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陽菜乃 合宿二日目 昼
陽菜乃 合宿二日目 昼 その6
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荷物は男女に別れて確認することで落ち着いた。
狼煙を絶やさないため、初めに女性が屋敷に戻り、その後男性と交代して、荷物の確認をした。
結果として、荷物に脅迫文のようなプリントはなく、特に怪しい道具も見つからなかった。
「気持ちが悪い。あたしはもう部屋に戻る。夕食もいらないから気にしないでね。むしろ誰も来ないで」
そう言った奈月を含め、ほとんどが部屋に戻ってしまった。この場に残ったのは、陽菜乃とクリスだけだ。
「こういう時は、全員一緒にいたほうがいいと思うんだけど」
陽菜乃は白い煙を見ながら、独り言のように言った。一人ずつ欠けていく物語は、だいたいが単独行動時を狙われるのだ。
風は一向に吹きやまない。
煙が流れてしまってあまり意味がないかもしれないが、陽菜乃はせっかくなので暗くなるまで狼煙を上げていようと思っていた。誰かに気付いてもらえる可能性があるなら、やるしかない。
こんなところからは一秒でも早く離れたいのだ。
「仕方がありません。みんな不安なのでしょう」
クリスは狼煙グループが集めていた枝を火にくべた。バチバチと弾ける音が鳴る。
「わたしたちのうちの、誰かがキャロルを殺したのです。そして今夜、もう一人殺そうとしています」
陽菜乃はうなずいた。
「恐ろしいのは、おそらくキャロルと今夜殺されるであろうもう一人は、復讐したい相手への見せしめだということです。仲間のうちから罪もない二人を殺してしまえるくらい、その相手を憎んでいるということでしょう」
クリスは形のいい頬に手を当てて陽菜乃を見た。
「心当たりはありますか?」
陽菜乃は眉間にしわを寄せる。
「そんなの、わかるわけないじゃない」
「そうですよね」
風に流れる煙の先を見ながら、クリスはライトブラウンの瞳を細めた。金色の髪が揺れる。
「わたしは、和樹を理不尽に失うことがあれば、この犯人と同じことができるかもしれません」
「親友、か……」
しばらく二人で狼煙を見守っていたが、あたりが暗くなってきたので諦めて火を消した。
「ヘリコプターも飛んでいなかったし、狼煙に気付いた人はいないだろうね」
陽菜乃は残念そうに呟いてクリスを見上げた。
「橋を見てから戻りたいんだけど、クリスも付き合ってもらっていい? 一人じゃ危ないかなと思って」
「お付き合いしますが、わたしが犯人だったらどうするのですか?」
クリスが苦笑した。
「クリスみたいな真面目人間が人を殺せるわけないでしょ。和樹は生きてるしね」
陽菜乃は冗談を言ってみた。
キャロルが生きている可能性を考えた時はクリスを疑った。それは狂言を疑ったのであって、殺人を犯したとは思っていない。クリスに殺人は似合わない。
「では、陽菜乃は誰が犯人だと思っているのですか?」
「……誰だろうね」
陽菜乃たちは切断された吊り橋のたもとに到着した。声を張らないと渓流の音でかき消されてしまう。
「案外、真面目な人ほど怖いのかも」
向こう岸から垂れ下がっている吊り橋の端は川に浸かっていて、流れに揺れていた。距離がありすぎて、自力で橋をどうにかできるものではない。方法があるのなら、龍之介か蒼一あたりがとっくに気づいているだろう。
向こう岸の左側は行き止まり、右側は山を下る道になっていて、陽菜乃たちが乗ってきた車は右側の駐車場に停めてあるのだが、森林が深くて見えなかった。
「ふもとの人が山野草摘みとかに来てくれたらいいのに」
「そうですね。陽菜乃、暗くなってきましたよ。そろそろ戻りましょう」
陽菜乃はうなずいた。
なんということはない、陽菜乃は少しでも屋敷から離れていたかったのだ。
戻った屋敷は静まり返っていた。
共有スペースは明かりがついていたが、抑えられた照明で淡くアンティーク家具が浮かび上がり、不気味に感じる。くすんだ赤い絨毯は、キャロルの部屋を彷彿とさせた。
陽菜乃の精神状態が、見るものすべて恐ろしく映してしまうのだろう。
「私も休むことにするね」
クリスと別れて、陽菜乃は部屋に戻った。ドアも窓も鍵が閉まっていることを確認する。
陽菜乃はベッドに寝転んだ。
疲れた。
疲れているのに緊張状態が続いていて眠気はない。それでも、少しでも身体を癒そうと横になっておく。
奈月ではないが、本当に森林を燃やしてでもここから出たい気分だ。
向こう岸にさえ火が飛ばないように気を付ければ、構わないのではないか。殺人予告があったのだから。
「でも、今日は風が強い……」
山火事になることと仲間の命と、どちらが大事だというのだろう。
「もう、誰にも死んでほしくない」
