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離・婚前旅行 5日目の夕方は駄々っ子に付き合う
しおりを挟む「あの、バルトル。私は貴方の瞳の青を見ながらお話ししたいわ。」
「いやだ! ダメだ! エリサ。君の外出で、俺がどれだけ心細かったか。それなのに、帰宅しても俺のところには直ぐに来てくれなかった。
俺は、エリサに捨てられたかと…ううぅっ…」
治療院から帰宅した私は、寝室のバルトル様を確認すると早速侯爵領主である義父への報告と手紙を認めました。
手紙を持ったままバルトル様の眠る寝室側のテラスへ出れば、屋根から侯爵家のいわゆる《影》の方が降りていらっしゃいます。
今日は男性の方のようで、柔らかくコロンが香りました。
手紙はその生業の方へ託すことが多いです。
バルトル様の希望でこの旅には従者のようなお供は居ません。
その代わり、視界に入りにくい場所にはぽろぽろと護衛や《影》の方がいらっしゃるのです。
話に聞くところによると、馬車の屋根付の方もいらっしゃるらしく……
私とバルトル様は、その…馬車内でいろいろな音をたてることが多いもので、まだ王都の邸に住まう頃、《影》の方々の移動方法を聞いた時には羞恥で赤面してしまい、その顔がかわいいなどと言われて翌日はベッドの住人と化したのは、まだ記憶に新しいです。
テラスへ出るガラス戸を静かに閉めて施錠した時でした。
後ろから急にガバリと抱き締められたのです。
「ひ!」
悲鳴を上げようとしたところで、左耳から
「どこへ行ってたの? 遅かったね。」
と、耳に心地好い低音で囁かれました。
もちろん声の主はバルトル様です。
「……んぅっ!」
身動ぎは許されず、代わりにお尻の辺りに硬いモノが当てられ、お腹側にある大きな手は、1つは襟元から服の中へ、もう1つは器用に片手だけでワンピースの裾をたくし上げ……
そして冒頭の言葉です。
私はバルトル様にお願いをしました。《バルトルの瞳の青を確認したい》と。
けれど、怪我で気持ちが小さくなっているのか、まるで駄々っ子ですね。
頭の上からのシクシク声は、ハッキリ言ってしまえば大変うざったく思いますが、それだけ心配させてしまったのも彼にとっては事実なのでしょう。
私は1つ溜め息をつくと、胸の頂に今にも触れそうな彼の手を甲から留めるようにトントンとすると、あまり動揺していないように聞こえる静かな声で問いかけました。
「旦那様、イッて背を反らせる姿勢は背中の怪我には宜しくありませんよ。
わたくしが居りますと貴方様に対して刺激になってしまうのでしたら、わたくし暫く別の部屋で暮らした方が宜しいでしょうか?」
言えばバルトル様は肩をビクッとさせて、ゆっくりと腕の中から解放してくださいました。
振り返れば、頬を涙で濡らした大人の男。
「エリサ…お願いだ。《旦那様》だなんて! それに、別の部屋だなんて無理だ。お願いだから、一緒に居てくれ!!」
バルトル様は跪くと私の右手を両手で握り、額や唇に押し付けるようにします。
まるで女神を崇拝しているみたいに…
いいえ、自分を《女神》だなんておこがましいのですが。
でも、そんなに自分を必要としてくれる存在に絆されてしまう私は、弱くて流されやすい人間なのでしょう。
掴まれているのと反対の手でバルトル様の頭を撫でると、バルトル様が少しだけ顔を上げました。
「仕方ないですね…わかりました。私はここに居ます。」
撫でていた手の指先で彼の目元を拭うと、バルトル様は立ち上がり、
「ありがとう。ありがとう、エリサ。」
私を抱き締めて、また泣いてしまいました。
怪我をして…いや、ヨセフさんに比べたら背中の皮が掌大に捲れているのなんてだいぶ軽いと思うのですが、少し気弱になっているようです。
あの時、私を庇ってくれた時とてもカッコいいと、恋に落ちそうだと思ったのに何なんでしょう。
「バルトル様、夕食はいかがなさいますか?」
「実はもうお粥には厭きた。他のものを食べるのも、エリサが手伝ってくれる?」
──あぁっ、その目、その目に弱いのです…
「……はい、畏まりました。」
私はバルトル様にグイグイ手を惹かれ、ダイニングへ向かうのでした。
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