7 / 30
第7話:「水下に沈む都」
しおりを挟む
狐火郵便局の静けさを破るように、久遠の弾んだ声が響いた。
「湊、次のお仕事だよ! 今度は川の底だって!」
湊は手元の書類を片付けながら顔を上げた。「川の底? 本当にそこに手紙を届けるのか?」
久遠の言葉に呆れ半分で問い返すと、あかりが淡々と頷いた。
「宛先は『水霧の都』の主宰、水の女神よ。手紙の送り主は、水難事故で命を落とした人間の遺族。この手紙には、彼らの感謝の想いが込められているわ。」
あかりが差し出したのは、深い藍色の封筒だった。それはまるで川面のように光を反射している。湊がそれを手に取ると、紙の重さ以上の何か――哀しみや祈り、そして女神への敬意が宿っているように感じられた。
「あの遺族は、女神が亡き者の魂を慰めてくれたと信じている。そして、手紙にはその感謝が綴られているの。」
湊はその言葉に神妙な面持ちで頷き、封筒を懐にしまった。
「川底か。面白そうだな!」
久遠は手を叩き、楽しげに笑った。「水の都にはどんなあやかしがいるんだろう? 綺麗な人魚がいるかもしれない!」
あかりは久遠を睨みつける。「水霧の都は冥府に近い場所。不謹慎なことを言うと、女神の怒りを買うわよ。」
久遠は軽く肩をすくめた。「冗談だってば。でも、確かに楽しみだね。ね、湊?」
湊は苦笑いしながら狐火ランタンを手に取り、翻訳の石を胸に押し当てた。「準備はできた。行こう、あかり。」
夜の帳が降りたころ、三人は川辺に立っていた。深い霧が川面を包み込み、月光が静かに水面を照らしている。川は鏡のように滑らかで、どこか異世界への扉を連想させる静謐な雰囲気を漂わせていた。
「あそこが、水霧の都への入り口よ。」
あかりが静かに告げ、水面をじっと見つめた。彼女の眼差しには、この地が持つ神聖さを見通すかのような深い光が宿っている。
「でも、どうやって川底に行くんだ? まさか、潜るのか?」
湊が不安げに尋ねると、あかりは躊躇なく頷いた。「そうよ。この川の底に、都へ続く道がある。狐火ランタンの封印を解けば、水中でも使えるようになるわ。」
あかりはランタンを掲げ、静かに呪文のような言葉を唱えた。すると、青白い炎が一段と強く輝き、水面へと光の筋を伸ばしていく。その光は水面に波紋を描き、次第に川底へと続く道が浮かび上がった。
「さあ、行くわよ。」
あかりはためらうことなく水中へ足を踏み入れる。その姿は、冷たい水の中で凛と咲く白い花のようだった。
湊は深く息を吸い込み、彼女の後に続く。水は冷たく、まるで身体を切り裂くようだったが、狐火ランタンの光が足元を照らし、ほんの少しだけ安心感を与えてくれた。
「見てよ、湊! ほら、小魚がこんなに!」
水の中ではしゃぐ久遠は、まるで川を泳ぐ狐のように自由だ。彼は小魚たちと戯れ、水の中を楽しそうに回っている。
「久遠、騒ぎすぎないで。ここは異界。何が起こるか分からないわ。」
あかりが冷静に注意するが、久遠はお構いなしだ。その無邪気さに湊は少し気を緩めたが、水圧が彼を容赦なく締めつける感覚が時折胸をざわつかせた。
冷たい水の中を進むと、やがて目の前に広がる風景が一変した。
「ここが……水霧の都。」
湊は息を呑む。それは静寂と神秘が混じり合った空間だった。
水底に広がるその都は、まるで古代の遺跡のようだった。建物の外壁は苔に覆われ、瓦はところどころ崩れている。しかし、それでもなお美しく、どこか哀しげな佇まいを見せている。
淡い光が水の中で揺らめき、都全体を照らしている。それは水霧に包まれた夢の中のような光景だった。
「さあ、女神の元へ行きましょう。」
あかりが静かに言い、都の中心へ向けて歩き出す。その後ろ姿を追いながら、湊は深く懐にしまった手紙をそっと確かめた。
都の静けさには、言葉にならない力が宿っているようだった。それは、長い年月を経ても失われない記憶――祈りや悲しみ、感謝といった人々の想いがこの場所を守っているかのようだった。
湊は改めて、女神に手紙を届ける使命の重さを感じた。
冷たく透き通る水の中で、都は静かに、そして深く、彼らを受け入れていた。
