狐火郵便局の手紙配達人

烏龍緑茶

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第7話:「水下に沈む都」

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 狐火郵便局の静けさを破るように、久遠の弾んだ声が響いた。

 「湊、次のお仕事だよ! 今度は川の底だって!」

 湊は手元の書類を片付けながら顔を上げた。「川の底? 本当にそこに手紙を届けるのか?」

 久遠の言葉に呆れ半分で問い返すと、あかりが淡々と頷いた。

 「宛先は『水霧の都』の主宰、水の女神よ。手紙の送り主は、水難事故で命を落とした人間の遺族。この手紙には、彼らの感謝の想いが込められているわ。」

 あかりが差し出したのは、深い藍色の封筒だった。それはまるで川面のように光を反射している。湊がそれを手に取ると、紙の重さ以上の何か――哀しみや祈り、そして女神への敬意が宿っているように感じられた。

 「あの遺族は、女神が亡き者の魂を慰めてくれたと信じている。そして、手紙にはその感謝が綴られているの。」

 湊はその言葉に神妙な面持ちで頷き、封筒を懐にしまった。

 「川底か。面白そうだな!」

 久遠は手を叩き、楽しげに笑った。「水の都にはどんなあやかしがいるんだろう? 綺麗な人魚がいるかもしれない!」

 あかりは久遠を睨みつける。「水霧の都は冥府に近い場所。不謹慎なことを言うと、女神の怒りを買うわよ。」

 久遠は軽く肩をすくめた。「冗談だってば。でも、確かに楽しみだね。ね、湊?」

 湊は苦笑いしながら狐火ランタンを手に取り、翻訳の石を胸に押し当てた。「準備はできた。行こう、あかり。」

 夜の帳が降りたころ、三人は川辺に立っていた。深い霧が川面を包み込み、月光が静かに水面を照らしている。川は鏡のように滑らかで、どこか異世界への扉を連想させる静謐な雰囲気を漂わせていた。

 「あそこが、水霧の都への入り口よ。」

 あかりが静かに告げ、水面をじっと見つめた。彼女の眼差しには、この地が持つ神聖さを見通すかのような深い光が宿っている。

 「でも、どうやって川底に行くんだ? まさか、潜るのか?」

 湊が不安げに尋ねると、あかりは躊躇なく頷いた。「そうよ。この川の底に、都へ続く道がある。狐火ランタンの封印を解けば、水中でも使えるようになるわ。」

 あかりはランタンを掲げ、静かに呪文のような言葉を唱えた。すると、青白い炎が一段と強く輝き、水面へと光の筋を伸ばしていく。その光は水面に波紋を描き、次第に川底へと続く道が浮かび上がった。

 「さあ、行くわよ。」

 あかりはためらうことなく水中へ足を踏み入れる。その姿は、冷たい水の中で凛と咲く白い花のようだった。

 湊は深く息を吸い込み、彼女の後に続く。水は冷たく、まるで身体を切り裂くようだったが、狐火ランタンの光が足元を照らし、ほんの少しだけ安心感を与えてくれた。

 「見てよ、湊! ほら、小魚がこんなに!」

 水の中ではしゃぐ久遠は、まるで川を泳ぐ狐のように自由だ。彼は小魚たちと戯れ、水の中を楽しそうに回っている。

 「久遠、騒ぎすぎないで。ここは異界。何が起こるか分からないわ。」

 あかりが冷静に注意するが、久遠はお構いなしだ。その無邪気さに湊は少し気を緩めたが、水圧が彼を容赦なく締めつける感覚が時折胸をざわつかせた。

 冷たい水の中を進むと、やがて目の前に広がる風景が一変した。

 「ここが……水霧の都。」

 湊は息を呑む。それは静寂と神秘が混じり合った空間だった。

 水底に広がるその都は、まるで古代の遺跡のようだった。建物の外壁は苔に覆われ、瓦はところどころ崩れている。しかし、それでもなお美しく、どこか哀しげな佇まいを見せている。

 淡い光が水の中で揺らめき、都全体を照らしている。それは水霧に包まれた夢の中のような光景だった。

 「さあ、女神の元へ行きましょう。」

 あかりが静かに言い、都の中心へ向けて歩き出す。その後ろ姿を追いながら、湊は深く懐にしまった手紙をそっと確かめた。

 都の静けさには、言葉にならない力が宿っているようだった。それは、長い年月を経ても失われない記憶――祈りや悲しみ、感謝といった人々の想いがこの場所を守っているかのようだった。

 湊は改めて、女神に手紙を届ける使命の重さを感じた。

 冷たく透き通る水の中で、都は静かに、そして深く、彼らを受け入れていた。
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