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元治元年

池田屋事件(弐)

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 元治元年6月5日、夜。

 その日の午後に捕縛された、枡屋 喜右衛門と名を偽っていた長州間者、古高 俊太郎の自白により、尊王攘夷派志士による京の焼き討ち計画、及び天子様誘拐計画が発覚した。

 それを受けて、新選組は彼らの潜伏場所を襲撃し、京の治安を守るために出動した。戌の刻(20時ぐらい)のことだった。

(大丈夫なのかね?あの少人数で)

 どうせ屯所で留守番だけど、せめて見送りぐらいしようと屯所出入り口で出動する彼らを見送りながら、私は思った。

 だって、本命の池田屋に行く近藤さんの隊なんか10人だよ?四国屋方面の土方さんの隊だって24人だし、確かに史実通りだけど、本当に大丈夫なの?

 ちなみにおおっぴらに史実改変しちゃうとまずい気がするから、本命が池田屋であることを土方さんたちには伝えていません。

『言ってもはじまらんだろう。倒れてる隊士やら、脱走した隊士やらが多いのだから、仕方ないことじゃ』

 確かこの頃、食あたりで腹を壊している隊士さんが続出してるんだった。どうせ夏場で腐りかけた食材を、適当に調理して食べたんだろう。

 ある意味では自業自得と言えなくもないが。

 私は味覚ないし、病気してもすぐ治るから全然気にしてなかったけど。

(さて、みんな行っちゃったし、私はどうしようかな?)

 自室に戻ってもいいが、一回大広間に行こうかしら。屯所守備組の山南さんか山??さんぐらいはいるかもしれない。

 大広間を覗いてみると、そこには山南さんがいた。山南さんの方も私に気づき、ちょいちょいと手招きをしてきた。

 逆らう理由もないし、私は大人しく山南さんの隣まで歩いて行った。

『山南は何も語ってないが、大方守るなら目のつく場所にいてくれた方が都合が良いのじゃろう』
(ほう、なるほど)

 ただの居候なのに、一応守備対象には入ってるんだね。まあ、巻き込むくらいならここを脱走しますけどね。




 そのまま2・3時間は大広間で待機していたような気がする。そろそろ亥の刻(22時ぐらい)になるかな?

 池田屋に向かった近藤さんたちはもう突入したのだろうか?史実では亥の刻に突入してたんけど。

 その前に10人で20数人の志士相手にして大丈夫なのか?やっぱり本命は池田屋って言うべきだった?

(あああ、落ち着かなーい)
『いいから大人しく待っておれ』

 私が一人でグダグダ考えていると、どこからともなく黒ずくめの山??さんが現れた。そういえば初対面の時も、山??さんは黒ずくめだった。

 なんか、忍者みたいだな。

 とか思っても黙っててあげよう。

 山??さんと山南さんは何か会話をしていたが、やがて山南さんの表情が険しくなった。おっとこれは………?

『本命は池田屋だそうだ』

 やっぱり。

 そのまま見守っていると、話し合いのような空気だった山南さんと山??さんが、なぜか突然言い合いのようなビリビリした空気を醸し出した。

 なにやってんの?とか思っても突っ込まないでおこう。

 やがて山??さんの方が負けたらしく、不本意だが仕方が無い、という顔の状態で大広間を出て行った。

 残された山南さんはというと、なぜか短冊と筆と墨を取り出して、何か書いている。こんな時に俳句?ってそんなわけないか。

 書き終えると山南さんは筆を置き、またまたなぜか短冊を持って私の方にやってきた。そして手に持っていた短冊を私に差し出した。

(はい?なんですか、これ)
『いいから立て。お主に仕事じゃ』
(へ?仕事?)

 短冊を受け取って、そこに書いてある文字を読んでみた。そこには簡潔な一文だけが書いてあった。

 "本命は池田屋"

 それだけで、私は自分が何をするべきなのかを悟った。

(これを、四国屋にいる土方さんに届けてこいってことね)
『うむ、そうじゃ。山??と一緒に行くことになっているらしい』
(なるほど。一人より二人の方が確実ってことね)

 真っ正面にいる山南さんに向かってしっかりと頷き、私は大広間を出る。隊士じゃない私に伝令を頼むとか、どんだけ人手が足りてないんだ。

 衣食住を保証してもらってるんだし、働く時にはちゃんとお役目を果たそう。それがかくまってくれてることに対する恩ってものだ。

 屯所の外に出ると、そこでは山??さんが待っていた。私が持っている短冊を見て山??さんは頷き、そのまま身を翻して駆けて行った。私もその後ろ姿を追う。




 この日の行動が、私の運命を大きく動かすことになるのを、今の私はまだ知らなかった。
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