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4 凶暴化しているケモノの原因とは?

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 身をかがめていた相沢さんが、すっと立ち上がった。ショートヘアの赤みがかった茶色の髪が風になびく。
 うわあ、相沢さんってば、クールだあ。
 龍司は声には出さないものの、不満たっぷりという顔をしている。
「凶暴化しているらしい野生動物に近づく必要はない。一応、どんな動物にでも効く、クマ撃退スプレーを持ってきてるけど、突進してきたら時間的に隠れるしかないだろう」
 渡しておくよ、と相沢さんは、わたしと龍司にスプレーをくれた。
「シカやイノシシに異変があるか、遠目から確かめてくれたらいいんだ。もし可能なら、解決してもらえるとありがたいけど、無理はしないでほしい。安全を第一に」
「わかった」
 わたしはうなずいた。
 そうだ、相手は凶暴になっている野生動物なんだ。
 スプレーを持ちながら、わたしは今さらながら緊張してきた。
《スズ香》
 呼ばれて、わたしは子ギツネのようなシロガネに目を向けた。
《なんだかこの山、おかしいわよ》
「うん。わたしも、そんな気がしていたところ」
 わたしは小声でシロガネに返事をした。
 この山は標高三百メートルくらいで、それほど高くない。その真ん中あたりまでのぼってきたはずなのだけど、急に山の空気が変わった。乾いているというか、ヒリヒリするというか。
 龍司も気づいているようで、眉根をよせて周囲を警戒しているようだった。
 ――森が、妙に静かだった。
「そっか」
 さっきまでうるさいくらいに聞こえていた、セミや鳥の声がしなくなったんだ。
 わたしたちが歩く音と、息遣いだけが聞こえていた。
「なにか、いる」
 相沢さんが小声で言った。
 周囲はわたしたちの身長くらいあるような草があちこちにはえていて、視界が悪い。
 そのとき。
 カサカサ、と草が揺れた。
 そう思った次の瞬間、茶色っぽい影が飛び出してきた。
「ええっ」
 一直線にわたしに向かってくる。
 イノシシだ!
 あまりに速くて、わたしは動けなかった。
 どうしよう、避けられない。
 わたしはぎゅっと目をつむった。
「あぶねえ!」
 龍司の声が近くでしたかと思ったら、すぐに体に衝撃が走った。
 ……でも、痛くない。
 目を開けたら、わたしは龍司と一緒に倒れていた。
 龍司がイノシシを避けてくれたんだ。
 そのまま抱きしめてくれたから、わたしは痛くなかった。
 でも。
「龍司、血が出てる!」
 龍司の腕や足が、土で汚れて、擦り傷から出血していた。
「こんなの、ツバつけときゃ治る」
 龍司はわたしを抱えたまま、上半身を起こした。
「スズ香、ケガしなかったか?」
「龍司がかばってくれたのに、わたしがケガしてるわけないよ。ごめんね、わたしが動けなかったから」
 どうしていいのかわからなくて、わたしは泣きそうになった。
「いいよ。おまえが運動オンチなのは、わかってるからさ」
 そう言って、龍司はニッと笑った。
「もう、一言多いんだから」
 わたしは泣き笑いになる。
 いっぱい血が出てる。ぜったいに痛いはずなのに、龍司はぜんぜん顔に出さない。
 ありがとう、龍司。
「それより、見ろよ」
 龍司が素早く周囲に視線を走らせる。
「……な、なにこれ」
 いつの間にかわたしたちは、イノシシやシカに囲まれていた。シカはもちろん、イノシシもわたしの体よりも大きくて、迫力がある。
 それに、目が不気味に光っていた。
 やっぱり、普通じゃない。
「じりじりと輪を狭めてきてる。警戒心が強くておくびょうな野生動物が、こんな行動をとるはずがない。どうしたら、こうなるんだ」
 相沢さんも青ざめながら、動物たちを見ている。
「そうだ、さっき相沢さんがくれた撃退スプレーを使おうよ」
 対象の動物がこんなに近くにいて、しかも止まっている。まさに今が使い時だよね!
「顔を狙うんだ。スプレーはかなり強力だから、自分にかからないように注意して」
「わかった!」
 相沢さんに返事をして、もう五メートルくらいまで輪を縮めてきたシカたちに向かってスプレーを吹きかけた。
 プシューーーッ! 
 音を立てて、白い煙が動物にかかる。
「やった?」
 もくもくとした煙が消えてなくなると……。
 へっちゃらそうなシカたちが、まだそこにいた。
「おいカヲル、これ効かねえじゃねえか!」
「そんなばかな。クマだって逃げる威力なんだぞ、こいつらがおかしいんだ」
「ちょっとちょっと二人とも、動物が怒っちゃってるよ!」
 イノシシなんて低く唸っていて、今にも飛びかかってきそう。
 イノシシの牙で突かれても、シカに蹴り上げられても、大ケガをしてしまうに違いない。
「どうしよう、逃げ道はないよ」
 そう言っている間に、動物たちが突進し始めた。
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