「湊、次のお仕事だよ! 今度は川の底だって!」
湊は手元の書類を片付けながら顔を上げた。「川の底? 本当にそこに手紙を届けるのか?」
久遠の言葉に呆れ半分で問い返すと、あかりが淡々と頷いた。
「宛先は『水霧の都』の主宰、水の女神よ。手紙の送り主は、水難事故で命を落とした人間の遺族。この手紙には、彼らの感謝の想いが込められているわ。」
あかりが差し出したのは、深い藍色の封筒だった。それはまるで川面のように光を反射している。湊がそれを手に取ると、紙の重さ以上の何か――哀しみや祈り、そして女神への敬意が宿っているように感じられた。
「あの遺族は、女神が亡き者の魂を慰めてくれたと信じている。そして、手紙にはその感謝が綴られているの。」
湊はその言葉に神妙な面持ちで頷き、封筒を懐にしまった。
「川底か。面白そうだな!」
久遠は手を叩き、楽しげに笑った。「水の都にはどんなあやかしがいるんだろう? 綺麗な人魚がいるかもしれない!」
あかりは久遠を睨みつける。「水霧の都は冥府に近い場所。不謹慎なことを言うと、女神の怒りを買うわよ。」
久遠は軽く肩をすくめた。「冗談だってば。でも、確かに楽しみだね。ね、湊?」
湊は苦笑いしながら狐火ランタンを手に取り、翻訳の石を胸に押し当てた。「準備はできた。行こう、あかり。」
夜の帳が降りたころ、三人は川辺に立っていた。深い霧が川面を包み込み、月光が静かに水面を照らしている。川は鏡のように滑らかで、どこか異世界への扉を連想させる静謐な雰囲気を漂わせていた。
「あそこが、水霧の都への入り口よ。」
あかりが静かに告げ、水面をじっと見つめた。彼女の眼差しには、この地が持つ神聖さを見通すかのような深い光が宿っている。
「でも、どうやって川底に行くんだ? まさか、潜るのか?」
湊が不安げに尋ねると、あかりは躊躇なく頷いた。「そうよ。この川の底に、都へ続く道がある。狐火ランタンの封印を解けば、水中でも使えるようになるわ。」
あかりはランタンを掲げ、静かに呪文のような言葉を唱えた。すると、青白い炎が一段と強く輝き、水面へと光の筋を伸ばしていく。その光は水面に波紋を描き、次第に川底へと続く道が浮かび上がった。
「さあ、行くわよ。」
あかりはためらうことなく水中へ足を踏み入れる。その姿は、冷たい水の中で凛と咲く白い花のようだった。
湊は深く息を吸い込み、彼女の後に続く。水は冷たく、まるで身体を切り裂くようだったが、狐火ランタンの光が足元を照らし、ほんの少しだけ安心感を与えてくれた。
「見てよ、湊! ほら、小魚がこんなに!」
水の中ではしゃぐ久遠は、まるで川を泳ぐ狐のように自由だ。彼は小魚たちと戯れ、水の中を楽しそうに回っている。
「久遠、騒ぎすぎないで。ここは異界。何が起こるか分からないわ。」
あかりが冷静に注意するが、久遠はお構いなしだ。その無邪気さに湊は少し気を緩めたが、水圧が彼を容赦なく締めつける感覚が時折胸をざわつかせた。
冷たい水の中を進むと、やがて目の前に広がる風景が一変した。
「ここが……水霧の都。」
湊は息を呑む。それは静寂と神秘が混じり合った空間だった。
水底に広がるその都は、まるで古代の遺跡のようだった。建物の外壁は苔に覆われ、瓦はところどころ崩れている。しかし、それでもなお美しく、どこか哀しげな佇まいを見せている。
淡い光が水の中で揺らめき、都全体を照らしている。それは水霧に包まれた夢の中のような光景だった。
「さあ、女神の元へ行きましょう。」
あかりが静かに言い、都の中心へ向けて歩き出す。その後ろ姿を追いながら、湊は深く懐にしまった手紙をそっと確かめた。
都の静けさには、言葉にならない力が宿っているようだった。それは、長い年月を経ても失われない記憶――祈りや悲しみ、感謝といった人々の想いがこの場所を守っているかのようだった。
湊は改めて、女神に手紙を届ける使命の重さを感じた。
冷たく透き通る水の中で、都は静かに、そして深く、彼らを受け入れていた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
