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8 思いがけない再会
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「よかったね、タカシくん」
わたしは家族三人そろった後ろ姿を、うらやましく思いながら見送った。
お父さん、お母さん。
幽霊でいいから、わたしも会いたいよ。
幼いころに突然失ったお父さんたちを思い出して、涙が込み上げてきた。
「どうした、スズ香」
気づいたら、龍司が心配そうにこっちを見ていた。わたしはぷるぷると首を振って、笑顔をつくる。
「なんでもないよっ」
「なんでもないって顔じゃなかったけど」
「ほっとして、気がゆるんでただけ」
「なら、いいけどさ」
まだ龍司はあやしんでいるみたいなので、わたしは元気に声を張り上げた。
「一時はどうなるかと思ったよね! 龍司が助けてくれたおかげだよ。これにて一件落着!」
「これで、おばけトンネルから心霊現象はなくなりそうだな」
わたしと龍司はそう言いながら、神使たちに地面におろしてもらった。
《スズ香》
女性の声に呼ばれた。
「シロガネ、呼んだ?」
《ワタシじゃないわ》
あれ、じゃあ、誰だろう?
わたしは周囲を見回した。
そして、息が詰まって、動けなくなった。
《久しぶりだね、スズ香》
《こんなに大きくなって》
少し離れた場所から、二人のシルエットが近づいてくる。
……これは本当に現実なの?
こんなことって……。
「お父さんと、お母さん、なの?」
《そうよ。あらやだ、忘れちゃった?》
《しかたがないさ、五年も経っているんだからね》
髪が長くて、清楚で美人なお母さん。
背が高くて、神職姿が似合うお父さん。
穏やかな笑顔を浮かべた二人は、わたしの記憶どおりの姿だった。
忘れるわけない。思い出さなかった日なんて一日もない。
わたしは走って、二人に抱きついた。
「お父さん! お母さん!」
目を開いていられないくらい、あとからあとから、涙があふれてくる。
「どうして会いに来てくれなかったの? わたし、ずっと待ってたんだよ! 毎日毎日、待ってたんだよ!」
わたしには幽霊を見る力があるのだから、きっといつか、お父さんたちが見えるはずだって信じていた。
だけど、いくら時間が経っても、お父さんたちは見えなかった。
《ごめんね、スズ香。お母さんたちも会いに行きたかったんだけど、ここから動けなかったのよ》
《お父さんたちは五年前、このトンネルで事故に巻き込まれたんだ》
「ここで……?」
五年前、わたしは七歳だった。
まだ小さかったかったから、おジイちゃんもおバアちゃんも、事故の詳しい話をしなかった。あとからたずねたりもしたけれど、なにも話してくれなかった。きっとわたしが悲しまないように、気をつかってくれていたんだ。
肝試しでおばけトンネルに行くと言ったとき、おジイちゃんが顔色を変えたのは、お父さんたちの事故現場だったからなんだね。
《ここで命を落とすと、地縛霊の力が強すぎて、トンネルから出られなくなるんだ。そのうちに悪霊と一体になってしまった》
《だからお母さんたちは、スズ香に助けられたのよ》
「わたしに?」
《そうよ、ありがとう、スズ香》
《カッコよかったぞ。お父さんは鼻が高い》
「そうかな、エヘヘ」
お父さんとお母さんに抱きしめられて、頭をなでられる。
わたしはずっと、こうしてもらいたかった。
三人でいられるなら、もうなにもいらない。
《本当に大きくなった。お母さんに似てきたなあ。美人になるぞ。将来モテモテだな。お父さんはな、お母さんを口説くのに苦労したんだ》
《スズ香になにを言ってるの、あなた》
お父さんとお母さんが笑っている。それだけで、わたしも嬉しくなる。
《……さて、そろそろ行かないとな》
「行くって、どこに?」
《死者が行く場所は、決まっているんだよ》
《会えて嬉しかったわ、スズ香》
「ヤダ、行かないで!」
わたしは二人をギュッと抱きしめた。お父さんとお母さんは困った顔をしながら、わたしの頭をなでる。
《これだけはどうにもできない。ごめんな、スズ香》
「だったら、わたしがお父さんたちについて行く!」
わたしは二人を抱きしめる腕に力を込めた。もうこの手は、絶対に離さない。
「もう一人はイヤだよ。わたしも行く! 一人にしないで、一緒に連れて行って!」
泣きじゃくっていると、腕をとられて、引っ張られた。
「ふざけんなよ、スズ香」
振り返ると、龍司の怒った顔がすぐ近くにあった。
「誰が一人なんだよ。よく見てみろよ!」
龍司の後ろには、コンゴウとシロガネがいた。それに複雑そうな顔をしたカヲル、心配そうにしている悠一郎くん、麗子ちゃん。
「死者になんて、ついて行かせねえからな!」
「龍司……」
龍司に掴まれている腕が痛い。それはわたしを連れて行かせまいとする、龍司の意志の強さのようだった。
怒った龍司の顔を見ていたら、だんだん涙がおさまってきた。
《いいお友達を持ったな、スズ香》
お父さんがわたしの頭をなでた。
《だいじょうぶよ、またすぐに会えるわ》
「すぐって、いつ?」
《今は夏だろ》
「夏だからって……あっ!」
来月はお盆。ご先祖様の霊が、この世に戻ってくる期間だ。
《元気でスズ香》
《会えなくても、いつでも見守っているからね》
お父さんとお母さんは名残惜しそうに手を振りながら、消えていった。
「消えちゃった……」
全身の力が空っぽになったように、わたしはその場にくずれた。
「スズ香、だいじょうぶかよ」
龍司がわたしを支えながら、そっと地面に座らせてくれた。
わたしは家族三人そろった後ろ姿を、うらやましく思いながら見送った。
お父さん、お母さん。
幽霊でいいから、わたしも会いたいよ。
幼いころに突然失ったお父さんたちを思い出して、涙が込み上げてきた。
「どうした、スズ香」
気づいたら、龍司が心配そうにこっちを見ていた。わたしはぷるぷると首を振って、笑顔をつくる。
「なんでもないよっ」
「なんでもないって顔じゃなかったけど」
「ほっとして、気がゆるんでただけ」
「なら、いいけどさ」
まだ龍司はあやしんでいるみたいなので、わたしは元気に声を張り上げた。
「一時はどうなるかと思ったよね! 龍司が助けてくれたおかげだよ。これにて一件落着!」
「これで、おばけトンネルから心霊現象はなくなりそうだな」
わたしと龍司はそう言いながら、神使たちに地面におろしてもらった。
《スズ香》
女性の声に呼ばれた。
「シロガネ、呼んだ?」
《ワタシじゃないわ》
あれ、じゃあ、誰だろう?
