上 下
20 / 55

離・婚前旅行 7日目の午後は伯爵邸で

しおりを挟む

リリサとレレキは、私の従者として宿で借りた馬車に一緒に乗っていました。
けれど伯爵邸に到着して馬車を降りると、レレキは宿でお留守番とのこと。
帰りはバルトル様の乗ってきた馬車が伯爵邸で待機中とのことで、そちらに一緒に乗って帰ることになっているそうです。

従者であるリリサにエスコートしてもらい、私は待ち構えるキャセリーヌ様の元まで向かいました。

「本日はお招きくださり、ありがとうございます。」

《お茶会の場合は、あまり堅苦しくないご挨拶をした方が和やかに始まることができます。
けれど、きちんとご招待を受けたお礼は述べなければなりませんよ。》

私はきちんと教えに従ったはずでした。
しかし伯爵夫人の表情は硬く、ただ一言《ようこそ。》と言っただけで私に背中を向けてずんずんと邸内へ行ってしまいました。

《「ようこそいらっしゃいました。どうぞお入りください。」と言われてから邸の中へ入りましょう。入ることを許可されていない邸内へ入るのは、マナー違反ですよ。》

私は今、許可をされたのでしょうか。

「んー…」
「奥様?」
「今、私は《邸内へ入ることを許可された》のかしら。王妃様のお茶会では、《許可なく邸内へ入るのはマナー違反》と、キャセリーヌ様に習っているのよ。」
「はぁ。でしたら、こちらでお待ちになれば宜しいかと。」
「そうよね。待つことにするわ。」

私とリリサは、そのまま伯爵邸の扉の前で待機することに致しました。

まぁ私は元々公爵家の使用人でございましたから、こうして微動だにしない立ちん坊は得意です。
どうやらリリサもその様子。
私達はそのまま暫く、夫人から許可が出るまではと立ち続けました。

すると、夫人が邸内に入ってしまってからどのくらいが経ったでしょうか。背後から馬の嘶きが聞こえ、そのまま馬車の車輪が小石を撥ねる音が聞こえてきました。

「どぅ…。」

馭者が馬車を私達の背後に停める声がすると、2人分の男性の声が近付いて来ました。
それから、足音と共に背後から何かが覆い被さって来ました。

「エリサ。今日のデイドレス姿もイイね。」

耳元で囁くのは、聞き覚えのありすぎる熱を孕んだバルトル様の声。

──腰に当たるこの硬いものは、紳士として大丈夫なのでしょうか。

「でも、どうしてここにいるの? お茶会は?」
「実は、キャセリーヌ様の教えに《許可なく邸内に入るのはマナー違反》というのがありまして…
私、まだ夫人から《ようこそ。》としか言われていないのです。
それで、こちらに、待機しておりました。」

バルトルはリリサへ視線を送り、リリサが頷くと、そこで初めて後ろを振り返りました。

「伯爵、こちらは私の妻のエリサです。」
「エリサでございます。宜しくお願い致します。」

私はこの伯爵家当主の顔は見ないまま、カーテシーを致しました。
そしてもちろん、《許可なく顔はあげません。》

するとバルトル様が不意に私の腰を抱きました。
驚きに顔を上げると、バルトル様は
「どうしたの? 体調が悪い?」
と。

「バルトル様、妨害はおやめください。私はキャセリーヌ様から、《貴女は《夫》こそ侯爵家の方ですが未だ当主の御子息の夫人でしかありません。つまり、貴女はまだ《侯爵夫人》ではありません。婚家ではなく実家の男爵家の方が適用されるのです。》と教育を受けております。
ですから私の身分は現在リリサの少し上かと。伯爵の許可なく顔を上げるのはマナー違反では?」

バルトルの顔を見れば、何だかとても怒っていらっしゃいます。

「そんな!」

慌てた様子の伯爵は、片手に大きな石のついた指輪を2つずつ嵌め、夜会衣裳のように服にもたくさんの宝石を散りばめた、ギラギラとしてよく肉の付いた男性でした。

その大きな体躯が素早くバルトル様のところまで移動し、足元に縋るようにして大きな声で懇願しています。

「私の妻がなんということを! 決して、神に誓って私はこんな、貴方様を貶めるようなこんなことを考えてなどおりません!!」

その時です。

「バルトル様だわ!」
「バルトル様ぁ、お待ち申し上げておりました!」
「さぁ、邸へお入りになってくださいまし!」

姦しいお嬢様たちが私を押し退けるようにバルトル様との間に入り込むと、バルトル様の腕に腕を絡ませ、甘え声で迫っていました。

私はその異様な光景を、リリサの腕の中で見学していました。

押し退けられ突き飛ばされ、地面にキスしてしまいそうなところを抱き止められたのです。
リリサの運動能力は、素晴らしいですね。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

イケメン婚約者に浮気されていたので婚約破棄したのですが、その後復縁要求されて困っています。

ほったげな
恋愛
イケメンなジョルダーノと婚約したアンネリース。しかし、ジョルダーノは他に付き合っている女性がいた。それを知ったアンネリースはジョルダーノと婚約破棄したが…。

【R18】溺愛される公爵令嬢は鈍すぎて王子の腹黒に気づかない

かぐや
恋愛
公爵令嬢シャルロットは、まだデビューしていないにも関わらず社交界で噂になる程美しいと評判の娘であった。それは子供の頃からで、本人にはその自覚は全く無いうえ、純真過ぎて幾度も簡単に拐われかけていた。幼少期からの婚約者である幼なじみのマリウス王子を始め、周りの者が シャルロットを護る為いろいろと奮闘する。そんなお話になる予定です。溺愛系えろラブコメです。 女性が少なく子を増やす為、性に寛容で一妻多夫など婚姻の形は多様。女性大事の世界で、体も中身もかなり早熟の為13歳でも16.7歳くらいの感じで、主人公以外の女子がイケイケです。全くもってえっちでけしからん世界です。 設定ゆるいです。 出来るだけ深く考えず気軽〜に読んで頂けたら助かります。コメディなんです。 ちょいR18には※を付けます。 本番R18には☆つけます。 ※直接的な表現や、ちょこっとお下品な時もあります。あとガッツリ近親相姦や、複数プレイがあります。この世界では家族でも親以外は結婚も何でもありなのです。ツッコミ禁止でお願いします。 苦手な方はお戻りください。 基本、溺愛えろコメディなので主人公が辛い事はしません。

【完結】嫌われ令嬢、部屋着姿を見せてから、王子に溺愛されてます。

airria
恋愛
グロース王国王太子妃、リリアナ。勝ち気そうなライラックの瞳、濡羽色の豪奢な巻き髪、スレンダーな姿形、知性溢れる社交術。見た目も中身も次期王妃として完璧な令嬢であるが、夫である王太子のセイラムからは忌み嫌われていた。 どうやら、セイラムの美しい乳兄妹、フリージアへのリリアナの態度が気に食わないらしい。 2ヶ月前に婚姻を結びはしたが、初夜もなく冷え切った夫婦関係。結婚も仕事の一環としか思えないリリアナは、セイラムと心が通じ合わなくても仕方ないし、必要ないと思い、王妃の仕事に邁進していた。 ある日、リリアナからのいじめを訴えるフリージアに泣きつかれたセイラムは、リリアナの自室を電撃訪問。 あまりの剣幕に仕方なく、部屋着のままで対応すると、なんだかセイラムの様子がおかしくて… あの、私、自分の時間は大好きな部屋着姿でだらけて過ごしたいのですが、なぜそんな時に限って頻繁に私の部屋にいらっしゃるの?

【完結】【R18】伯爵夫人の務めだと、甘い夜に堕とされています。

水樹風
恋愛
 とある事情から、近衛騎士団々長レイナート・ワーリン伯爵の後妻となったエルシャ。  十六歳年上の彼とは形だけの夫婦のはずだった。それでも『家族』として大切にしてもらい、伯爵家の女主人として役目を果たしていた彼女。  だが結婚三年目。ワーリン伯爵家を揺るがす事件が起こる。そして……。  白い結婚をしたはずのエルシャは、伯爵夫人として一番大事な役目を果たさなければならなくなったのだ。 「エルシャ、いいかい?」 「はい、レイ様……」  それは堪らなく、甘い夜──。 * 世界観はあくまで創作です。 * 全12話

(完結)私はあなた方を許しますわ(全5話程度)

青空一夏
恋愛
 従姉妹に夢中な婚約者。婚約破棄をしようと思った矢先に、私の死を望む婚約者の声をきいてしまう。  だったら、婚約破棄はやめましょう。  ふふふ、裏切っていたあなた方まとめて許して差し上げますわ。どうぞお幸せに!  悲しく切ない世界。全5話程度。それぞれの視点から物語がすすむ方式。後味、悪いかもしれません。ハッピーエンドではありません!

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

処理中です...