狼神様と生贄の唄巫女 虐げられた盲目の少女は、獣の神に愛される
茶柱まちこ
キャラ文芸
雪深い農村で育った少女・すずは、赤子のころにかけられた呪いによって盲目となり、姉や村人たちに虐いたげられる日々を送っていた。
ある日、すずは村人たちに騙されて生贄にされ、雪山の神社に閉じ込められてしまう。失意の中、絶命寸前の彼女を救ったのは、狼と人間を掛け合わせたような姿の男──村人たちが崇める守護神・大神だった。
呪いを解く代わりに大神のもとで働くことになったすずは、大神やあやかしたちの優しさに触れ、幸せを知っていく──。
神様と盲目少女が紡ぐ、和風恋愛幻想譚。
(旧題:『大神様のお気に入り』)
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
あやかし蔵の管理人
朝比奈 和
キャラ文芸
主人公、小日向 蒼真(こひなた そうま)は高校1年生になったばかり。
親が突然海外に転勤になった関係で、祖母の知り合いの家に居候することになった。
居候相手は有名な小説家で、土地持ちの結月 清人(ゆづき きよと)さん。
人見知りな俺が、普通に会話できるほど優しそうな人だ。
ただ、この居候先の結月邸には、あやかしの世界とつながっている蔵があって―――。
蔵の扉から出入りするあやかしたちとの、ほのぼのしつつちょっと変わった日常のお話。
2018年 8月。あやかし蔵の管理人 書籍発売しました!
※登場妖怪は伝承にアレンジを加えてありますので、ご了承ください。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
これもなにかの縁ですし 〜あやかし縁結びカフェとほっこり焼き物めぐり
枢 呂紅
キャラ文芸
★第5回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました!応援いただきありがとうございます★
大学一年生の春。夢の一人暮らしを始めた鈴だが、毎日謎の不幸が続いていた。
悪運を祓うべく通称:縁結び神社にお参りした鈴は、そこで不思議なイケメンに衝撃の一言を放たれてしまう。
「だって君。悪い縁(えにし)に取り憑かれているもの」
彼に連れて行かれたのは、妖怪だけが集うノスタルジックなカフェ、縁結びカフェ。
そこで鈴は、妖狐と陰陽師を先祖に持つという不思議なイケメン店長・狐月により、自分と縁を結んだ『貧乏神』と対峙するけども……?
人とあやかしの世が別れた時代に、ひとと妖怪、そして店主の趣味のほっこり焼き物が交錯する。
これは、偶然に出会い結ばれたひととあやかしを繋ぐ、優しくあたたかな『縁結び』の物語。
皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜
菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。
まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。
なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに!
この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。
真夜中の仕出し屋さん~料理上手な狛犬様と暮らすことになりました~
椿蛍
キャラ文芸
「結婚するか、化け物屋敷を管理するか」
仕事を辞めた私に、父は二つの選択肢を迫った。
料亭『吉浪』に働いて六年。
挫折し、料理を作れなくなってしまった――
結婚を断り、私が選んだのは、化け物屋敷と父が呼ぶ、亡くなった祖父の家へ行くことだった。
祖父が亡くなって、店は閉まっているはずだったけれど、なぜか店は開いていて――
初出:2024.5.10~
※他サイト様に投稿したものを大幅改稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる