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旅の終わりとしばしの別れ バルトル視点

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母の全体像が見えると俺はエリサを横抱きにしたまま、慣習に則って立つ母より頭が下になるように身を屈めつつ首を垂れる。

そしてステップの最後の1段から地上へ降り立ったその瞬間に口上を述べ始めた。

「母上様におかれましては、ご機嫌麗しゅう……」
「結構よ! それより面を上げなさい。」

母は怒りに満ちていた。

本来ならば俺の方が怒る権利はあると思う。

やっと取り戻したエリサを抱いているのだ。今晩は抱き潰すほどに愛を伝えよう。いや、《今晩》ではなく、今すぐにあの宿へエリサを連れて行って身体をキレイにしてやりたいし……

けれど顔を上げた俺に母は言った。

「もう旅は終わりよ。エリサさんを私の馬車に運びなさい!」
「は? な! なぜですか? エリサは私と!」

母は焦る俺に噴き出し高笑いをした。
これじゃまるで、嫁いびりのクソ姑だろう? 俺は母の実の息子だぞ。

けれど笑い終えた母は言った。

「だからよ。わたくしもお前も、義母ははに幾度となく救われた。今度はわたくしがエリサさんを助ける番だわ。」
「は? 全く意味がわかりません!」

すると母は、ビシッと扇で俺を差す。

「エリサさんのお腹には、お前のお子が、侯爵領の跡継ぎが居るからよ。だからバルトルから引き剥がすの。」

「…………!!」

「バルトル…貴方知らないのでしょう? 女はね、身籠った最初の時期は身体を温め、大事にしなければいけないの。
その下半身! 再会したこの後も、エリサさんを抱くつもりだったのでしょう?」
「……な!」
「図星ね。」

既に妄想で3回はエリサをイかせていた俺の下半身は、シュンとした。

「侯爵家の男は性欲が強くて……
貴方は先代夫人が守ってくださったけれど、次の世界へ旅立った後は貴方のお父様を止められず、何度も子が流れてしまったわ。」
「……は?」
「貴方はどう? エリサさんのお腹の中に育まれた小さな小さな子の命を、奪いたいの?」

俺は何も言えず、かぶりを振ることしかできなかった。
眦からは涙の粒がいくつも溢れる。

──俺はもしかしてこれまでも、この下半身でエリサの子を…?

「安心なさい。エリサさんにとって、今宿しているのが初めての《おやや》よ。
だから…あぁ、来たわね。」

丁度そこへ、侯爵家の治療師連合の《揺れの少ない馬車》が到着した。

「エリサさんはそちらに乗せて。こんなに顔色が悪いなんて!暫くは本邸で預かります。
貴方は、エリサさんをこんな状態にしたことを反省して、伯爵を何とかなさい!
国王夫妻には私からモノ申しておきますから、こちらのことは安心なさいね。」

母は心底嬉しそうな笑顔を浮かべると、ほんの僅かに底冷えするような恐ろしい笑顔になってから普通の顔に戻った。

俺はそこで初めて、母を相当怒らせていたことに気付いた。



エリサを、揺れが少なく足を伸ばして寝かせられる馬車へと横たえると、リリサが戸口に控えた。

離れがたくて暫く手を握っていたのだが、エリサは起きる気配を見せなかった。

ちゅっ

俺は、エリサの唇にキスを落とすと意を決して立ち上がる。

交代するようにリリサが馬車に乗り込むと、治療師連合の馬車の扉は閉められ、侯爵領へ向けて出発した。

母の乗る馬車も後を追うように出発した。

「ほらバルトル様、《ちーん》ですぞ。」

レレキが、俺を慰めるようにハンカチを差し出し、背中をさすってくれる。

俺は涙を拭うと……

まずは馬を呼び寄せるところから、仕事を開始した。


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