上 下
6 / 45
1章 スタジオカメラマンと報道カメラマン

スタジオカメラマンと報道カメラマン 3

しおりを挟む
「プランを出すって、どういうことですか?」
 社長は考えるような表情をして、持っていたマグカップを指の腹でぽんぽんと叩いた。
「そうねえ。紫子はまだ来そうもないし、簡単に仕事内容の説明をしておこうか」
「お願いします」
 どこから話そうかな、と言いながら、社長は立ち上がって、ラックにある雑誌を何冊も抱えて戻ってきた。
「うちは編集プロダクションだから、依頼があればどの媒体でも受けるけど、競合する雑誌は掛け持ちしないって、暗黙のルールがあるの」
「競合する雑誌?」
「女性週刊誌がわかりやすいわね。明確に、三誌しかないから」
 社長は『週刊女性』『女性自身』『女性セブン』を机に並べた。
「写真週刊誌も、廃刊やら休刊やらで、今はこの二誌」
『FRIDAY』『FLASH』が机に置かれる。
「層が厚いのは一般週刊誌で、この辺りが有名ね」
 最後に『週刊新潮』『週刊文春』『週刊現代』『週刊ポスト』が机に並ぶ。
「で、うちはそれぞれ、発行部数が一番多い媒体とやってます。ギャランティがいいからね」
 社長はにっこりと微笑んで、指でお金のマークを作った。さすが経営者。
「まあ、ネタが没になったら、こっそり競合に流すこともあるんだけど」
 ルールはどうした。
「基本的にどんな内容でも受けるけど、この辺りを担当することが多いわね」
 社長は、表紙から数ページあるカラーページと、その後に続くモノクロページをつまんで見せた。
「週刊誌って、二つ折りの紙を重ねて、中央がステッチでとまってるでしょ。その部分をノドっていうんだけど。こういう製本方法を、中綴じっていうの」
 百ページの本だとしたら、中間の五十ページと五十一ページの間が、ホッチキスでとまっている感じだ。
「週刊誌の場合はステッチが見える内側のページから刷り始めるのよ」
 つまりさっきの例の、五十ページと五十一ページの見開きから刷るということだ。
 社長は、雑誌の真ん中のページを開いた。ラーメン特集の見開きだった。
「たとえば、水曜日発売の週刊誌があるとするわね。一番内側、この雑誌でいうとラーメン特集は、発売日の一週間前の水曜日が校了日」
 校了というのは、完成原稿の修正がすべて反映されて、印刷可能な状態になることだそうだ。
「もう少し外側のページはその翌日、更に外側のページは翌々日に校了して、どんどんと刷っていく。つまり、表紙に近づくほど、後から刷っているってわけ。そして表紙・裏表紙が一番最後で、刷り終ったら製本するわけね。全ページを一気に刷ろうとすると時間がかかって、旬な話題を入れながら全国に届けられないでしょ」
「なるほど。だから事件やスキャンダルのようなホットな話題は、雑誌の外側、一番前か一番後ろに載るんですね。ニュース性の高い記事は最後に刷っているから」
 手前にある雑誌をめくりながら俺は言った。
「そうよ。澄生くんは飲みこみが早いわね」
 社長はうなずいた。
 内側の記事は、一、二週間遅れて掲載されたとしても問題がなさそうな実用的な話とか、連載小説や漫画、コラムが多い。でも外側のページは、目玉になるようなグラビア写真もあるけれど、直近の会見や事件、スクープが掲載されている。
 そういう目で見ると、すべての週刊誌が同じような構成になっているから面白い。
「水曜日発売だとして、この巻頭カラーページ、何曜日に校了すると思う?」
「えっと、内側の一番ゆっくり刷れる記事が、一週間前の水曜日って言ってたから……土曜日くらい?」
 土曜日でも、発売日まで四日しかない。
「ハズレ。答えは月曜日。しかも夜」
「月曜日? それで翌々日に書店で発売できるんですか?」
「できるの。しかも翌日の火曜日には編集部に見本誌が届くんだから驚きよね」
「それは……、早すぎて怖いくらいですね」
 テレビドラマで、栄養ドリンクを飲みながら血眼になって、徹夜だなんだと大騒ぎしている雑誌の編集部が描かれたりしているけど、こんなスケジュールでは無理もない。
「で、あなたは紫子と組んで、巻頭カラーになるようなスクープを撮りまくってほしいわけよ。そこで雑誌の売り上げも変わるんだから、いわば花形のページ枠なのよ」
 そういう話に繋がるわけか。
 さっき質問したプランというのは、記事になりそうなネタを提出することだった。つまり、さっき社長が読み上げた見出しのような、著名人の裏情報だ。
 プラン料も支払うと言われたが、毎週五つはネタを出すようにと言われて、今から出せるか心配になる。
「遅れてごめん、会見が押しちゃって」
 ドアが開く音と共に、空気の軌道が出来たのか、爽やかな風が部屋を吹き抜けた。
そんな風にも似た凛とした声に振り返ると、スタイルのいい女性が、胸まであるウェーブのかかった栗色の髪をなびかせながら立っていた。
 大きな瞳はアイメイクのせいかつり気味で、瞬きをすると風が起こりそうなくらい睫毛が長い。鼻梁はスッと通っていて、適度に厚みのある唇は果実のように潤っていた。
 白いYシャツに黒いパンツとローヒールというシンプルな服装が、オーダーメイドのように似合っている。
 俺は撮影スタジオにいたので、モデルやグラビアアイドルなどは見慣れているけれど、こんな美人は見たことがなかった。
 この人がエース記者だという、佐藤紫子さんだろう。
 イメージしていた、鬼のようなキャリアウーマン像が消え去った。
「佐藤澄生です。澄み渡るという字に、生きるで、スミオです」
 俺は立ち上がってあいさつをした。
「あなたがカメラマン志望の」
 紫子さんは俺の前で細い腕を組み、査定でもするかのように、上から下まで俺を見た。
「休みがないし、深夜だろうと朝方だろうと稼働するけど、大丈夫?」
 休みはないのか。
 一瞬ひるみそうになったが、スタジオを辞めている俺に引き返す道はない。
「頑張ります」
「そう。じゃあ、一緒にやりましょう」
 紫子さんはニッと口角を上げて、俺に手を差し出した。「よろしくお願いします」と言いながら握ったその手は、心配になるくらい華奢で冷たかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

処理中です...