魔法使いと眠れるオメガ

むー

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同居:11日目 12/2(木)

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俺のバイト先のカフェでは、先週から期間限定のスイーツが販売が開始された。

クリスマスに因んでブッシュ・ド・ノエルなのだが、これがなかなかの人気で飛ぶように売れる。
このカフェでは毎年恒例のケーキだから、購入者の殆どがリピーターだ。
小ぶりなサイズのロールケーキは、甘さ控えめのココアスポンジにこだわりのチョコレートホイップ、真ん中に小さめにカットされた3種のベリーが詰まっていて、絶妙なハーモニーを醸し出す。
販売開始前に試食したのだが、去年もすごく美味しかったが今年は今年でこれまたすごく美味しかった。
これがカフェで出しているとは俄かに信じがたい。
毎年毎年、前年を超える味と質のケーキをカフェのために開発した奴って絶対変態だ、って今年も思った。
まあ、これなら少食の真琴さんでもペロリと食べてくれそうだから、先日のケーキのお礼に買って帰ろうと火曜日のバイト向かってる途中で思いついたのだが、火水はカフェについた時には既に売り切れていて買えず、木曜日になった。

「いち、にー、さん……あと5個か…」

木曜日は平日の中では一番客が少ない。
だが、このケーキだけは先週19時頃に完売した。
ちなみにそれ以外の平日はもっと早い段階で売り切れていると店長が言ってたな。
他にも美味しいケーキは世の中に沢山あるのに、期間限定とクリスマスという付加価値がついただけでこのケーキを俺は買うことがまだできていない。
18時の段階で残り5個のこのケーキも、この調子でいけばあと1時間も待たずに完売するだろう。
シフトが入っていない日に買いにいくことも考えたが、お礼のお礼のお礼にここまでするのは流石にやりすぎだと思って実行に移すことはできない。
大体、お礼のお礼については俺は頼んでない。
でも、あの人が「美味しい」と嬉しそうに食べてくれるものは今のところこれしか思いつかない。
店長に交渉するか。
客が途切れたことをいいことにカウンター奥にしゃがんでガラスケースのケーキと睨めっこをしていると、カランと扉が開く音がした。

「いらっしゃいませー」と遼平が声を掛けるがテイクアウトの客っぽい。
まあいいかとガラスケース越しに来店した客を見て飛び上がった。

「真琴さん⁈」
「えっ、あっ、紫陽くん?」


❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎

来店した真琴さんを、奥のテーブル席に案内する。

「紫陽くんの職場、此処だったんだ」
「真琴さんの職場もこの辺?」
「ああ、うん、この近くのビル。ここのコーヒー美味しいから、よく朝にテイクアウトしてるんだ。毎回Sサイズなんだけど…」
「いつもご利用頂きありがとうございます」

ウェイターらしく挨拶すると、ふふっと笑われた。
そこに水とおしぼりとメニューを遼平が持ってきた。
そのタイミングでカランと来店を告げる音がしたため、遼平はそれらを俺にパスして「あとよろしくお願いします」と去っていった。

「さっき朝利用してるって言ってましたけど、今日はどうしたんですか?」
「うん、会社の女の子が今年もここの限定ケーキの販売始まってるの教えてくれて……。折角なら紫陽くんと一緒に食べたいな……って思ってその子達に訊いたら、仕事の後に買うなら木曜日が穴場だって教えてもらったんだ」

真琴さんが俺のために仕事の後、態々ここに寄ってくれたのか。
それに、一緒に食べたいなって、なんかちょっと感動なんですけど。

「折角だから今食べていってください」
「でもそれじゃあ」
「テイクアウトよりここで食べた方が何百倍も美味しいですよ。プレートも可愛いし。あ、あと俺、一応試食でこのケーキ食べましたから大丈夫ですよ」

試食したのは今日ではないが、こう言っておけばたぶん真琴さんが俺に気を使うことはないだろう。

「じゃ、じゃあ、そうしようかな」
「飲み物決まったら呼んでください」

ケーキを確保するために一旦カウンターに戻った。
ほんの少し真琴さんと話している間にもう1組客が来店したからだ。
さっきは女子2人組で今度は3人組だ。
女子といえば"スイーツ"。
そして、女子の好きな言葉は"限定"。
この店でその二つが組み合わせたものといったら"限定ケーキ"。
カウンターに戻ると先に来た2人組のオーダーが既に済んでいて、限定ケーキが2つが入っていた。

「遼平。限定ケーキ(注文)一個入るから、今来た客のオーダー取るとき気を付けろよ」
「えっ、あー了解っす」

遼平がオーダーを取りに3人組のところに行くと程なくして「えー」と不満げな声が上がった。

「真琴さん、飲み物決まりました?限定ケーキなら、コーヒーもいいですけどアッサムやキームン辺りの紅茶が合いますよ」
「えっ、あ、うん…あの、大丈夫なの?」

それほど広いわけではない店内で3人組の声はよく響いた。
まあ、察するよね。

「大丈夫です。あ、俺としてはキームンお勧めです」
「僕、また今度でいいからーー」
「ダメです。先に来店したのは真琴さんです。真琴さんの注文が最優先です」

ピシャリと言うと、まん丸にして俺を見ていた目がすぐに目尻が下がり細くなった。

「ふふっ、じゃあ、キームンをお願いします」
「畏まりました。ミルクもつけますね」

俺はカウンターに戻った。


「先輩、さっきの人ベータですか?」

店内が落ち着くと遼平が隣に寄ってきて声を掛けてきた。

「いや、一応オメガ。あと、あの人は友達」
「へぇー、先輩のお相手にしては珍しいタイプだなって思ったんですが、やっぱりそういう関係のフレンドじゃなかったんですね。なんかオメガには見えない"普通"な感じの人っすね」

真琴さんは、確かに俺の周りのそういう関係やそうでない関係のフレンドにもいないタイプだ。
しかも、ベータ寄りの容姿のオメガだ。
それもあってか遼平は興味を持ったようだ。

「でも、沙也さんの方が圧倒的に可愛いです」

今そういう話してないし。
でも、遼平が言うほど真琴さんって可愛くないのか?

ケーキのプレート見た時の驚いた顔とか、
ケーキ食べた時の顔の幸せそうな顔とか、
紅茶とのマリアージュに感動した顔とか、
完食出来てちょっとホッとした顔とか、
話していると花が咲いたようにふわりと笑う顔とか、
俺は割と可愛いと思ったけどな。

因みに皿を下げにいった時、ここの代金は俺が奢ると言ったら、ものすごく遠慮されたけど押し切った。
その代わり、今日の晩ご飯はオムライスがいいなって真琴さんにだけ聞こえるボリュームで言ったら、分かったと笑って引き受けてくれた。

あと。

「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」とレジにいる俺たちに声を掛けてから帰る真琴さんはよく出来た人だと思った。




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