじゃないですか……!」
「ん?」
だが七海には広さや安定性とは別の問題はある。湯船に浸かる将斗の正面に位置するこの場所に座ると、彼の目からは七海の裸体が丸見えなってしまうのだ。
「ああ、恥ずかしいなら……ほら」
どうにか言い逃れて浴室から出ようとしたが、将斗は楽しそうに口角を上げるだけ。彼は湯に浮かんでいるまだ形がしっかりした泡を自身の手で掬うと、それを七海の胸へふわりと塗りつけてきた。
一瞬だけ、湯船の中で膝立ちになった将斗と見つめ合う。だが恥ずかしい場所は泡で隠しとけ、と無言のまま提案されたことに気づくと、羞恥のあまり叫び出しそうになる。
(なんでこんな恥ずかしいこと思いつくんですか……!?)
驚きすぎたせいか抗議の言葉も音にならない。顔に熱が集中して、頬が急に火照ってくる。
それでもどうにか文句を言おうとしたが、将斗にクイッと顎を持ち上げられて再びキスされるほうが一瞬だけ早かった。
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