彼らの恋

325号室の住人

文字の大きさ
上 下
15 / 26

たとえば、こんな出会い 5 吉川視点

しおりを挟む

家にある非常食まで細々と食べ続け、食べ尽くしたのが、あれから2週間だった。

伸ばしっぱなしの髭を剃り、TシャツにGパン、ケツのポケットにスマホを捩じ込み外に出る。

目指すのは近所のコンビニ。

もっと、外出に対して尻込みしてしまうかと思っていた。
でも、何も考えなくても足は確実にコンビニへ向かうし、心臓の鼓動も特に速いという訳ではない。

──何だ俺、大丈夫じゃないか!

そうして普通にコンビニに到着して買い物をする。

カップ麺は大量に、他に日持ちして腹にも多少溜まるような、ナッツバーみたいなものをかごに入れ、袋を購入してスマホのコード決済をする。


その時初めて、ルイから何度も着信があったことに気付く。

──あとで、会社が終わった頃に電話してやろう。



けれど、店を出た時だ。

犬の散歩中の老人が、コンビニの扉の横のポールにリードを繋いでいるのが見えた。

「ちょっと待ってろ。直ぐに行ってくるからな。」

犬に言い聞かせてこちらへやって来たその老人とすれ違い、ヘアトニックが香った瞬間だった。

俺は、急に正常な呼吸ができなくなってしまう。

──アイツと同じ匂いたった…






その後は、どうやって帰宅したのか記憶が曖昧だ。

気付くと、自宅の玄関入ってすぐ、キッチンとも廊下とも言える場所に、片足だけサンダルを履いたまま、穴の空いたコンビニ袋を左手に握ったまま倒れていた。

コンビニ袋にはカップ麺が2つだけ。

──もったいないことしたな。

そんな感想を抱いても、拾いに行こうとは思えなかった。

──俺は、自分が思っているほど大丈夫ではなかった。



その時、スマホに明かりが灯る。

それで初めて、もう部屋が薄暗くなっていることに気付く。

着信はルイからだった。

でも、俺は知られたくなかった。
あのことを、ルイには…

いつでも頼ってくれるルイは、俺が経験してしまったことを知れば、潰れてしまうだろう。

だから知られる訳にはいかない。
でも、知らせなくて済むほど明るい声は出せない。

食が細くなって、頬も多少痩けているし、体も心なしか細くなったような気がする。
会えばすぐにバレてしまう。

──ダメだ!

ルイからの着信は、俺がそんなことを考えているうちに切れたようだ。
暗くなったスマホ画面に、安心している自分がいる。

──俺はきっと、病んでしまったんだ。

それから俺は、会社の上司にはメールで、社長宛てに退職届を認めて郵送で送ることにする。

──会社に迷惑を掛ける訳にはいかない。

郵便ポストはアパートの並びに郵便局がある。
誰にも会わない深夜に家を出て、投函するとすぐに帰宅すればいい。

そのまま不貞寝することにした。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

『恋は汚く苦いモノ』

あかまロケ
BL
モテモテ先生×陰キャ生徒の話し。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

処理中です...