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文久3年

岩城升屋事件ってなんだっけ?(肆)

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 お涼さんから康順先生の伝言をもらい、私は傷薬を届けるために立ち上がる。

 私の作るオリジナルの薬はもともと量はないし、昨日で階下にある備蓄はちょうど切らしてしまったのだ。

 いつもは先生が自分で受け取りにくるが、それがないってことは、よほど患者の治療で手が離せないのかな?

(ほむろー、一緒について来てー)
『うむ、わかっておる』

 ほむろにふすまを開けてもらい、私は薬を持って部屋を出る。

 この一ヶ月で家の構造にはだいたい慣れたが、念のために風読みの術を発動する。

 階段は今でもやっぱり慎重に降りる。

 足の裏というか皮膚の感覚がないから、段差とはもう怖くて怖くて。

 未だに10段ぐらいの階段を降りるのに10分ぐらいかかっている。視力よ早く戻ってこい!

(ところで私はどこに行けばいいんだ?)
『診察室へ行けば良いのでは?傷薬を所望ということは、それを必要とする患者がいるからじゃろう』
(なるほど、そうだね。えっと……診察室は確か、こっちの方角にあったはず)

 目が見えないから診察室がある方向を確かめ、私は移動を開始する。多分、今廊下を歩いていると思う。

『玄関に差し掛かったぞ。人は………いないようじゃ』
(了解)

 家の中は空気の入れ替えをしない限り、空気が重くなりがちだけど、どうりでこの辺りの空気は軽いと思ったわ。

 玄関だったらいつも空気の交換ができてるもんね。

『草履が二足あるぞ。患者のかのう?』
(さあ?そうなんじゃない?私が薬を届けにいくってことは、それを使う人がいるってことでしょ?)

 今更だが、私の作るオリジナルの薬は効果がこっちの世界の傷薬よりいいらしい。だから深刻な怪我をしている人の治療に用いられている。

 その傷薬を所望しているということは、それなりにひどい怪我をしているのだろう、その患者さんは。

 玄関があると思われる場所を通り過ぎ、診察室のある廊下にやってくる。この廊下には診察室以外の部屋はないから、間違えることはない。

(ほむろ、ふすまを開けてくれる?)
『うむ。少し待っておれ』

 ほむろがふすまを開けるまで、私は風読みの術で周囲の空気の流れを探る。こうしないと、目が見えない私は自分の周辺の出来事を把握できないのです。

 しばらくすると、ちょうど前方に、新しい空気の流れが生まれた。

 部屋のふすまが開いて、廊下の空気が部屋に流れ込んだか、室内の空気が廊下に流れ出たかして、気流が動いたからだろう。

 私は診察室にはいるために一歩前に踏み出す。




 ここで絶対、こけてはいけない。
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