やっぱり全員で夜を明かした方がいいと思う。精神的には疲弊するだろうが、お互いを監視し合うのが一番安全なはずだ。
しばらく迷ったが、みんなを集めることにした。
狼煙を絶やさないため、初めに女性が屋敷に戻り、その後男性と交代して、荷物の確認をした。
結果として、荷物に脅迫文のようなプリントはなく、特に怪しい道具も見つからなかった。
「気持ちが悪い。あたしはもう部屋に戻る。夕食もいらないから気にしないでね。むしろ誰も来ないで」
そう言った奈月を含め、ほとんどが部屋に戻ってしまった。この場に残ったのは、陽菜乃とクリスだけだ。
「こういう時は、全員一緒にいたほうがいいと思うんだけど」
陽菜乃は白い煙を見ながら、独り言のように言った。一人ずつ欠けていく物語は、だいたいが単独行動時を狙われるのだ。
風は一向に吹きやまない。
煙が流れてしまってあまり意味がないかもしれないが、陽菜乃はせっかくなので暗くなるまで狼煙を上げていようと思っていた。誰かに気付いてもらえる可能性があるなら、やるしかない。
こんなところからは一秒でも早く離れたいのだ。
「仕方がありません。みんな不安なのでしょう」
クリスは狼煙グループが集めていた枝を火にくべた。バチバチと弾ける音が鳴る。
「わたしたちのうちの、誰かがキャロルを殺したのです。そして今夜、もう一人殺そうとしています」
陽菜乃はうなずいた。
「恐ろしいのは、おそらくキャロルと今夜殺されるであろうもう一人は、復讐したい相手への見せしめだということです。仲間のうちから罪もない二人を殺してしまえるくらい、その相手を憎んでいるということでしょう」
クリスは形のいい頬に手を当てて陽菜乃を見た。
「心当たりはありますか?」
陽菜乃は眉間にしわを寄せる。
「そんなの、わかるわけないじゃない」
「そうですよね」
風に流れる煙の先を見ながら、クリスはライトブラウンの瞳を細めた。金色の髪が揺れる。
「わたしは、和樹を理不尽に失うことがあれば、この犯人と同じことができるかもしれません」
「親友、か……」
しばらく二人で狼煙を見守っていたが、あたりが暗くなってきたので諦めて火を消した。
「ヘリコプターも飛んでいなかったし、狼煙に気付いた人はいないだろうね」
陽菜乃は残念そうに呟いてクリスを見上げた。
「橋を見てから戻りたいんだけど、クリスも付き合ってもらっていい? 一人じゃ危ないかなと思って」
「お付き合いしますが、わたしが犯人だったらどうするのですか?」
クリスが苦笑した。
「クリスみたいな真面目人間が人を殺せるわけないでしょ。和樹は生きてるしね」
陽菜乃は冗談を言ってみた。
キャロルが生きている可能性を考えた時はクリスを疑った。それは狂言を疑ったのであって、殺人を犯したとは思っていない。クリスに殺人は似合わない。
「では、陽菜乃は誰が犯人だと思っているのですか?」
「……誰だろうね」
陽菜乃たちは切断された吊り橋のたもとに到着した。声を張らないと渓流の音でかき消されてしまう。
「案外、真面目な人ほど怖いのかも」
向こう岸から垂れ下がっている吊り橋の端は川に浸かっていて、流れに揺れていた。距離がありすぎて、自力で橋をどうにかできるものではない。方法があるのなら、龍之介か蒼一あたりがとっくに気づいているだろう。
向こう岸の左側は行き止まり、右側は山を下る道になっていて、陽菜乃たちが乗ってきた車は右側の駐車場に停めてあるのだが、森林が深くて見えなかった。
「ふもとの人が山野草摘みとかに来てくれたらいいのに」
「そうですね。陽菜乃、暗くなってきましたよ。そろそろ戻りましょう」
陽菜乃はうなずいた。
なんということはない、陽菜乃は少しでも屋敷から離れていたかったのだ。
戻った屋敷は静まり返っていた。
共有スペースは明かりがついていたが、抑えられた照明で淡くアンティーク家具が浮かび上がり、不気味に感じる。くすんだ赤い絨毯は、キャロルの部屋を彷彿とさせた。
陽菜乃の精神状態が、見るものすべて恐ろしく映してしまうのだろう。
「私も休むことにするね」
クリスと別れて、陽菜乃は部屋に戻った。ドアも窓も鍵が閉まっていることを確認する。
陽菜乃はベッドに寝転んだ。
疲れた。
疲れているのに緊張状態が続いていて眠気はない。それでも、少しでも身体を癒そうと横になっておく。
奈月ではないが、本当に森林を燃やしてでもここから出たい気分だ。
向こう岸にさえ火が飛ばないように気を付ければ、構わないのではないか。殺人予告があったのだから。
「でも、今日は風が強い……」
山火事になることと仲間の命と、どちらが大事だというのだろう。
「もう、誰にも死んでほしくない」
やっぱり全員で夜を明かした方がいいと思う。精神的には疲弊するだろうが、お互いを監視し合うのが一番安全なはずだ。
しばらく迷ったが、みんなを集めることにした。
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