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1 動物の霊がいっぱい!

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「相沢さんのお父さんね、シカとかイノシシの霊にしがみつかれてるよ」
「……へえ」
 わたしがそういうと、相沢さんは、ちょっと驚いたように形のいい眉を上げた。
「このところ、父は重い肩こりや腰痛に悩まされているんだ。日常生活に支障が出るほどで、いくつか病院に行ったんだけど治らなかった。それで、最終手段の神頼みでここに来たってわけ」
「なるほどね」
 いくら幽霊が軽いといっても、あんなにしがみつかれていたら、歩きづらいだろうなあ。
「やあ、おはようスズ香ちゃん。朝からお手伝いなんて感心だね」
 参拝が終わったようで、相沢さんのお父さんがやってきた。とても背が高くて、メガネの奥の瞳が切れ長でカッコいい。相沢さんはお父さん似みたい。
「父さん、肩こり治った?」
「少しは良くなった気がするんだけど。でも、やっぱり神社でもだめかなあ」
 相沢さんのお父さんは顔をしかめて、重そうに肩を回した。
 まだシカたちがしがみついているもの。治っているはずがない。
「おじさん、わたし、肩におまじないをかけましょうか? 巫女だから、きっとご利益があるよ」
「頼むよ、スズ香ちゃん」
 相沢さんのお父さんはうなずいて、わたしの手が届くように身をかがめた。もう藁にもすがる心境なのかもしれない。
 わたしは相沢さんのお父さんの肩に手をかざした。
「祓えたまえ、清めたまえ……」
 口の中で小さくつぶやきながら、広い肩から背中、腰までを、手を浮かせたまま滑らせた。風もないのに、胸まであるわたしのストレートの黒髪がふわっと広がった。
 神社に入ってきた時点で弱っていたシカたちの霊は、《ぬぐぐっ》と悔しそうな顔をしながらも、あっさりと消えていった。
 よし、うまくいった!
「どうですか?」
「……あれ?」
 相沢さんのお父さんは、肩や腰を擦りながら背を伸ばした。びっくりしたみたいに大きく両目を開けている。
「急に身体が軽くなった」
「本当に? 今ので?」
 相沢さんも信じられないというように父親に確認している。「本当に治ったよ」と、相沢さんのお父さんは腕を回しながらうなずいた。
「ふふふ、巫女パワーです」
 わたしは冗談めかして両手を広げた。頭の上半分だけ結ぶハーフアップにしている黒髪がサラリと揺れる。
「ありがとう、すごいねスズ香ちゃん。助かったよ」
「いえいえ。お気持ちはあちらから」
 わたしはお守りや神札が置いてある授与所を、手でうながした。
「あはは、スズ香ちゃんは商売上手だな」
 大きな手で、頭をくしゃりとなでられた。
「あっ……」
 とても懐かしい感触に胸がキュッとする。そういうことはあまりされないから、ちょっと嬉しい。
「あのっ」
 よけいなことかなと思ったけど、わたしは相沢さんのお父さんを呼び止めた。
「お守りは自分で授かるより、プレゼントされた方が、効果が高まると言われているんです。渡す人の願いも込められるから」
「へえ、もらったほうがいいのか」
 相沢さんのお父さんは、感心したような表情になった。
「でも、渡す人がお守りの力を信じていないと、逆効果になります」
 わたしの言葉を聞いて、相沢さんは「つまり」と言って腕を組んだ。
「あたしが神社からお守りを授かって、父に渡せば、基本的には効果が増すってことね」
「うん」
「でも、あたしが神さまを信じていなければ、逆効果ってわけだね」
 わたしが「そうだよ」とうなずくと、相沢さんは苦笑して父親を見上げた。
「父さん、自分で行ってきて。あたしじゃあ、お守りの効果がなくなるよ」
 相沢さんのお父さんは、了解したというように片手を上げて、授与所に向かって歩き出した。
 それって、相沢さんは神さまを信じていないってことか。
 わたしはしょんぼりして眉を下げた。
「悪いね、冬月。あなたが嘘をついていると思っているわけじゃないし、さっきのことも驚いた。神さまだっているかもしれない。でも、あたしは目に見えるものしか信じられないんだ」
「そうだよね。ぜんぜん、だいじょうぶだよ」
 わたしは顔の前で手を振った。
 そう言われるのは慣れてるから。
《せっかくスズ香が祓ってあげたっていうのに、頑固者なのね》
《まあ人なんて、そんなものだろうさ》
 コンゴウとシロガネは、わたしを慰めるようにふわふわのシッポで背中をさすってくれた。ありがたいけれど、くすぐったい。
「そうだっ」
 せっかくとりついていた霊がいなくなっても、鳥居の外にまだ何体かいるんだった。神社から出たら、また相沢さんのお父さんが肩こりになっちゃう。
 そう思って数十メートル離れている朱色の鳥居を見ると、見知った顔があった。
「うわっ、また来た」
 わたしは大きく眉をしかめた。
 隠れているつもりだったのか、木曽龍司はわたしと目が合うと、ギクッとしたように背をのけぞらせた。
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