ダイヤモンドの向日葵

水研歩澄

文字の大きさ
上 下
57 / 66
第2章 明姫月高校野球部の内紛

第50話 ツカサ先輩

しおりを挟む

「お、栞李~! おはよ~ぉ」

 朝、多くの生徒が登校してくる校門の手前で、少女は聞き馴染んだ快活な声に呼び止められた。

「ああ、実乃梨ちゃん。おはよ」

 呼び止められた少女、末永栞李が振り向いた先にいたのは明朗闊達という言葉に服を着せたような少女、仲村実乃梨だった。
 ご自慢のポニーテールを揺らす彼女は至極晴れやかな表情で一直線に栞李の隣に走り寄ってきた。

「あれ? 今日倭田さんは?」
「え? あー、さっき飛び起きてたから今頃慌てて朝支度してるんじゃないかな」
「あぁ~。倭田さん、昨日も結構遅くまで自主練頑張ってたからね~」
「やっぱりねぇ……ケガのこともあるし、私としては程々にしてほしいんだけど、どうせ言っても聞かないしな~」
「まあ仕方ないんじゃない? あの試合の後で、最近みんな気合入ってるし!」

 実乃梨の言うからもう一週間以上が経った。グランドの桜は花弁を飛ばし、青々しい葉桜へと様変わりしていた。
 部の歴史を遡っても決勝リーグにさえ駒を進めたことのない弱小野球部が、全国的な強豪である蘭華女子を相手に大金星を上げたあの一戦から、明らかにチームの雰囲気が変わった。
 それまでは目指す場所も具体的に想像できなかった面々が大言壮語も甚だしい目標を掲げ、それを叶えてしまったことで、以前とは自分たちに対する期待値が決定的に異なっていた。

「もしかしたらワタシたち、このまま本当に全国までいけちゃうんじゃない!?」
「やー……どうだろうね」

 中でも飛び抜けて楽観的な彼女の言葉に、栞李はほとんど発作的に首を傾げていた。

「えー、どうして? みんなやる気になってるのに」
「いや、実乃梨ちゃんとか莉緒菜ちゃんはその気かもしれないけど、今のところみんながみんな全国目指してる訳じゃなさそうというか……ほら、大塚先輩とか特に」
「ああ、ツカサ先輩? ワタシ好きだよ! ツカサ先輩!」
「いや、好き嫌いの話じゃなくてさ……」
「あ、ウワサをすればツカサ先輩!」
「イヤイヤ、そんな都合よく……」
「ホントだって! ホラっ、あそこ!」

 実乃梨が指さした先には見紛いようもないピンクゴールドのミディアムヘア。栞李たちの1つ歳上の2年生投手、大塚有咲の後ろ姿だった。

「ワタシ挨拶してこよーっと!」
「いいってば実乃梨ちゃん! ちょっと!?」

 栞李の制止に構いもせず、実乃梨はその背中へ突撃していった。

「ツカサせんぱぁ~い! おはよーございま~ぁすっ!」
「ん?」

 彼女が振り向くと、左耳に下げた色鮮やかな雫状のピアスが軽やかに揺れた。大塚有咲のトレードマークでもあるそれは凡そ運動に適しているとは思えないほど長く伸びており、プレー中は時に見ているほうが痛々しく感じる程大きく揺れていた。

「ああ、アナタね……」
「はいっ! 後ろ姿見かけたんで走ってきちゃいました!」

 その派手な見た目と他人を寄せ付けない飄々とした性格を敬遠し続けた結果、栞李は入部して1ヶ月以上経つ今も碌に会話を交わしたことがなかった。
 栞李はそんな不安を押し殺しながら、前に倣えで頭を下げた。

「お、おはようございます。大塚先輩」
「ん? あれ、アナタ……」

 平静を装いながらもどこか落ち着かない心内を見透かされたかのように、有咲は栞李へ一直線に手を伸ばしてきた。

「えっ……な、なんですか?」

 彼女が歩み寄ると、どこからかほのかにフローラルな香りがした。
 その意図が汲み取れず思わず目を瞑る栞李だったが、かけられたのは意外な言葉だった。

「髪、染めたのね」
「え……?」

 その手の向かった先は淡い栗色に染まった栞李の後髪だった。

「あ、ホントだ」
「え、実乃梨ちゃん今気づいたの?」
「いやぁ、ごめん。言われてみれば何か違和感あるな~とは思ってたんだけど」
「私もまさか気づいてもらえてないとは」
「ごめんってば! よく見るとだいぶ明るくなったよね~。うん! 今のほうのが似合ってるんじゃないかなぁ~なんて」
「はいはい。おべっかどーも」

