上 下
39 / 55

念願の《おやや》と会いたい人

しおりを挟む

「アナタ! 急にそんなことをしたら、エリサさんが驚くでしょう!!」

パシッ
「あぅ~…」

当主夫妻の空気で、当主による突然の御詫びで固まった気持ちが、少し和らぎました。

「あのね、エリサさん。貴女、最近食が細くなったのではなくて?」
「…! はい、そうです。あ、そうだわ。治療院の先生に、お薬をいただくことになっていたのです。
あぁ…戴きそびれてしまいましたぁ。」

私の慌てぶりに当主夫妻は顔を見合わせます。
そして、徐ろに夫人が私の近くの椅子に掛けると、私の手を柔らかく握りました。

「エリサさん、貴女…バルトルのことは嫌いなのかしら。」
「…え? いいえ。」
「ならば、なぜバルトルと別れようと?」
「………………」

私は、言葉を失いました。
旅の間ずっと考えていたことは、既に当主夫妻のお耳に入っていたのです。

「あの…わたくしは、バルトル様に実家の修繕費などの借金を立て替えていただいております。
それに、婚姻して1年になりますが、《おやや》が来てくれません。どうやら私の身体は欠陥品のようです。
バルトル様は嫡男ですわ。いずれこの侯爵領の領主を継がれる筈です。
もし私のせいで《おやや》を望めないならば、私はバルトル様から離れた方が良いと……」

私は正直に伝えました。
最後は涙が止まらなくなってしまいましたが、夫人には伝わったようでそのまま抱き締められました。

優しい手で背中を撫でられると、涙は止まるどころか次々に溢れます。

「ならば、なぜ……」

夫人の傍らで、当主がボソリと呟きました。
私の頭の上からは、夫人の溜め息が聞こえました。

私が顔を上げると、なぜかお二人はいたたまれないような表情でこちらを見ていました。

私が首を傾げると、

「あぁ、実はね……
エリサさんは治療院で、どんな処置をされるのか、聞いていたのかい?」

当主の言葉に、私は頭を振ります。

「やはりか…」

当主が呟くと、夫人が私から身体を離してピンッと背筋を伸ばしました。

そして私をじっと見詰めながら、口を開きました。

『貴女のお腹には今、小さな小さな命が宿っているの。』

ポカーン…

夫人から紡がれた言葉は、私にとってとても幸せな言葉の繋がりでした。
けれど、私には何だか夢のようで、右耳から左耳へとスーッと抜けてしまい、ただポカーンとするしかなかったのです。

「んんー!
エリサさん、もう一度言うわよ。今、貴女のお腹には、新しい命が宿っている。《おやや》が来てくれたのよ。」

「《おやや》? 私の…中に? バルトル様との!」

夫人はゆっくりと頷き、当主を見上げれば当主も同様に頷かれています。

「《おやや》…《おやや》が……バルトル様!!」

私は自分の下腹に手を重ねて被せると、再び溢れる涙で頬を濡らしてしまったのでした。




再び、夫人に背中を優しく撫でてもらってひと心地ついた頃…

「それでね。」
当主が私に話し掛けてきた。

「君に、その治療院から預かった薬があるのだが…」
「はい。」
「実はね、《子堕ろし》の薬なの。」

私は、夫人の言葉に気を飛ばしそうになりました。

「貴女は、あの日そのまま治療院へ向かっていたら、この薬を処方されていたの。」
「そんな! 私、今この体調不良が改善すると聞いて……」

それから私はまた、涙が枯れるまで泣き、そのまま眠ってしまったようでした。






「…………ありがとう。目覚めるまででいい。何もしないから…」

とても優しい声音に、私の耳が最初に反応しました。

もし、会えたら……
まずは好きだと、愛していると告げよう。
借金はまだ、返せないけれど。

それから、貴方との《おやや》が、とうとう私の元に来てくれたことを伝えたい。
ずっと欲しかった、バルトル様との《おやや》。くださってありがとうと、伝えたい。

その決意を持って、私はゆっくりと瞼を上げました。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します

黒木 楓
恋愛
 隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。  どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。  巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。  転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。  そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。

離縁予定の王太子妃は初恋をやり直す

ごろごろみかん。
恋愛
二十五歳の夫は、自分にも愛を囁き、同じように恋人にも愛を誓っていた。愛人からのあからさまな当てつけや妊娠の兆しの見えない生活にソフィアは疲れていた。 結婚して7年。未だに妊娠の兆候がないソフィアは石女と影で囁かれ、離婚寸前の身となる。 しかしそんなある日、夫の王太子が魔女の呪いによって13歳まで若返ってしまう。しかも記憶まで失っている様子。 夫の呪いの解呪に必要なのは、"女性と肌を合わせること"。 十三歳の王太子ロウディオと二十五歳の王太子妃ソフィアは呪い解呪に向けて励むことになるが…… *不妊に対する差別的表現があります *R18シーンは*表記です *全54話

