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三章 ナポリタンとワンピースと文字
三章 9
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夫は志津恵が代筆を頼んでいることも知らなかったようだ。ビデオレターの話が出るまでは、志津恵は夫にも、死後に定期的に手紙が届くことを内緒にしようとしていたのかもしれない。
「水谷さん、ものすごくパワフルな方でしたね! ……あと一か月の命だなんて、嘘みたいです……」
感嘆したような美優の声は、だんだん小さくなった。
「そうだな」
死の間際だからといって、誰もがあれほど達観できないだろう。正反対の行動をする者もいるはずだ。
死にまつわる代筆を頼まれるのは初めてではないが、貴之の心は大きく揺さぶられた。
「貴之さん、手紙もビデオレターも、最高のものを作りましょうね! どの仕事も全力が大前提ですけども!」
美優が拳を握りながら見上げてくる。
「わかってるよ」
言われなくても、貴之もそのつもりだ。
それからは夫が窓口になり、手紙の草案やビデオレターの打ち合わせを進めていった。ただし、夫宛ての手紙についてだけは、引き続き志津恵と直接やりとりをしていた。
そして迎えた、ビデオレター撮影の当日。再び貴之と美優は志津恵の病室に来ていた。志津恵は一週間ほど前に会った時よりも血色がよく元気に見える。
今回はスタイリスト兼メイクアップアーティストとして、代筆屋の客でもあった上杉冴子を呼んでいた。
冴子を車で自宅まで迎えに行くと、シンプルなパンツスタイルで、大荷物を持って現れた。相変わらず美人でスタイルがいい。
大型のキャリーバッグが二つに、そのほかにも折り畳みのハンガーラックなどがあり、貴之が車に詰め込んだ。
「すっごい量ですね! スタイリストのお仕事って、いつもこうなんですか?」
美優は目を丸くしている。
「いつもよりちょっと多めかしら。水谷さんの写真は事前に見せていただきましたけど、会うとまた印象が違うかもしれませんから。亡くなってから子どもたちに届くビデオレターですから、水谷さんに百%納得してもらわないといけません」
冴子はかなり協力的だった。ありがたい。
車を走らせると、後部座席に座った冴子はバックミラー越しに、茶目っ気を含んだ瞳で貴之を見た。
「あの日の取材が偽物だったと主人に聞いて、びっくりしましたよ。おかげで銀婚式に素敵な手紙をいただけましたけど。あの手紙は仕事部屋の一番目立つところに、額に入れて飾っています」
「それはどうも、ありがとうございます」
貴之は少々ばつが悪く、控えめに礼を言った。夫婦のセンシティブなところをつついた自覚があった。
「その後、お二人の関係はいかがですか?」
「悪くなっていたら、手紙を飾っていません」
冴子は口元に指先を当ててコロコロと笑う。
「倒れる前の主人は、家族なんていてもいなくてもどちらでもいい、という態度でしたから、手紙を読んで驚きました。こんなに感謝されていたんだって。もう主人は私から離れないだろうと安心して、主人に甘えられるようになりました」
おっと、のろけられてしまったか。
自分の書いた手紙でますます仲が深まっているのなら、代筆屋冥利に尽きるというものだ。貴之もミラー越しに冴子に笑みを返した。
それにしても、こんな美人妻に甘えられるなんて、ご褒美以外の何物でもないだろう。
「貴之さん、いま、変なこと考えましたね?」
隣りに座る美優が、なぜか目をとがらせている。
「変なことってなんだ」
「なんだか、いやらしい目をしています」
「言いがかりはやめろ」
そんなやりとりをしながら、志津恵の病室に大量の荷物を運びこんだのだった。
「水谷さん、ものすごくパワフルな方でしたね! ……あと一か月の命だなんて、嘘みたいです……」
感嘆したような美優の声は、だんだん小さくなった。
「そうだな」
死の間際だからといって、誰もがあれほど達観できないだろう。正反対の行動をする者もいるはずだ。
死にまつわる代筆を頼まれるのは初めてではないが、貴之の心は大きく揺さぶられた。
「貴之さん、手紙もビデオレターも、最高のものを作りましょうね! どの仕事も全力が大前提ですけども!」
美優が拳を握りながら見上げてくる。
「わかってるよ」
言われなくても、貴之もそのつもりだ。
それからは夫が窓口になり、手紙の草案やビデオレターの打ち合わせを進めていった。ただし、夫宛ての手紙についてだけは、引き続き志津恵と直接やりとりをしていた。
そして迎えた、ビデオレター撮影の当日。再び貴之と美優は志津恵の病室に来ていた。志津恵は一週間ほど前に会った時よりも血色がよく元気に見える。
今回はスタイリスト兼メイクアップアーティストとして、代筆屋の客でもあった上杉冴子を呼んでいた。
冴子を車で自宅まで迎えに行くと、シンプルなパンツスタイルで、大荷物を持って現れた。相変わらず美人でスタイルがいい。
大型のキャリーバッグが二つに、そのほかにも折り畳みのハンガーラックなどがあり、貴之が車に詰め込んだ。
「すっごい量ですね! スタイリストのお仕事って、いつもこうなんですか?」
美優は目を丸くしている。
「いつもよりちょっと多めかしら。水谷さんの写真は事前に見せていただきましたけど、会うとまた印象が違うかもしれませんから。亡くなってから子どもたちに届くビデオレターですから、水谷さんに百%納得してもらわないといけません」
冴子はかなり協力的だった。ありがたい。
車を走らせると、後部座席に座った冴子はバックミラー越しに、茶目っ気を含んだ瞳で貴之を見た。
「あの日の取材が偽物だったと主人に聞いて、びっくりしましたよ。おかげで銀婚式に素敵な手紙をいただけましたけど。あの手紙は仕事部屋の一番目立つところに、額に入れて飾っています」
「それはどうも、ありがとうございます」
貴之は少々ばつが悪く、控えめに礼を言った。夫婦のセンシティブなところをつついた自覚があった。
「その後、お二人の関係はいかがですか?」
「悪くなっていたら、手紙を飾っていません」
冴子は口元に指先を当ててコロコロと笑う。
「倒れる前の主人は、家族なんていてもいなくてもどちらでもいい、という態度でしたから、手紙を読んで驚きました。こんなに感謝されていたんだって。もう主人は私から離れないだろうと安心して、主人に甘えられるようになりました」
おっと、のろけられてしまったか。
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それにしても、こんな美人妻に甘えられるなんて、ご褒美以外の何物でもないだろう。
「貴之さん、いま、変なこと考えましたね?」
隣りに座る美優が、なぜか目をとがらせている。
「変なことってなんだ」
「なんだか、いやらしい目をしています」
「言いがかりはやめろ」
そんなやりとりをしながら、志津恵の病室に大量の荷物を運びこんだのだった。
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