上 下
59 / 74
四章 交換代筆~二人の過去~

四章 2

しおりを挟む
 貴之は早速、病院に足を運んだ。
 外来患者で溢れた一階などとは違い、入院病棟は静かだった。看護師とすれ違うたび、ドキリとしてしまう。

 声をかけてくれるなよ。

 見舞客ではないと気づかれたら追い出されるだろうし、不審者だと思われたら説教、最悪通報なんて事態になりかねない。

 頼むからいてくれ、と内心拝みながら、貴之はナースステーションの前を歩きながら看護師たちをチェックした。美優で見慣れたパンツスタイルのナース服に身を包んだ女性たちが、カウンターの奥で忙しそうに働いている。

 その中に、美優はいなかった。
 今日は勤務ではないのか。それとも、別の場所にいるのだろうか。
 ゆっくりと歩きながら、出直すべきかと貴之が悩んでいると……。

「貴之さん?」
 後ろから高い声が聞こえた。

 振り向くと、クリップボードを手にした美優が、驚いたように立っていた。肩まである髪を、いつものように首の後ろでひとつに結わいている。

 いた……!

 貴之は眉をつり上げて大股で近づくと、美優の手首を握って、そのまま歩く。

「あ、あの……っ」
「ちょっと看護師さん、聞きたいことがあるので来てください」

 貴之は声を張った。美優に言ったのではなく、二人が見えているであろうナースステーションまで声を届けるためだ。
 貴之は階段の踊り場で足をとめ、美優の手首を離した。廊下の電気は壁に遮られて薄暗い。

「出勤してんじゃねえか」
「返事をしなかったこと、怒ってるんですか? ちょっとあの、忙しくて……」
 慌てたような美優の言い訳は、嘘であることが見え透いていた。

「数日も、メール一本返せないほど忙しいわけがねえだろ」
 美優の小さな頭に貴之が手をのせると、美優はビクリと肩をすくませた。
 貴之は自分の手の上に額をつけた。

「心配させんな」
 息混じりの声になった。安堵に全身が脱力するようだった。

 九分九厘、スルーされているに決まっている。
 そう思っていても、一抹の不安は拭えなかった。
 美優は無事だった。それを確認したかったのだ。

 言いたいことは山ほどあったが、美優の姿を見て、どうでもよくなった。
 ぐりっと美優の頭をかき混ぜて、貴之は手を外した。

「元気ならそれでいい。またな」
 階段を降りようとした貴之は、美優に腕を取られた。

「心配してくれたんですか?」
 見上げてくる美優は、すがるように瞳を揺らしていた。

「あたりまえだろう。近しいヤツに、これ以上なにかあってほしくねえからな」
 もう、目の前にいる誰かを失うのはこりごりだ。

 美優は大きく目を見開いた。
「わたしのこと、そう思ってくれているんですか?」

 当然だ。
 ここ数か月で一番会っているのは、間違いなく美優だ。
 それに、同じ事故で両親を亡くした遺族同士でもある。

 美優はビジネスパートナーとも、友達とも違う。家族でもない。どんな関係なのかと聞かれると分類に困りはするが、「近しい」という表現がしっくりくる。

 そうでなければ、いくら押しかけて来たって、家に入り浸ることを許してはいない。
 美優の顔がみるみる歪んでいった。

「すみませんでした、貴之さん」

 美優は今にも泣き出しそうな顔を伏せた。貴之の腕を握っている手に力がこもる。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

