コモンセンサー

こんにゃく

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出会い

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桜も落ちた四月下旬、大学からの帰路を牧田善男は真っ直ぐ進んだ。これから彼は帰宅をして、支度をし、また出かける。スキーサークルの新入生歓迎会があるのだ。


彼は小柄な大学一年生で生来弱気だった。その弱気が顕著に出るのは人との交流においてである。

彼は他人から映る自分の印象を人見知りの子供のように気にしてしまうきらいがあった。世の中にはバタフライエフェクトを気にするものはいないだろうが、彼は気にしてしまう。

それ故に人から見ればどうでもいいことまで彼にとっては迷うべき難関となる。ゆえに自分の気持ちを押し殺して他人の意見に同調することがしばしばあった。


しかしそのような問題を抱えながらも彼はその道が唯一の安寧な道であると信じて疑わなかった。自分は社会的常識を持った人物であり、そういった者こそ求められるのだと確信していた。実際交友関係は円滑でいざこざを起こしたこともない。

家に着き、荷物を置いた牧田はその新入生歓迎会が行われる飲食店へと向かった。
強い風に吹かれながらネオン街を自転車で駆ける。目当ての飲食店のそばには人が集まっており、牧田を新入生歓迎会に誘った三年生の新井秀人の姿が見えたため、すぐにそこが目的地であると分かった。

「よく来てくれたな。嬉しいよ。名前は…牧田くんで良かったかな?」牧田の姿が見えるや否や新井は彼に話しかけた。
「そうです。覚えてくれてて嬉しいです。」
「可愛い新入生の名前なんかすぐ覚えれるよ。さあ入れるみたいだし、行くぞ。」


カーンとジョッキを合わせた音が店内に響く。牧田はビールではなく、酎ハイを頼んだ。
テーブルには両隣に一年生2名と向かい側に上級生3名が座っている。

一番重要なのは初対面の時の印象だ。このとき人から持たれることを避けるべき最悪な印象が1つだけある。それは変わり者を装っていると思われることだ。

現代の常識人とはただのカメレオンであってはならない。相手の波長に合わせることは重要だが、それだけでは誰からも好かれはしない。時には自分だけが持つ個性を主張することが必要であり、それが長い関係を築く上では重要になる。そのような個性が人に好かれるうえで有効だということは誰もが気づいている。

その中で誰もが人と異なるところをあざとくアピールしようとする。しかしその主張が激しすぎると嫌われる。それは、そのような人物の自己主張の未熟さと自分を出し抜こうとする行為に憤りを感じるからだ。
牧田はここにはいつも細心の注意を払う。例えば好きな作家はカフカであってはならないし、好きな芸能人が志村喬であってもならない。このようなことを得意げに言うのは自殺行為である。
趣味は?ーサッカーです。
好きな食べ物は?ーラーメンです。
小説とか読む?ー伊坂幸太郎とか読みますね。
じゃあ映画は?ーハリーポッターは名作ですよねー。
好きな芸能人は?ー千鳥です。

牧田の答えはいつもその時期においての定番ばかり。優先事項は他人との円滑なコミュニケーションであり、そのためなら自分の意思も多少変える。それに違和感を覚えたことなどなかった。

1時間ほどたち牧田は隣の同級生で同じ学部の藤里と打ち解けた。
「このサークル入るん?」と藤里は牧田の様子を伺いながらたずねる。
「俺は入るつもりでいるよ。同級生も多いし。」と牧田。
すると藤里は安心した顔つきで「そっか、じゃあ俺も入ろうかな」と言う。その様子に牧田は嬉しくなり、自分の大学生活が保障されたように感じた。

「じゃあお手を拝借。いよー。」
パン!と店先で飲み会に参加した学生が輪になって手を叩く。
飲み会が終わり最後に一本締めをすることがこのサークルの習わしらしい。牧田は藤里の隣にいた。二人は連絡先を交換する。
「じゃあまた会おうな」と藤里は手を振りながら言う。
牧田も「じゃあ」と手を挙げ別れを告げる。
周りには同じような大学生がたくさんいた。月は雲で隠れている。だが、街灯が夜の街を照らす。それは賑やかでもあり、寂しくもあった。

牧田は自宅に着くと安心したような気持ちで自転車を停めた。マンションの前にある駐輪場には空きが多くまだ宴会をしている人が多いのだろう。

マンションにはいって階段を上がる。牧田の部屋は二階にある。階段をのぼる途中で何か物音がすることに気づいた。原因は自分の部屋の横、牧田の部屋の隣の扉を長身の女性が何故か蹴りつけている。酔っ払っているのか肩が横にフラフラ動き、体に力がなさそうだった。面倒ごとだと察した牧田は彼女が通路からいなくなるまで外に出ようと考えた。
階段に引き返そうとした矢先、「ちょっと助けてよ」と彼女が言った。叫んだといってもいい。牧田は唖然として渋々彼女の元へ行った。
「鍵が無くなっちゃったの。どうすればいいと思いますか?」
「大家さんに言えばいいと思います。」
「こんな夜中だからインターホン押しても出ないの。だからドア蹴ったりして困ってるんじゃない。」
「それなら明日まで待つしか」
「そうよね、じゃああなたの部屋に1日だけ泊まらせてよ」
牧田は思わず「えっ」と呆けた言葉を発したと同時に
「なんて展開期待した?」
と言い彼女は、はっはっはっと笑いながらドアにもたれて座った。
「悪いが酔っても私の尻は軽くならないからね。」
牧田は急いで鍵を開けて自分の部屋に入った。
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