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二章 大切なものほど秘められる
二章 1
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貴之は平日の昼間、仕事の隙間時間に事務所の掃除をしていた。
新田美優と会って以降、依頼者と直接会って話を聞く重要性を再確認してからは、遠方でない限り会って話を聞くことにしていた。そのため、この事務所に依頼者を招くことが増え、こまめな掃除が必要になってしまった。
まあ、いいんだけどな。打ち合わせができるように、広めの部屋を借りたんだから。
貴之は腰を伸ばしながら、応接間として使っているリビングダイニングを見回した。
中央にはローテーブルを挟むように三人掛けのソファが二つあり、液晶テレビにオーディオセット。三つの本棚には、貴之が寄稿した雑誌や資料が並んでいる。本棚に入りきらない本は段ボール箱に詰められていた。
「本棚がパンパンだな。ある程度は処分しないと」
必要な部分だけ切り抜いてファイルし、不要なものは捨てる……なんてことができていれば、段ボール箱の山なんてできていない。
本棚を開けると、懐かしい雑誌が目に入った。
「これは……」
この本棚のなかでは古い部類に入る。
貴之がまだライターとして働く前。
大学一年生の頃に、初めて寄稿した雑誌だ。
当時の貴之も相変わらず社交的ではなかったが、せっかくだからとサークルに入ってみた。とはいっても、騒がしい者とは気が合いそうもないので、大人しそうな文芸部を選んだ。
それなりに友人もでき、ゆったりとしたキャンパス生活を送っていた。
そんな、ある日。
構内のカフェでのんびりしていると、サークルの先輩とOBが尋ねてきた。
「きみは、雉山トンネル炎上事故のご遺族ですね?」
そのOBの言葉に、貴之の心臓は一瞬止まったかと思った。
貴之が中学一年生の十二月に起こった多重衝突事故で、両親が亡くなった。車両十一台が大破して、死者は七人、重軽傷者十二人の大惨事となった。
「僕は週刊誌の編集をしているんだ。雉山トンネル炎上事故を風化させないために、特集記事を作りたい。よかったら話を聞かせてもらえないかな。もちろん、匿名で大丈夫だよ」
突然のことに混乱しながらも、貴之はOBの隣りに立っているワンピース姿の先輩を見上げた。
自分がこの事故の遺族だと、大学で話したことはなかった。なぜ先輩はOBを連れてきたのだろう。
「前に言ってたでしょ、父親が六年前に事故で亡くなったって。もしかしたらと思って……。迷惑だった?」
以前、その先輩にペンケースを落とされたことがあった。
その中に、父からもらった万年筆を入れていた。
使っていたわけではなく、お守りのように持ち歩くのにちょうどいい大きさだったのだ。
先輩に「きれいな木目ね。よく手入れがされているわね」と万年筆を褒められたので、少し嬉しくなって「父の形見なんです」と答えた。
「ごめなさい」
先輩は頭を下げた。大切なものを落としたこと、そして父の死を口に出させてしまったことに対してのようだった。
「大丈夫です、この万年筆は頑丈なんですよ。……あの事故から、もう六年も経ちましたし」
そんなやりとりをしていた。
「彼女からその話を聞いて、事故当時の新聞を調べてみたんだ。亡くなった方のリストに、氷藤という名があった。それで、きみが遺族だと確信したんだ」
OBの編集者が言った。
先輩には「もう六年も経った」と言ったが、本当は「まだ六年」だった。未だに両親の死を思い出す。
悲しみを乗り越えられてはおらず、それは一生続くのだと思われた。
「取材を受けるなんて硬いことを考えず、思いを吐き出すつもりで僕に話してみないか。原稿確認もあるから、きみの話を勝手に捻じ曲げて掲載することは絶対にない。今夜、飯でも食いながらどう? 美味しい店を知ってるんだ」