忘れられた元勇者~絶対記憶少女と歩む二度目の人生~

こげ丸
ファンタジー
世界を救った元勇者の青年が、激しい運命の荒波にさらされながらも飄々と生き抜いていく物語。 世の中から、そして固い絆で結ばれた仲間からも忘れ去られた元勇者。 強力無比な伝説の剣との契約に縛られながらも運命に抗い、それでもやはり翻弄されていく。 しかし、絶対記憶能力を持つ謎の少女と出会ったことで男の止まった時間はまた動き出す。 過去、世界の希望の為に立ち上がった男は、今度は自らの希望の為にもう一度立ち上がる。 ~ 皆様こんにちは。初めての方は、はじめまして。こげ丸と申します。<(_ _)> このお話は、優しくない世界の中でどこまでも人にやさしく生きる主人公の心温まるお話です。 ライトノベルの枠の中で真面目にファンタジーを書いてみましたので、お楽しみ頂ければ幸いです。 ※第15話で一区切りがつきます。そこまで読んで頂けるとこげ丸が泣いて喜びます(*ノωノ)

つれづれなるおやつ

蒼真まこ
ライト文芸
食べると少しだけ元気になる、日常のおやつはありますか? おやつに癒やされたり、励まされたりする人々の時に切なく、時にほっこりする。そんなおやつの短編集です。 おやつをお供に気楽に楽しんでいただければ嬉しいです。 短編集としてゆるく更新していきたいと思っています。 ヒューマンドラマ系が多くなります。ファンタジー要素は出さない予定です。 各短編の紹介 「だましあいコンビニスイーツ」 甘いものが大好きな春香は日々の疲れをコンビニのスイーツで癒していた。ところがお気に入りのコンビニで会社の上司にそっくりなおじさんと出会って……。スイーツがもたらす不思議な縁の物語。 「兄とソフトクリーム」 泣きじゃくる幼い私をなぐさめるため、お兄ちゃんは私にソフトクリームを食べさせてくれた。ところがその兄と別れることになってしまい……。兄と妹を繋ぐ、甘くて切ない物語。 「甘辛みたらしだんご」 俺が好きなみたらしだんご、彼女の大好物のみたらしだんごとなんか違うぞ? ご当地グルメを絡めた恋人たちの物語。 ※この物語に登場する店名や商品名等は架空のものであり、実在のものとは関係ございません。 ※表紙はフリー画像を使わせていただきました。 ※エブリスタにも掲載しております。

猫のランチョンマット

七瀬美織
ライト文芸
 主人公が、個性的な上級生たちや身勝手な大人たちに振り回されながら、世界を広げて成長していく、猫と日常のお話です。榊原彩奈は私立八木橋高校の一年生。家庭の事情で猫と一人暮らし。本人は、平穏な日々を過ごしてるつもりなのだけど……。

ファンタジック・アイロニー[6月5日更新再開!]

なぎコミュニティー
ファンタジー
――少年少女は神の悪戯で異世界に誘われた。これはとある兄妹が綴るストーリー。 ある日、神による悪戯により、兄妹は異世界に誘われる。基本世界「 ヒューマニー 」と童話や童謡の世界「 メルフェール 」で引き起こされる世界の混乱に兄妹はどのように挑むのか?! 神の思惑に挑む異世界幻想ストーリー。 ※当作品はなぎコミュニティにて行われている「リレー小説」ですので、各話に応じて話がぶっ飛んでいたり、文体が異なっている場合があります。 ※6月5日20時に更新再開しますが、執筆者多忙のため更新は隔週です! (5日の次の更新は19日となります) ※文章の量に応じて複数に話を区切らせていただいております。また、題名の末尾にあります括弧内の文字は、執筆担当者の名前です。もし担当者の文体が気に入りましたら、覚えておいていただけますと、メンバー総出で喜びます! 以上の事をご考慮の上、読了ください!