 取るに足らない2人の小競り合いなど気にも留めず、有咲は興味深げに栞李の髪をつぶさに見回していた。

「綺麗に染まってるわね。美容院でやってもらったの?」
「あ、はい。一応」
「そう。前々から毛先に残ってたけど、アナタ明るい髪色のほうが似合うかもね」
「あ、ありがとうございます……」

 似たような言葉でも大塚有咲から貰ったソレはまるで違う意義を持っていた。何しろ彼女はファッションデザイナーの母親を持ち、部内でも突出して美意識の高い人物だったのだから。

「それじゃ、私は先に行くわね」
「あ、ツカサ先輩! また部活で! と言っても今日はミーティングだけですけど」
「ええ。また後でね」

 有咲が足早に校舎の中へ消えていくのを見届けると、栞李は小さくため息を漏らした。

「栞李って、もしかしてツカサ先輩苦手?」
「……いや、苦手ってことはないけど、何かちょっと変に緊張した。アホ毛とか指摘されるんじゃないかと思って」
「あ~、確かに今日もバッチリ決まってたもんね。ツカサ先輩」

 あの派手な髪色からしてブリーチもかけているはずだが、栞李も実乃梨も彼女の毛先が跳ねていたり、色落ちしているような姿は見たことがなかった。どんな時も隙を見せないその様はまるで、ショーウィンドウの向こう側に佇む蝋人形のようで。それが栞李の感じていた近寄り難さの正体だったのかもしれない。

「よかった。追いついた」

 校舎に足を踏み入れようとしていた2人の背後から、不意に倭田莉緒菜の声が滑り込んできた。

「あ、倭田さん! おはよー」
「おはよう」
「良かったね。間に合って」
「うん。何とか」
「って、ほら。襟巻き込んでるし、バッグが髪噛んでるよ」
「本当だ。ありがと」

 直前まで有咲の精密に整った着こなしを目にしていたからか、莉緒菜の随所に垣間見える慌てて身支度した形跡がこの時ばかりは栞李に安穏とした心地をもたらしていた。
 その様子を見ていた実乃梨はふと思い立って栞李とは反対の耳に口先を寄せた。

「ねぇ、倭田さんは気づいた? 栞李の髪」
「え? ああ……」

 実乃梨にそう耳打ちされた莉緒菜は確信に満ちた顔で向き直った。

「切ったの? 髪」
「……お前もか」




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

私たち、博麗学園おしがまクラブ(非公認)です! 〜特大膀胱JKたちのおしがま記録〜

赤髪命
青春
街のはずれ、最寄り駅からも少し離れたところにある私立高校、博麗学園。そのある新入生のクラスのお嬢様・高橋玲菜、清楚で真面目・内海栞、人懐っこいギャル・宮内愛海の3人には、膀胱が同年代の女子に比べて非常に大きいという特徴があった。 これは、そんな学校で普段はトイレにほとんど行かない彼女たちの爆尿おしがまの記録。 友情あり、恋愛あり、おしがまあり、そしておもらしもあり!? そんなおしがまクラブのドタバタ青春小説!

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

おむつオナニーやりかた

rtokpr
エッセイ・ノンフィクション
おむつオナニーのやりかたです

おしっこ我慢が趣味の彼女と、女子の尿意が見えるようになった僕。

赤髪命
青春
~ある日目が覚めると、なぜか周りの女子に黄色い尻尾のようなものが見えるようになっていた~ 高校一年生の小林雄太は、ある日突然女子の尿意が見えるようになった。 (特にその尿意に干渉できるわけでもないし、そんなに意味を感じないな……) そう考えていた雄太だったが、クラスのアイドル的存在の鈴木彩音が実はおしっこを我慢することが趣味だと知り……?

青き瞳のクリエイト

タトバリンクス
青春
本郷沙葉はどこにでもいる普通の顔が良い文学少女だ。 あの日、ぼくが心を惹かれたのは彼女の奏でる旋律だった。 彼女の奏でる旋律がぼくの心を駆り立たせ物語を紡がせる。 そんな彼女の名は月城沙音。 ぼくと同じ青き瞳を持つ金髪の美少女だった。 これはどこまでも平坦で平凡で日常的なありふれた在り来たりな青春の一ページ。 青い瞳が導くぼくたちの物語。 こちらの小説は『小説家になろう』『カクヨム』でも掲載中

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

処理中です...