わたしは周囲を見回した。
そして、息が詰まって、動けなくなった。
《久しぶりだね、スズ香》
《こんなに大きくなって》
少し離れた場所から、二人のシルエットが近づいてくる。
……これは本当に現実なの?
こんなことって……。
「お父さんと、お母さん、なの?」
《そうよ。あらやだ、忘れちゃった?》
《しかたがないさ、五年も経っているんだからね》
髪が長くて、清楚で美人なお母さん。
背が高くて、神職姿が似合うお父さん。
穏やかな笑顔を浮かべた二人は、わたしの記憶どおりの姿だった。
忘れるわけない。思い出さなかった日なんて一日もない。
わたしは走って、二人に抱きついた。
「お父さん! お母さん!」
目を開いていられないくらい、あとからあとから、涙があふれてくる。
「どうして会いに来てくれなかったの? わたし、ずっと待ってたんだよ! 毎日毎日、待ってたんだよ!」
わたしには幽霊を見る力があるのだから、きっといつか、お父さんたちが見えるはずだって信じていた。
だけど、いくら時間が経っても、お父さんたちは見えなかった。
《ごめんね、スズ香。お母さんたちも会いに行きたかったんだけど、ここから動けなかったのよ》
《お父さんたちは五年前、このトンネルで事故に巻き込まれたんだ》
「ここで……?」
五年前、わたしは七歳だった。
まだ小さかったかったから、おジイちゃんもおバアちゃんも、事故の詳しい話をしなかった。あとからたずねたりもしたけれど、なにも話してくれなかった。きっとわたしが悲しまないように、気をつかってくれていたんだ。
肝試しでおばけトンネルに行くと言ったとき、おジイちゃんが顔色を変えたのは、お父さんたちの事故現場だったからなんだね。
《ここで命を落とすと、地縛霊の力が強すぎて、トンネルから出られなくなるんだ。そのうちに悪霊と一体になってしまった》
《だからお母さんたちは、スズ香に助けられたのよ》
「わたしに?」
《そうよ、ありがとう、スズ香》
《カッコよかったぞ。お父さんは鼻が高い》
「そうかな、エヘヘ」
お父さんとお母さんに抱きしめられて、頭をなでられる。
わたしはずっと、こうしてもらいたかった。
三人でいられるなら、もうなにもいらない。
《本当に大きくなった。お母さんに似てきたなあ。美人になるぞ。将来モテモテだな。お父さんはな、お母さんを口説くのに苦労したんだ》
《スズ香になにを言ってるの、あなた》
お父さんとお母さんが笑っている。それだけで、わたしも嬉しくなる。
《……さて、そろそろ行かないとな》
「行くって、どこに?」
《死者が行く場所は、決まっているんだよ》
《会えて嬉しかったわ、スズ香》
「ヤダ、行かないで!」
わたしは二人をギュッと抱きしめた。お父さんとお母さんは困った顔をしながら、わたしの頭をなでる。
《これだけはどうにもできない。ごめんな、スズ香》
「だったら、わたしがお父さんたちについて行く!」
わたしは二人を抱きしめる腕に力を込めた。もうこの手は、絶対に離さない。
「もう一人はイヤだよ。わたしも行く! 一人にしないで、一緒に連れて行って!」
泣きじゃくっていると、腕をとられて、引っ張られた。
「ふざけんなよ、スズ香」
振り返ると、龍司の怒った顔がすぐ近くにあった。
「誰が一人なんだよ。よく見てみろよ!」
龍司の後ろには、コンゴウとシロガネがいた。それに複雑そうな顔をしたカヲル、心配そうにしている悠一郎くん、麗子ちゃん。
「死者になんて、ついて行かせねえからな!」
「龍司……」
龍司に掴まれている腕が痛い。それはわたしを連れて行かせまいとする、龍司の意志の強さのようだった。
怒った龍司の顔を見ていたら、だんだん涙がおさまってきた。
《いいお友達を持ったな、スズ香》
お父さんがわたしの頭をなでた。
《だいじょうぶよ、またすぐに会えるわ》
「すぐって、いつ?」
《今は夏だろ》
「夏だからって……あっ!」
来月はお盆。ご先祖様の霊が、この世に戻ってくる期間だ。
《元気でスズ香》
《会えなくても、いつでも見守っているからね》
お父さんとお母さんは名残惜しそうに手を振りながら、消えていった。
「消えちゃった……」
全身の力が空っぽになったように、わたしはその場にくずれた。
「スズ香、だいじょうぶかよ」
龍司がわたしを支えながら、そっと地面に座らせてくれた。
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