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しおりを挟む「クラウス! 私の側近からはずれるとは本気か?」
幼馴染であるウィルの真正面からの言葉に、俺は俯く。
「本気も何も、父と国王陛下の決定だ。断ることなどできない。」
「そんな! だが、私が望めば…」
「いや。幼馴染だからこそ、俺が足を引っ張る訳にはいかない。俺は辺境の傭兵団に入るつもりだ。ここへは今まで世話になった挨拶だけと思って寄らせてもらっただけだ。」
最後くらいはとウィルに笑顔を向ける。
たとえ平民になって生涯会えないとしても、万が一俺を思い出す事があるならそれは笑顔の俺がいい。
少しキザだがそう考えてのことだった。
けれどウィルの表情は冴えない。
俯きがちにブツブツ言いながら執務机の引き出しをあさると、握りしめた右手を俺の胸へ突き出した。
手のひらを上にして両手を差し出せばウィルの右手が開かれ、ころりとしたものが俺の手のひらへ落とされる。
ウィルの右手が去るのを少し名残り惜しく見つめれば、俺の手のひらには小指の先程の宝石の嵌った指輪が乗っていた。
ウィルの顔を見れば、俺から視線を逸らして
「餞別だ。このくらいの方が、換金しやすいだろう。」
と。
「わかった。生涯大事にする。ありがとな。」
俺は、実家で母がこっそり渡してくれたネックレスに指輪を通すと、ウィルに一礼して王太子の執務室を出る。
振り返らずに城門を目指し、城下を通り抜け、国内のあちこちへ向かう乗合馬車の発着所へ向かった。
国の南に位置する辺境の町への馬車は、発着所の一番はずれにあった。
俺と同じように傭兵団へ入るつもりの一文無しやごろつき、瞳の輝きを失ったような男らが馬車の出発準備を待っている。
御者へ料金を払うと、座席で待って構わないと言われて乗り込む。
中央の通路に向かう長椅子には、片側だけで騎士なら6人、平民の出稼ぎなら8人は掛けられるようになっている。
盗られて困るものなどないが、着替えの入った肩掛け鞄を抱えると、1番後ろの外が見られる席へ掛けた。
それから俺の後ろから2人の男が乗り込むと、俺の隣と向かいに腰を下ろした。
──他の乗客はまだ外。場所はいくらでも空いているのに…
すると、隣に座った男がこちらへ手を伸ばしてきた。
「よぉ、兄弟!」
ガシリと肩を抱くように掴まれる。
「旅は道連れって言うだろォ? どうせ同じ場所へ向かうんだ、仲良く行こうぜ! な?」
掴まれた肩から肘まで擦られた。
「そうだぜぃ!」
今度は向かいの男がこちらへ身を乗り出しながら言う。
「辺境までは馬車でも5日はかかる。何か楽しみがないと耐えられねぇ!」
向かいの男は更にずいっと身を乗り出し、男の膝が俺の足の間へ差し込まれた。
「兄ちゃん、綺麗な髪じゃねぇか!」
肩を撫でていた男の手が、無造作に束ねた俺の後ろ髪を掴むと耳の下へ男が鼻をねじ込む。
「お、首から何を下げてんだ?」
向かいの男が俺のシャツの襟ぐりを引っ張り、ボタンが2つ飛んだ。
隣の男の右手が右膝から内腿を撫で、耳朶を甘咬みされ…
俺は耐えられなくなって立ち上がると、隣の男の手を振り払い、向かいの男に鞄を押し付けるようにして、幌の間から飛び出した。
一目散に、ひたすら走って別の行き先の馬車に並走するように門を抜けた。
「馬鹿野郎! 轢かれたいのか!!」
国の西へ向かう馬車の御者が、怒鳴りながら馬の頭を右へ向けて鞭を打ち、通り過ぎて行く。
「待ちやがれ!」
声がして振り返れば、まだ遥か後ろではあるが男の1人が追い掛けてくるのが見える。
だから御者に怒鳴られたくらいで止まる訳にはいかない。
「早く! 急いで門を閉めてくれ!!」
門兵に声を掛けて、追ってくる男がやって来る前に門を閉めてもらう。
「待てコラ!!」
「いやだ!」
ドーーーン……
ひと声返したところで門が閉まる。
──に、逃げられた!
安心したのも束の間。息を整え顔を上げて愕然とする。
眼前に広がるのは、人っ子一人居ない広大な荒れ地だけだった。
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