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一章 キライをスキになる方法

一章 13

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 ヒアリングしながらの草案を書き終わり、貴之は万年筆を置いた。

「持ち帰って言葉はまた吟味しますが、こんな感じでどうでしょう」
 貴之から手紙を受け取り、目を通した萌々香の表情が輝いた。

「そうだ。おばあちゃんに伝えたくて、もやもやしていたのは、こういうことだったんだと思います」
 隣りでずっと手紙を覗き込んでいた美優は、したり顔でうんうんとうなずく。

「節子さんも喜ぶだろうな。『ご本復を祈念いたしております』とか『ご自愛ください』なんて言葉より、萌々香さんが節子さんの言葉で立ち直ったことを報告するほうが、何倍も節子さんの励ましになりますよ。読んだらすぐに退院できちゃうかも! やっぱり、やればできるじゃないですか、氷藤さん」
「うるさい」

 やっぱり、ってなんだ。俺のなにを知っているというのか。
 何様なんだと苦々しく思いつつ、同時に気恥ずかしさもあった。
 依頼者の喜ぶ顔を見るのは久しぶりだ。

 ――ふと、高校生時代の記憶がよみがえった。
 初めて貴之が手紙の代筆をした、あの日。

「氷藤さん、便箋はいつもこの薄い水色なんですか?」
 美優に声をかけられて、貴之は我に返った。

「ああ。どんな局面も相手も選ばない、無難な色だろ」
 貴之は筆記具を片付けながら答えた。

「そんなの、ダメですっ」
「……なにが?」

 警戒した貴之はソファで尻半分、美優から離れた。今度はなにを言いだすのだろうか。

「子供に宛てる手紙ならキャラクターがついていたほうが喜ばれるでしょうし、ラブレターならピンク色とか、ロマンティックな便箋のほうがいいじゃないですか」
「そんなの、おまえの思い込みだろ。ラブレターでもシンプルなほうがいいかもしれないだろうが」
「はい。だから本人に聞きましょう」

 美優はコクリとうなずいて、萌々香に顔を向けた。

「萌々香さん、節子さんへの手紙はどんな便箋がいいですか?」
「えっと……、おばあちゃんは明るい緑色が好きだと思います」

 突然話を振られて萌々香は戸惑うものの、記憶を辿るようにして答えた。

「ですって、氷藤さん」
「あのなあ」

 本当に、美優はどういうつもりで意見をしてくるのか。お節介すぎる。余計なお世話というものだ。

「あと気になるのは、筆致が硬いことですかね。萌々香さんはこんなに可愛らしい女性なんですよ、もう少し柔らかい方がいいと思うんですよ。きっと氷藤さんなら書き分けられるはずです。そうだ、万年筆ってそれ一本なんですか? もっと細い線とか太い線とかのバリエーションがあったほうが……」
「ストップ」

 貴之は思わず、コーヒーに添えられていたチョコレートを美優の口に突っ込んだ。

「後日検討するから、もう黙ってくれ」
 これ以上、自分の仕事に踏み込まれてはたまらない。もう充分、美優に付き合ったはずだ。

 美優は目を丸くしたあと、ほのかに頬を染め、もぐもぐと口を動かしている。口の中でチョコレートを溶かしているようだ。

「指が、唇に触れました……」
「なにか言ったか?」
「いいえ! これ美味しいですね。もう一つください」
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