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元治元年
それぞれの困惑(肆)
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藤堂 平助は目の前の彼を見て呆然としていた。
今さっき、山崎が血まみれの少年を一人連れて広間に入ってきた。
その少年は、浅葱色の上着を着て灰色の袴を履いている。右脇には荷物らしき包み、左脇には三毛猫がお座りしている。
それだけならここまで驚きやしない。だがこの少年は、平助にとっては忘れられない人物だった。
発端は今日の昼間だった。
この日は、平助の八番組が昼の巡察を担当していた。巡察は何度もやっていたから、特に滞りもなく八番組は市中に出た。
昼の巡察は夜の巡察に比べて格段に危険度が低い。不逞浪士の取り締まりはもちろんだが、昼の街で起こる騒ぎといったら食い逃げ、強盗、店舗荒らしぐらいだ。
まあ、楽な仕事とは言わないが、辻斬りや過激な浪士たちが行動する夜の街の巡察よりは楽だろう。
八月十八日の政変から半年ぐらいが経過しているが、未だに京には長州の残党が潜伏している。街は平和のように見えるが、気を緩めることはできない。
「組長、こっちには異常はないようです」
「よし。じゃあ今度はこっちへ行こう」
「「「はい」」」
こっちの通りではいざこざがなかったのなら、さっさと次に行かないと市中を回りきれない。
隊士たちも平助も、新選組の隊服である浅葱色の羽織を着ている。その浅葱色を目にした瞬間、人々は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
京の治安を守るために生まれた新選組が、京の人々に恐れられているとは、皮肉なものだ。
そうやって人々が両脇に避難した通りを歩いていると、前方に一人の人間が現れた。
浅葱色がひらめいた時は、一瞬隊士かと思った。
新選組が畏怖の象徴となっている今、なんのためらいもなく浅葱色の集団の前に出られる人間は隊内の奴らか、こっちの内情を知る人間ぐらいだからだ。
現れたのは、浅葱色の上着を着て、編笠を深くかぶった少年だった。道を横断しようとしているのか、新選組がいることにも気づかずに通りを横切ろうとしている。
そのまま横切ってしまえば、こちらも何も気にしなかったんだが、少年は何を思ったのか、道の真ん中で立ち止まった。
おかげでこっちも行く先を塞がれて一緒に立ち止まらないといけなかった。
少年は、編笠の下からこっちを見てきた。
交差は一瞬だった。
少年はすぐに平助から目線を外し、少し奇妙な動きで道の脇にどいた。八番組も、しばらく彼を見ていたが、やがて巡察に戻る。
しかし平助の頭には少年の顔が焼き付いた。
見えたのは、一瞬だけ。だけどそれは少年の顔があり得ないほど美しい顔をしていたことを認識するには十分すぎる時間だった。
その少年が、なぜ………ここにいる?
今さっき、山崎が血まみれの少年を一人連れて広間に入ってきた。
その少年は、浅葱色の上着を着て灰色の袴を履いている。右脇には荷物らしき包み、左脇には三毛猫がお座りしている。
それだけならここまで驚きやしない。だがこの少年は、平助にとっては忘れられない人物だった。
発端は今日の昼間だった。
この日は、平助の八番組が昼の巡察を担当していた。巡察は何度もやっていたから、特に滞りもなく八番組は市中に出た。
昼の巡察は夜の巡察に比べて格段に危険度が低い。不逞浪士の取り締まりはもちろんだが、昼の街で起こる騒ぎといったら食い逃げ、強盗、店舗荒らしぐらいだ。
まあ、楽な仕事とは言わないが、辻斬りや過激な浪士たちが行動する夜の街の巡察よりは楽だろう。
八月十八日の政変から半年ぐらいが経過しているが、未だに京には長州の残党が潜伏している。街は平和のように見えるが、気を緩めることはできない。
「組長、こっちには異常はないようです」
「よし。じゃあ今度はこっちへ行こう」
「「「はい」」」
こっちの通りではいざこざがなかったのなら、さっさと次に行かないと市中を回りきれない。
隊士たちも平助も、新選組の隊服である浅葱色の羽織を着ている。その浅葱色を目にした瞬間、人々は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
京の治安を守るために生まれた新選組が、京の人々に恐れられているとは、皮肉なものだ。
そうやって人々が両脇に避難した通りを歩いていると、前方に一人の人間が現れた。
浅葱色がひらめいた時は、一瞬隊士かと思った。
新選組が畏怖の象徴となっている今、なんのためらいもなく浅葱色の集団の前に出られる人間は隊内の奴らか、こっちの内情を知る人間ぐらいだからだ。
現れたのは、浅葱色の上着を着て、編笠を深くかぶった少年だった。道を横断しようとしているのか、新選組がいることにも気づかずに通りを横切ろうとしている。
そのまま横切ってしまえば、こちらも何も気にしなかったんだが、少年は何を思ったのか、道の真ん中で立ち止まった。
おかげでこっちも行く先を塞がれて一緒に立ち止まらないといけなかった。
少年は、編笠の下からこっちを見てきた。
交差は一瞬だった。
少年はすぐに平助から目線を外し、少し奇妙な動きで道の脇にどいた。八番組も、しばらく彼を見ていたが、やがて巡察に戻る。
しかし平助の頭には少年の顔が焼き付いた。
見えたのは、一瞬だけ。だけどそれは少年の顔があり得ないほど美しい顔をしていたことを認識するには十分すぎる時間だった。
その少年が、なぜ………ここにいる?
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