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もろもろあって、最後の1年
久々の里帰りへ
しおりを挟む「セアリア、実は王家から依頼が来ている。最近国境近くがきな臭い。雪が降る前に、隣国が仕掛けて来るかもしれないと。」
「「隣国が…」」
「だから、国境近くの村々へ《女神のドーム》を張って欲しいそうだ。明朝、担当の魔法師が」
「それなら俺ができます。転移魔法陣を発動させて村々を回るんですよね?」
「そうだ。ならばウルよ、付き添い神官と聖騎士と魔法師を兼任することになるが…」
「できます。」
そんな神官長とウルとの会話で、国境近くの村々への遠征が決まった。
私は聖女の御業の一つとして、《女神のドーム》なる結界を張れるようになっていた。
あの、隣国からの侵攻のあった年に私が無意識のうちに張れるようになった結界は、一人前の聖女としてのお披露目以降、他の地の神殿で祈ることでも発動できるようになったのだ。
廊下へ出ると、部屋に戻るまでウルと話をつめる。
「国境近くとなると、やっぱりギリアン爺が心配だわ。」
「そうだな。暫く爺さんの顔も見ていないし、里帰りがてら早めに行こう。
この数年は《女神のドーム》で麓の村ごと覆って雪が積もらなかったけど、今年はセアリアが不在だから麓の村へ降りると話していたもんな。」
「そうなのね。なら、ギリアン爺が麓へ降りるのも手伝いたいわ。」
そうして私は部屋で準備をすると、ウルとの待ち合わせである転移陣のある部屋へ向かったの。
扉を開けば、聖騎士の正装を着込んだ背中を隠していた美しい金髪が首の後ろで纏められた。
最近のウルはダボッとした神官用のローブばかりを着ていたし、その前だってウルとは並んで歩いていたから、こんなに頼もしい背中になっていたことに全然気付いていなかったの。
「セアリア?」
こちらを振り返ったウルが、グローブを嵌めながら不思議そうな表情で私に声を掛ける。
「あ、お待たせしたわね。」
見惚れて朱く染めかけた頬を引き締めて返事をすれば、ウルはその場に跪き、グローブの右手を差し出した。
「セアリア、手を。」
「はい。」
差し出した指先は、手袋越しの大きな手に大事そうに包まれる。
立ち上がったウルに見下ろされている視線を脳天に感じるけれど、何だか小っ恥ずかしくて顔を上げられない。
それからゆっくりとその手を引かれて転移陣の真ん中に立てば…
他の魔術師さん達みたいなガクンと膝が抜ける感覚もないまま、一瞬ののちに気付けば懐かしい、山の上の神殿だった。
転移陣の円から抜けて窓を開ける。
初雪も近そうな森の空気を大きく吸い込めば、清々しさに心まで浄化されるような気持ちになって、自然にウルを振り返ることができそうな気がした。
けれど一歩遅く、肩にウルの胸が触れる。
「もうすぐ雪が来るな。」
ウルの胸を響かせる低音が、肩越しに私のことも響かせて…
ほんの少しの間だけその響きの余韻に包まれてしまった。
「そうね……あ、ギリアン爺はどこかしら。」
私は『豊穣を祝う歌』を鼻歌にして、階下の女神像を目指す。
ギリアン爺は、先々代の《癒しの聖女》と一緒に、夕刻の祭壇を作っていた。
私の鼻歌に気付いた先々代の《癒しの聖女》が顔を上げると、ギリアン爺へ耳打ちすれば…
振り返ったギリアン爺は、以前にも増して弱っているようだった。
「ただいま。」
「おかえり。」
けれど、微妙に視線が合わない。
ウルの手が、私の右手をぎゅっと掴む。
「ギリアンはね、もう殆ど見えていないのよ。」
先々代の《癒しの聖女》の言葉に、私はショックを隠しきれなかった。
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