魔法使いと眠れるオメガ

むー

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同居:30日目 12/21(火)

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今日が約束の1ヶ月。
婚約者としての同居の最終日だ。
日付が変わったら解消される。

朝6時。
今日もアラームなしで目を覚ました。


❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎

今年の講義も今日で終わり、明日から約2週間の冬季休暇だ。
講義が終わると、手早く荷物をバックに詰めてダッシュで帰った。
はるか後方で愛奈の声がするが振り返らなかった。


今日のバイトは遼平に代わってもらった。
午後4時に駅前で待ち合わせは10分前に着いた。

「お待たせ。待たせちゃった?」
「いえ、俺もちょっと前に着いたばかりです」

いつも通りに笑ってみたが、珍しく緊張して笑顔が引き攣った。
今日は真琴さんも少し早めに仕事を上がってきてくれた。

「あのっ。今日は俺のために早く上がってくれてありがとうございます」
「ふふっ、僕のためでもあるから大丈夫だよ。じゃあ、行こうか」
「はい」

向かった先はスーパーだ。
そこで、今日の晩御飯のメニューに足りない材料を買い足した。

「でも、ナポリタンで本当に良かったの?」
「初心者の俺でも作れそうなのこれしか思いつかなくって…」
「ふふ、紫陽くんなら大丈夫だよ」

帰り道、そっと伸ばした手は振り払われることはなく、寧ろ握り返してくれた。


❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎

久しぶりに握った包丁は意外に重く感じた。
イメトレは散々やったのに、現実は散々だった。
アルファならある程度器用にこなせると思ったんだけどな。

真琴さんの指導の元、作ったナポリタンは出来上がるまでに2時間も時間を要した。
どこにそこまで時間が掛かったのかは謎だ。

サラダとインスタントのスープを添えて晩ご飯を食べる。

「うん、美味しく出来てるよ」
「いや、ちょっとしょっぱいです。あとパスタが柔らかすぎました。ほら、切れた」

パスタは茹ですぎてフニャフニャだ。

「初めてでここまで出来たら十分だよ」
「もっと美味しくしたかったのに…」

ガッツリ凹んで俯く俺の頭を真琴さんはポンポンしてくれた。

「ふふっ、僕ね、誰かにご飯作ってもらったの久しぶりなんだ……。だから、すごく嬉しいし、本当に美味しいよ」
「真琴さん、優しすぎ」

思わず拗ねる俺に真琴さんは微笑んで、今度は頭を撫でてくれた。

「これなら真琴さんのナポリタンが良かったな」
「………」

真琴さんは「また作るよ」とは言ってくれなかった。


お風呂に入ったしもう寝るだけなのに眠れる気がしなくて、なんとなしにリビングダイニングに行くとクッションを抱えソファーに座る真琴さんが目に入った。

「まだ寝ないんですか」

もう23時を過ぎてる。
俺は明日から休みだからいいけど、真琴さんは仕事があるはずだ。

「何となく、部屋にいたくなくて…」

俯く真琴さんに近づくと静かに隣に座った。

「俺もです」

ちょんと肩が触れると俺の心臓は少し跳ねた。

「僕ね……あの時嫉妬したんだ……」
「あの時?」
「この前のマンションの前での…」
「あ……」

あーマナミとのことか。

「見た目もフェロモンもすごく魅力的で……僕もあの子と同じオメガなのに……フェロモン出ないし…見た目もオメガらしくないから……」
「………」
「羨ましさと同時に嫉妬したんだ…」

そう言いクッションに顔を埋める様子は泣いてるように見えた。
少しだけ触れていた肩を押すように身体を寄せる。

「真琴さんの匂い俺好きですよ。それがフェロモンかどうかは分からないけど、いつも甘くて優しい匂いがします」

俺は恥ずかしいから真琴さんを見れず前を見て話すと、俺の腕に熱が当たった。

「ふふっ、ありがとう」
「いえ、ホントのことですから」

真琴さんは俺に寄りかかりながら何度か深呼吸をした。

「紫陽くんにひとつ嘘をついていたことがあるんだ」

口調が変わったことに驚き真琴さんを見るが、俯いていてその表情は見えない。

「君が初めての相手だと言ったけど、本当は初めてじゃない……僕は……10年も前に処女じゃなくなった」
「っ!」
「……相手は中学の時の先生だった。担任ではなかったけど、オメガの僕をとても気にかけてくれた人だった。……僕はその人とセックスをして妊娠した」
「………」
「妊娠が判ったのは流産したことが判った時だった。……それから僕はフェロモンが出なくなって発情期も来なくなった」

真琴さんの告白は頭を殴られたような衝撃で言葉が出なかった。
嘘をつかれたことじゃなくて……。
自分でもよく分からない感情にスッと胃が冷えた気がした。
口の中がカラカラだが、何とか声を出す。

「じゃ…じゃあ、その人が真琴さんの前に現れたら」
「現れないよ。でも……もし、あの人が目の前に現れても、僕は発情しないよ……絶対」
「………」
「最初の時に言ったことは本当だよ。僕はもう発情することはない。たとえ、運命の番が現れても」

まっすぐ前を見てはっきり言う真琴さんの顔はとても寂しそうだ。

「紫陽くんとの1ヶ月、色々あったけどとても楽しかった。僕にはもう手に入らない未来を……夢を見られたから」

真琴さんの夢。
それはきっと普通のオメガなら実現できる夢。

「まーー」
「紫陽くん、巻き込んでごめんね……でも、ありーー」

真琴さんの言葉を塞ぐように抱きしめる。

「これで最後みたいなこと言わないでください。俺は……俺は……」

俺は…?
俺は何を言おうとしてる?
戸惑う俺の肩に押し付けるように真琴さんの頭が当たった。

「紫陽くん……もう少し………もう少しだけこのままでいていい?」

クッションを手放して俺にしがみつく真琴さんのお願いに、俺は腕にギュッと力を込めて答える。
サラリと襟足の髪をかき分け、項を撫でるとそこにあった俺が付けた噛み跡は綺麗に消えていた。
まだ残っていたら、もっと一緒にいられたのかな。
真琴さんの耳元に口を寄せて囁く。

「12時で約束の1ヶ月が終わります。12時が過ぎたら……俺はあなたを抱きたい……嫌なら今のうちに逃げてください」

約束の1ヶ月はあと30分で終わる。
ここで逃げられたら。

その時は、俺が真琴さんを追いかければいい。
知り合うところから始めて、またこの人の隣に立つ。
そのくらい俺は真琴さんのことが。

「逃げ…る、なんて」
「真琴さん…?」

少しだけ距離を取り俺を見上げる目は少し潤んでいて、頬は赤くなっていた。

「でき、ないの…分かってるくせに……ずるいよ……」

真琴さんは小さく震える腕を俺の背中に回して、しかがみつくようにシャツを握った。
俺はちょっとの隙間も埋めるように更にキツく抱きしめた。

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