狐火郵便局の手紙配達人

烏龍緑茶

文字の大きさ
上 下
6 / 30

第6話:「戻りし青白き光」

しおりを挟む
 浮遊庭園での任務を終え、湊とあかりは「風の道」を戻っていた。行きのときは足がすくんで震えていたが、今は不思議と恐怖が薄れている。風の渦が足元を撫でるたび、心が澄んでいくような感覚に包まれた。

 (俺、少しだけ成長できたのかもしれない。)

 湊は思った。配達人としての務めは、ただ手紙を運ぶだけではないのだろう。これは、自分自身を試し、乗り越えていく旅でもあるのだ――そんな確信が胸に灯った。

 狐火郵便局へ戻ると、久遠が待ち構えていた。

 「おかえり! おお、やるじゃん。高所が怖い人間のくせに、よくまあ成功したね!」

 久遠は飛び跳ねるように笑う。その無邪気な表情に、湊は苦笑しながら肩をすくめた。

 「まあ……怖かったけど、なんとかやり遂げたよ。」

 その言葉には、自分でも少し誇らしさが混じっているのを感じた。

 棚を整理しているあかりは、特に褒めることも叱ることもない。ただ静かに仕事を続けている。だが、その背中からはどこか満足したような空気が漂っていた。湊にはそれだけで十分だった。

 「でも、これからが本番だよ。」

 久遠が指差した先に、山積みになった手紙が並んでいる。色とりどりの封筒が目に飛び込んでくる。漆黒の封筒に銀の紋様が浮かび上がったもの、桜の花びらのように柔らかな色合いのもの、奇妙な模様が刻まれた厚紙のようなもの……どれも人間界では見たことのないデザインだ。

 宛名も異様だった。「鬼火」「河童」「雪女」「蜘蛛の巣姫」――どれもあやかしの名ばかりで、人間の名前は一つもない。

 湊はその光景にしばし呆然と立ち尽くした。

 (こんなにもたくさんの依頼が……こんなにも、人間とあやかしの間に届けられる想いがあるのか。)

 だが、その思いと同時に、胸の奥に湧き上がる小さな決意も感じる。この手紙たちを届けることで、自分は人間とあやかしを繋ぐ役割を果たせるのだ。湊はその事実に、どこか誇らしさを覚えた。

 外を見ると、郵便局の局舎は夜霧の中で青白い光を放ちながら、まるで夢のように揺れている。

 狐火ランタンの光は静かに揺らめき、この場所が異界への入り口であり、人間界とあやかし界を結ぶ接点であることを物語っていた。

 湊は肩の力を抜いて深呼吸をした。そして、翻訳の石を懐に確かめ、狐火ランタンを見上げる。

 「よし、次の手紙を受け取ろう。」

 彼はあかりと久遠に向かって静かに微笑んだ。「俺はもう、逃げ出したりしない。」

 久遠は悪戯っぽい笑みを浮かべ、「それは頼もしいね」と言った。あかりはほんの僅かに頷き返す。その仕草は、湊にとって何よりの答えだった。

 局内には次々と新たな依頼が舞い込んでいる。

 こうして湊は、正式に「あやかし郵便配達人」としての道を歩み出した。手紙は人の想いを運び、想いはやがて世界を変える力となる。

 夜はまだ深い。霧はなお濃く、狐火の光が微かに揺れる。

 だが、この局がここにある限り、人間とあやかしを繋ぐ物語は続いていく。湊は、その物語の一部になったことを、心底頼もしく感じていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

彼が愛した王女はもういない

黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
シュリは子供の頃からずっと、年上のカイゼルに片想いをしてきた。彼はいつも優しく、まるで宝物のように大切にしてくれた。ただ、シュリの想いには応えてくれず、「もう少し大きくなったらな」と、はぐらかした。月日は流れ、シュリは大人になった。ようやく彼と結ばれる身体になれたと喜んだのも束の間、騎士になっていた彼は護衛を務めていた王女に恋をしていた。シュリは胸を痛めたが、彼の幸せを優先しようと、何も言わずに去る事に決めた。 どちらも叶わない恋をした――はずだった。 ※関連作がありますが、これのみで読めます。 ※全11話です。

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

婚約者の番

毛蟹葵葉
恋愛
私の婚約者は、獅子の獣人だ。 大切にされる日々を過ごして、私はある日1番恐れていた事が起こってしまった。 「彼を譲ってくれない?」 とうとう彼の番が現れてしまった。

何もできない王妃と言うのなら、出て行くことにします

天宮有
恋愛
国王ドスラは、王妃の私エルノアの魔法により国が守られていると信じていなかった。 側妃の発言を聞き「何もできない王妃」と言い出すようになり、私は城の人達から蔑まれてしまう。 それなら国から出て行くことにして――その後ドスラは、後悔するようになっていた。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

処理中です...