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325号室の住人

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子猫と婚約者どの

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王子 12歳・1


数日前に城に迷い込んだ子猫に、こっそりエサをやっていた。

昨日は、翌日に婚約者との面談があると聞き、少し憂鬱な気持ちを抱えながら子猫のところへ行った。

現在、未来の王妃となる婚約者選びが佳境に入っているというのは知っていた。
けれど、できることなら親の爵位や本人の能力に関係なく、自身の目で見、声を聞き、心で感じて決めたかったと、何だか鬱々とした気分でいたのだ。

すると雨が降ってきて、それがどんどん本降りになってきた。
僕は子猫を服の下に隠すと、城内の自室まで走った。




子猫を自室に隠し、その晩は一緒に寝る。
温々でもふもふで、僕はいつもよりぐっすり眠ることができた。

目が覚めると、なぜか子猫は居なくなっていた。
バルコニーへ続く窓が僅かに開いており、ここは3階だけれどとは言えだし庭育ちだから、きっと出て行ってしまったのだろうと安易に考え、起こしに来た侍従に、

「王子、そんなに婚約者様にお会いするのが楽しみだったのですか? 王子にも可愛いところがありますね。」

なんて、変な誤解をされると身支度をして朝食を食べた。

婚約者との顔合わせは午後のお茶の時間。
いつもより少ない午前の予定を恙無くこなし、時間になって馬車に乗る。

馬車が走り出す。
僕は少し憂鬱な気持ちになりながら、車窓を眺めていた。



「ナ~~ォッ」
足元から昨日の猫の鳴き声がした。

着飾られて身動きの取りにくい僕は、視線だけで猫の姿を探した。

暫くは鳴き声だけだった猫。
けれど、一面の小麦畑を抜け、どこからか柑橘の爽やかな香りに包まれ始めた頃、ようやく椅子の下から顔を覗かせてくれた。

僕が手を伸ばせば、それを伝って上がってきた仔猫。
しかし、直後に停まった馬車、ノックの後ゆっくりと開く扉を見ると、仔猫はするりと僕の腕を滑り降り、あっという間に扉をすり抜けて行ってしまった。

僕が慌てて馬車から跳び下りようとすると、慌てた侍従に抱き留められる。
その間にも猫はどんどん、屋敷の建物の左側を進むのが、上に伸ばした尻尾でわかる。

「公爵家の皆様、エントランスでお待ちとのことです。」

侍従の言葉に、着飾った重い衣装で屋敷のエントランスを目指していた僕だったが、突如しっぽが見えなくなった。

こんな広大な屋敷の中で迷子になったら、まず連れ帰るのは無理だろう。
だいたい、この邸の者が猫嫌いだったらどうする? 嫌いな猫を持ち込んだ王家の人間との縁談などもちろん壊れるし、公爵と父王との関係にもヒビが入るやもしれぬ。

短い時間でもろもろ考えた僕は、気付けば仔猫を追って走り出していた。


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