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離縁
しおりを挟むそんな幸せな日々が続いていた、ある夜のことでした。
その日もまたバルトルは仕事が忙しかったようで、私が眠りについた後からベッドで私を揺り起こしました。
「エリ…エリサ……」
「…ん……ばるぅ?」
「眠ってるところを起こしてごめん。大事な話があるんだ。起きてくれる?」
「……んんー? 明日ではダメですか?」
「うん。今じゃないと、ダメなんだ。」
「…ん……ふぁいっ。起きます、わ。」
普段の朝と同じように《おはようのキス》ができるものだと思ってバルトルに手を伸ばしますが、その手は取られても一向にバルトルの香りは近付きません。
「俺はできる。ちゃんと言える。だからお前は……約束は守る。絶対に言え………………ブツブツブツ……」
バルトルはまた何やらブツブツと。
私はバルトルが話している内容が聞こえるように、バルトルの腕を支えにして上体を起こしました。
室内の灯りは普段の閨と同じ橙色です。
それなのに、ベッドの縁に座ったバルトルは私が枕を背挟んだところで立ち上がったまま、指先だけが触れている状態です。
「バルトル?」
私が名を呼んでも、なぜかバルトルは俯いて…
そのまま私に残酷なことを告げたのです。
「俺はもう、エリサといられなくなってしまった。申し訳ないが、明日の朝食後、ヴィーと一緒に荷物をまとめてこの邸を出て欲しい。」
「な…」
私が反論しようとすれば、一瞬顔を上げるもすぐに顔を背け、言葉まで被せるように…
「サルエルの馬車が来るので、一緒に行ってくれ。」
と。
更に、呆然とする私に対して、
「今日は執務室のソファで寝る。」
そう言うと、顔を上げてほんの僅かこちらを見、握っていた私の手をベッドにおろすとスタスタと退室して行ってしまった。
とうとう私は、バルトルに《離縁》を言い渡されました。
正確には、《離縁》の言葉はありませんでした。
けれど、《もうエリサといられなくなってしまった》や、《ヴィーと一緒に荷物を纏めてこの邸を出て行って》は、充分に《離縁》を連想させます。
これが噂の三行半ですよね。
私は一体、バルトルに何をしてしまったのでしょうか。
怒らせてしまった?
でもその割に、最後にこちらを見た表情は悲しそうでした。
やっぱり私が何か至らなかったのでしょう。
義弟のサルエル様と一緒ということは、行き先は侯爵家なのでしょう。
いよいよ離婚を言い渡されるのかもしれません。
いいえ。侯爵家に寄るのはヴィーを迎えるためで、私はそのまま《離婚》の手続きののち、追い出されるのかもしれません。
そうならば…
私は、クローゼットの奥、一番最初に戴いた指輪の入ったチェストの引き出しを開けました。
実は、今私がしているのは先日の婚姻式の時につけた2つめの婚姻指輪なのです。
最初の指輪は、ヴィーがお腹にやって来た時に手指も浮腫んでしまったので、外して引き出しにしまっていました。
用事があるのは、その指輪の箱の下にある紙です。
これは、まだ王都に暮らしていた頃に念のためにと戴いていた、離婚届です。
私は慎重に自分の欄にサインをすると、折り畳んで最近刺繍をしたハンカチに挟みました。
明日バルトルならば見送りに出てくれると思うので、餞別にと渡そうと思います。
せめて、明日がいい天気になりますように。
そう思いながらベッドに入りましたが、結局毎朝起こしてくれるリリサが来るまで、一睡もできませんでした。
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