暁の山羊

春野 サクラ
ライト文芸
 「な、なんだこりゃ! なんで赤ん坊がこんなところに居るんだよッ!」  大切に思っていた葉奈を突然、目の前で失い、日常の日々をただ呆然とやり過ごす二賀斗陽生。そんな二賀斗の荒れ果てた姿を明日夏は優しく見守り続ける。  そんな或る日、二賀斗は葉奈と過ごしたあの山小屋に向かった。誰もいない錆び付いた雰囲気の中、山桜の傍でかつて過ごした日々に想いを寄せていると、山桜の根元で生まれたばかりのような一人の赤子を見つける。驚嘆しながら二賀斗は明日夏に助けを求め明日夏の自宅に駆け込むが、一体なぜこんなところに赤ん坊がいるのか……。  この作品は「最後の山羊」の続編になります。  

おにぎり食堂『そよかぜ』

如月つばさ
ライト文芸
観光地からそれほど離れていない田舎。 山の麓のその村は、見渡す限り田んぼと畑ばかりの景色。 そんな中に、ひっそりと営業している食堂があります。 おにぎり食堂「そよかぜ」。 店主・桜井ハルと、看板犬ぽんすけ。そこへ辿り着いた人々との物語。

猛獣・災害なんのその! 平和な離島出の田舎娘は、危険な王都で土いじり&スローライフ! 新品種のジャガイモ(父・作)拡散します!

花邑 肴
ファンタジー
自分の意志とは関係なく、遠く、海の向こうの王都に強制移住させられることになってしまったミリア。 失意のまま王都行きの船に乗るも、新しくできた友だちから慰め励まされ、決意も新たに王都での新生活に思いを馳せる。 しかし、王都での生活は、なれ親しんだ故郷とはかなり勝手が違っていて――。 馴れない生活様式と田舎者への偏見、猛獣騒動や自然災害の脅威etc…。 時に怒りや不安に押しつぶされそうになりながらも、田舎仲間や王都の心優しい人たちの思いやりと親切に救われる日々。 そんな彼らとゆっくり心を通わせていくことで、引っ込み思案なミリアの人生は大きく変わっていく。 これは、何の取柄もない離島の田舎娘が、出会った田舎仲間や都人(みやこびと)たちと織りなす、穏やかであっても危険と隣り合わせの、スローライフ物語(恋愛あり)

心の落とし物

緋色刹那
ライト文芸
・完結済み(2024/10/12)。また書きたくなったら、番外編として投稿するかも ・第4回、第5回ライト文芸大賞にて奨励賞をいただきました!!✌︎('ω'✌︎ )✌︎('ω'✌︎ ) 〈本作の楽しみ方〉  本作は読む喫茶店です。順に読んでもいいし、興味を持ったタイトルや季節から読んでもオッケーです。  知らない人、知らない設定が出てきて不安になるかもしれませんが、喫茶店の常連さんのようなものなので、雰囲気を楽しんでください(一応説明↓)。 〈あらすじ〉  〈心の落とし物〉はありませんか?  どこかに失くした物、ずっと探している人、過去の後悔、忘れていた夢。  あなたは忘れているつもりでも、心があなたの代わりに探し続けているかもしれません……。  喫茶店LAMP(ランプ)の店長、添野由良(そえのゆら)は、人の未練が具現化した幻〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉と、それを探す生き霊〈探し人(さがしびと)〉に気づきやすい体質。  ある夏の日、由良は店の前を何度も通る男性に目を止め、声をかける。男性は数年前に移転した古本屋を探していて……。  懐かしくも切ない、過去の未練に魅せられる。 〈主人公と作中用語〉 ・添野由良(そえのゆら)  洋燈町にある喫茶店LAMP(ランプ)の店長。〈心の落とし物〉や〈探し人〉に気づきやすい体質。 ・〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉  人の未練が具現化した幻。あるいは、未練そのもの。 ・〈探し人(さがしびと)〉  〈心の落とし物〉を探す生き霊で、落とし主。当人に代わって、〈心の落とし物〉を探している。 ・〈未練溜まり(みれんだまり)〉  忘れられた〈心の落とし物〉が行き着く場所。 ・〈分け御霊(わけみたま)〉  生者の後悔や未練が物に宿り、具現化した者。込められた念が強ければ強いほど、人のように自由意志を持つ。いわゆる付喪神に近い。

処理中です...