上 下
43 / 55

家族

しおりを挟む

「エリサ! もう体調は良いのか?」

扉の開く気配に、バルトルが私のところへやって来ました。

その時、ヴィクトルの体がぐらりと揺れ、後ろに倒れて行きます。

「あ!」

声を上げただけの私に対して、バルトルは素早く戻るとヴィクトルを抱き上げました。
そのまま高く持ち上げるようにすると、

「キャッキャッ…」

可愛らしい笑い声を上げながら、ヴィクトルの口元からよだれが一筋バルトルの頬に着地しました。

「気をつけろよヴィー。おぬしはまだ、頭が重いのだからな。でも無事で良かったな。」

バルトルは手慣れた様子で、ヴィクトルを抱いて揺れています。

そのまま眠ってしまったヴィクトルを寝室の敷布の真ん中に寝かせ、午後の陽射しが強く入る窓にだけ厚いカーテンを引くと、音を立てないように扉の辺りからそっと見守る私の方へ戻ってきました。

「エリサ。話したいことがあって…この扉は少し開けておくから、お茶でも飲もう。」

バルトルは、私の肩を抱きながらソファまで誘導しました。

「待ってて。」

私が掛けると、バルトルは手早くワゴンでお茶の準備をしてくれました。

いつもルルハさんが淹れてくれるのは、母乳に影響がないものの少し手間のかかるお茶なのですが、バルトルは手慣れた手付きでテキパキと支度します。

砂時計のひっくり返し方も手慣れた様子で、ルルハさんが淹れてくれるのを待つのと同じタイミングでこちらに戻ってきました。

ティセットを2つ、私の前と自分の前に置くと、テーブルを挟んだ対面の席に着きました。

コクリ…

お茶はルルハさんと同じ味がしました。

「バルトル様、お茶も淹れられるのですね。美味しいです。」
「ありがとう。練習したからな。」

バルトルはふざけて胸を張るようにして、笑った。



暫く静かにお茶を飲んでいると、バルトルが言いました。

「エリサ…俺は未熟で、君が何か俺に伝えたいことがあってもレレキ達みたいに気付くことができない。
だから、できるだけ直接言って欲しい。《嫌い》でも、《どっか行け》でも、《顔を見たくない》でも。それに、《つらい》とか《怠い》とか《疲れた》とか、そんなことでも良い。俺は、エリサに言われることなら何だって嬉しいから。」

「バルトル…私、寂しかった。ヴィクトルが生まれても、会いに来てくれなくて……それなのに、ヴィクトルのことは何も言わないし、産むのも大変だったのに、何も、言わないし……なのに今にも婚姻式が始まってしまいそうで……だから、私。」

泣き出してしまえばバルトルは私の近くへ膝をついて涙を拭ってくれ、それから隣へ座ってフワリと抱き締めてくれました。

背中をさすりながら、
「ごめん。エリサ……ごめん。」
「私もごめんなさい。頬、痛かったでしょう?」
「いや、悪いのは俺だから。」
「でも……」

バルトルの胸は温かく、私は知らないうちに眠ってしまったようでした。






バルトルの胸から顔を上げると、バルトルの真っ白のシャツに悪霊の顔が浮かび上がっていました。

たくさん泣いて私の化粧が流れてしまったようです。

結局、その日再び神殿に戻るには遅くなってしまい、
「それじゃ明日、神殿の前で待ってる。」
バルトルはそう言い残して、馬車で何処かへ帰って行きました。






「奥様。今日はたくさん泣いてしまわれましたからね。明日に備えてしっかりと準備してから眠りませんと!」

今晩は少しリリサにお説教されながらの入浴です。

「ねぇ、リリサは知っていて? バルトルとヴィーが仲良しな件について。」

私が訊ねると、リリサはものすごく驚いた顔をしています。
首を傾げると、何と、バルトルは出産からこっち、ほぼ毎日この部屋に顔を出していたと言うのです。

ただし私が眠ってしまった後のことが多く、ヴィーが起きていれば遊んだり、リリサが控えていた時には、バルトルの来訪に私は敷布の上から挨拶をしていたと言うのです。

「私、全く記憶がないわ。元々、疲れて眠った日は寝言が多いと、最初のルームメイトに言われたことはあったけれど。もしかして…?」
「それかもしれません。何しろはっきりとお話しになっていたので。」
「え………」

私が入れそうな穴を探したのは、言うまでもありません。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

白衣の下 先生無茶振りはやめて‼️

アーキテクト
恋愛
弟の主治医と女子大生の恋模様

愛しているのは王女でなくて幼馴染

岡暁舟
恋愛
下級貴族出身のロビンソンは国境の治安維持・警備を仕事としていた。そんなロビンソンの幼馴染であるメリーはロビンソンに淡い恋心を抱いていた。ある日、視察に訪れていた王女アンナが盗賊に襲われる事件が発生、駆け付けたロビンソンによって事件はすぐに解決した。アンナは命を救ってくれたロビンソンを婚約者と宣言して…メリーは突如として行方不明になってしまい…。

【完結】年下幼馴染くんを上司撃退の盾にしたら、偽装婚約の罠にハマりました

廻り
恋愛
 幼い頃に誘拐されたトラウマがあるリリアナ。  王宮事務官として就職するが、犯人に似ている上司に一目惚れされ、威圧的に独占されてしまう。  恐怖から逃れたいリリアナは、幼馴染を盾にし「恋人がいる」と上司の誘いを断る。 「リリちゃん。俺たち、いつから付き合っていたのかな?」  幼馴染を怒らせてしまったが、上司撃退は成功。  ほっとしたのも束の間、上司から二人の関係を問い詰められた挙句、求婚されてしまう。  幼馴染に相談したところ、彼と偽装婚約することになるが――

皇帝陛下は皇妃を可愛がる~俺の可愛いお嫁さん、今日もいっぱい乱れてね?~

一ノ瀬 彩音
恋愛
ある国の皇帝である主人公は、とある理由から妻となったヒロインに毎日のように夜伽を命じる。 だが、彼女は恥ずかしいのか、いつも顔を真っ赤にして拒むのだ。 そんなある日、彼女はついに自分から求めるようになるのだが……。 ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

処理中です...