貴之は迷ったが、「話せる範囲のことだけでいい」と押されて、話を受けることにした。取材というものに興味もあった。
新田美優と会って以降、依頼者と直接会って話を聞く重要性を再確認してからは、遠方でない限り会って話を聞くことにしていた。そのため、この事務所に依頼者を招くことが増え、こまめな掃除が必要になってしまった。
まあ、いいんだけどな。打ち合わせができるように、広めの部屋を借りたんだから。
貴之は腰を伸ばしながら、応接間として使っているリビングダイニングを見回した。
中央にはローテーブルを挟むように三人掛けのソファが二つあり、液晶テレビにオーディオセット。三つの本棚には、貴之が寄稿した雑誌や資料が並んでいる。本棚に入りきらない本は段ボール箱に詰められていた。
「本棚がパンパンだな。ある程度は処分しないと」
必要な部分だけ切り抜いてファイルし、不要なものは捨てる……なんてことができていれば、段ボール箱の山なんてできていない。
本棚を開けると、懐かしい雑誌が目に入った。
「これは……」
この本棚のなかでは古い部類に入る。
貴之がまだライターとして働く前。
大学一年生の頃に、初めて寄稿した雑誌だ。
当時の貴之も相変わらず社交的ではなかったが、せっかくだからとサークルに入ってみた。とはいっても、騒がしい者とは気が合いそうもないので、大人しそうな文芸部を選んだ。
それなりに友人もでき、ゆったりとしたキャンパス生活を送っていた。
そんな、ある日。
構内のカフェでのんびりしていると、サークルの先輩とOBが尋ねてきた。
「きみは、雉山トンネル炎上事故のご遺族ですね?」
そのOBの言葉に、貴之の心臓は一瞬止まったかと思った。
貴之が中学一年生の十二月に起こった多重衝突事故で、両親が亡くなった。車両十一台が大破して、死者は七人、重軽傷者十二人の大惨事となった。
「僕は週刊誌の編集をしているんだ。雉山トンネル炎上事故を風化させないために、特集記事を作りたい。よかったら話を聞かせてもらえないかな。もちろん、匿名で大丈夫だよ」
突然のことに混乱しながらも、貴之はOBの隣りに立っているワンピース姿の先輩を見上げた。
自分がこの事故の遺族だと、大学で話したことはなかった。なぜ先輩はOBを連れてきたのだろう。
「前に言ってたでしょ、父親が六年前に事故で亡くなったって。もしかしたらと思って……。迷惑だった?」
以前、その先輩にペンケースを落とされたことがあった。
その中に、父からもらった万年筆を入れていた。
使っていたわけではなく、お守りのように持ち歩くのにちょうどいい大きさだったのだ。
先輩に「きれいな木目ね。よく手入れがされているわね」と万年筆を褒められたので、少し嬉しくなって「父の形見なんです」と答えた。
「ごめなさい」
先輩は頭を下げた。大切なものを落としたこと、そして父の死を口に出させてしまったことに対してのようだった。
「大丈夫です、この万年筆は頑丈なんですよ。……あの事故から、もう六年も経ちましたし」
そんなやりとりをしていた。
「彼女からその話を聞いて、事故当時の新聞を調べてみたんだ。亡くなった方のリストに、氷藤という名があった。それで、きみが遺族だと確信したんだ」
OBの編集者が言った。
先輩には「もう六年も経った」と言ったが、本当は「まだ六年」だった。未だに両親の死を思い出す。
悲しみを乗り越えられてはおらず、それは一生続くのだと思われた。
「取材を受けるなんて硬いことを考えず、思いを吐き出すつもりで僕に話してみないか。原稿確認もあるから、きみの話を勝手に捻じ曲げて掲載することは絶対にない。今夜、飯でも食いながらどう? 美味しい店を知ってるんだ」
貴之は迷ったが、「話せる範囲のことだけでいい」と押されて、話を受けることにした。取材というものに興味もあった。
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