結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。

window
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。 結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。 アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。 アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。

愛されなかった公爵令嬢のやり直し

ましゅぺちーの
恋愛
オルレリアン王国の公爵令嬢セシリアは、誰からも愛されていなかった。 母は幼い頃に亡くなり、父である公爵には無視され、王宮の使用人達には憐れみの眼差しを向けられる。 婚約者であった王太子と結婚するが夫となった王太子には冷遇されていた。 そんなある日、セシリアは王太子が寵愛する愛妾を害したと疑われてしまう。 どうせ処刑されるならと、セシリアは王宮のバルコニーから身を投げる。 死ぬ寸前のセシリアは思う。 「一度でいいから誰かに愛されたかった。」と。 目が覚めた時、セシリアは12歳の頃に時間が巻き戻っていた。 セシリアは決意する。 「自分の幸せは自分でつかみ取る!」 幸せになるために奔走するセシリア。 だがそれと同時に父である公爵の、婚約者である王太子の、王太子の愛妾であった男爵令嬢の、驚くべき真実が次々と明らかになっていく。 小説家になろう様にも投稿しています。 タイトル変更しました!大幅改稿のため、一部非公開にしております。

わたくし、今から義妹の婚約者を奪いにいきますの。

みこと。
恋愛
義妹レジーナの策略によって顔に大火傷を負い、王太子との婚約が成らなかったクリスティナの元に、一匹の黒ヘビが訪れる。 「オレと契約したら、アンタの姿を元に戻してやる。その代わり、アンタの魂はオレのものだ」 クリスティナはヘビの言葉に頷いた。 いま、王太子の婚約相手は義妹のレジーナ。しかしクリスティナには、どうしても王太子妃になりたい理由があった。 ヘビとの契約で肌が治ったクリスティナは、義妹の婚約相手を誘惑するため、完璧に装いを整えて夜会に乗り込む。 「わたくし、今から義妹の婚約者を奪いにいきますわ!!」 クリスティナの思惑は成功するのか。凡愚と噂の王太子は、一体誰に味方するのか。レジーナの罪は裁かれるのか。 そしてクリスティナの魂は、どうなるの? 全7話完結、ちょっぴりダークなファンタジーをお楽しみください。 ※同タイトルを他サイトにも掲載しています。

婚約者を妹に奪われた私は、呪われた忌子王子様の元へ

秋月乃衣
恋愛
幼くして母を亡くしたティアリーゼの元に、父公爵が新しい家族を連れて来た。 自分とは二つしか歳の変わらない異母妹、マリータの存在を知り父には別の家庭があったのだと悟る。 忙しい公爵の代わりに屋敷を任された継母ミランダに疎まれ、ティアリーゼは日々疎外感を感じるようになっていった。 ある日ティアリーゼの婚約者である王子と、マリータが思い合っているのではと言った噂が広まってしまう。そして国から王子の婚約者を妹に変更すると告げられ……。 ※他サイト様でも掲載しております。

この奇妙なる虜

種田遠雷
BL
クリッペンヴァルト国の騎士、エルフのハルカレンディアは任務の道程で、生きて帰る者はいないと恐れられる「鬼の出る峠」へと足を踏み入れる。 予期せぬ襲撃に敗北を喫したハルカレンディアには、陵辱の日々が待ち受けていた――。 鉄板エルフ騎士陵辱から始まる、奇妙な虜囚生活。 転生しない方の異世界BL。「これこれ」感満載のスタンダード寄りファンタジー。剣と魔法と暴力とBLの世界を。 ※表紙のイラストはたくさんのファンアートをくださっている、ひー様にお願いして描いていただいたものです ※この作品は「ムーンライトノベルズ」「エブリスタ」にも掲載しています

「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!

友坂 悠
恋愛
あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください。 そう置き手紙を残して妻セリーヌは姿を消した。 政略結婚で結ばれた公爵令嬢セリーヌと、公爵であるパトリック。 しかし婚姻の初夜で語られたのは「私は君を愛することができない」という夫パトリックの言葉。 それでも、いつかは穏やかな夫婦になれるとそう信じてきたのに。 よりにもよって妹マリアンネとの浮気現場を目撃してしまったセリーヌは。 泣き崩れ寝て転生前の記憶を夢に見た拍子に自分が生前日本人であったという意識が蘇り。 もう何もかも捨てて家出をする決意をするのです。 全てを捨てて家を出て、まったり自由に生きようと頑張るセリーヌ。 そんな彼女が新しい恋を見つけて幸せになるまでの物語。

処理中です...