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二章 引きこもりの鬼
二章 7
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鬼は真っ青になりながら忍の家に向かった。
土砂が、たった一軒だけを狙いすましたように押しつぶしていた。
「うそだろ」
鬼が見間違うはずはない。
そこは今朝鬼が出てきたばかりの、忍の住む家だった。
偶然などではありえなかった。
あんなに心優しい一家を自分のせいで死なせてしまったと、鬼はその場にひざをついた。
「オレに関わったばかりに。すまねえ。すまねえ……」
鬼は涙を流しながら後悔した。
自分に近づく者は不幸になる。知っていたのに。
なぜオレは忍から離れなかったんだ。
「もう二度と人には近づかねえから、許してくれ」
鬼は何度もつぶれた家に向かって頭を下げ、山に向かって駆け出した。
それから鬼は、たった一人で山の頂上に隠れ住むようになった。
自分に近づく者は不幸になる。
もう誰ともかかわらない。
誰も不幸にさせない。
鬼はそう誓っていた。
* * *
「わかっただろう。オレにかかわると厄災が起こる。オレに親切にしようとする者ほど被害にあう。もうオレは、そんなのは嫌なんだ」
話し終わると、鬼は立てた膝の上にのせた腕に顔を埋めた。
クスノキの木陰で三人は向かい合って座っていた。遠くでヒバリがさえずっている。
「もしかして、私は忍さんと似ているの?」
毬瑠子が尋ねた。
「姿かたちも声もそっくりだ。驚いたよ」
そう言って鬼は顔を上げた。悲し気に目を細める。
「あんた、忍の生まれ変わりなのかもな。オレのこと恨んでるかい? あんたになら、なにをされてもいいよ。この場で殺してもらって構わない。こうして一人でいるのも疲れたしな」
「そんな……」
毬瑠子は首を振った。
鬼から漂う寂寥感は間違いではなかった。鬼はずっと孤独に堪えて生きてきた。それは自ら望んだのではなく、誰にも不幸にさせたくないという優しさからだ。
この鬼を助けたいと、毬瑠子は心から思った。
「マルセルさん、どうすればいいですか?」
こんな心優しい鬼を、このままにしていいはずがない。
そもそも、鬼に関わると災厄が起こるなんて聞いたことがない。この鬼が特別なのだろうか。
だとしたら、なぜ?
もし本当に不幸を呼び込むのだとしたら、それを防ぐ方法はないのだろうか。
「そうですねえ」
マルセルは鬼をみつめる。
「わたしはマルセルと申します。あなたの名前を教えてください」
尋ねてきたマルセルに鬼は顔を向ける。意外な質問だというような、どこかほうけたような表情だ。
「……青藍」
一瞬の間があったのは、名を思い出す時間か。ずいぶんと長い間、名乗ることも名を呼ばれることもなかったのだろう。
「青藍、あなたはどうしたいのですか。本当にこのままでいいと思っていますか?」
「オレは……」
青藍は眉を寄せ、またうつむいてしまった。襟足の整った細い首が日にさらされる。
「あなた次第です。あなたが望むなら、人里におりる手伝いをしましょう」
青藍は首を振る。
「オレの話を聞いていただろ。オレはここを離れちゃいけないんだ。また誰かを災厄に巻き込んでしまう」
「そうはなりませんよ」
そう言ったマルセルを、青藍は信じられないという表情で見る。
「本当か?」
青みがかった瞳が懇願するような色を帯びる。マルセルはうなずいた。
土砂が、たった一軒だけを狙いすましたように押しつぶしていた。
「うそだろ」
鬼が見間違うはずはない。
そこは今朝鬼が出てきたばかりの、忍の住む家だった。
偶然などではありえなかった。
あんなに心優しい一家を自分のせいで死なせてしまったと、鬼はその場にひざをついた。
「オレに関わったばかりに。すまねえ。すまねえ……」
鬼は涙を流しながら後悔した。
自分に近づく者は不幸になる。知っていたのに。
なぜオレは忍から離れなかったんだ。
「もう二度と人には近づかねえから、許してくれ」
鬼は何度もつぶれた家に向かって頭を下げ、山に向かって駆け出した。
それから鬼は、たった一人で山の頂上に隠れ住むようになった。
自分に近づく者は不幸になる。
もう誰ともかかわらない。
誰も不幸にさせない。
鬼はそう誓っていた。
* * *
「わかっただろう。オレにかかわると厄災が起こる。オレに親切にしようとする者ほど被害にあう。もうオレは、そんなのは嫌なんだ」
話し終わると、鬼は立てた膝の上にのせた腕に顔を埋めた。
クスノキの木陰で三人は向かい合って座っていた。遠くでヒバリがさえずっている。
「もしかして、私は忍さんと似ているの?」
毬瑠子が尋ねた。
「姿かたちも声もそっくりだ。驚いたよ」
そう言って鬼は顔を上げた。悲し気に目を細める。
「あんた、忍の生まれ変わりなのかもな。オレのこと恨んでるかい? あんたになら、なにをされてもいいよ。この場で殺してもらって構わない。こうして一人でいるのも疲れたしな」
「そんな……」
毬瑠子は首を振った。
鬼から漂う寂寥感は間違いではなかった。鬼はずっと孤独に堪えて生きてきた。それは自ら望んだのではなく、誰にも不幸にさせたくないという優しさからだ。
この鬼を助けたいと、毬瑠子は心から思った。
「マルセルさん、どうすればいいですか?」
こんな心優しい鬼を、このままにしていいはずがない。
そもそも、鬼に関わると災厄が起こるなんて聞いたことがない。この鬼が特別なのだろうか。
だとしたら、なぜ?
もし本当に不幸を呼び込むのだとしたら、それを防ぐ方法はないのだろうか。
「そうですねえ」
マルセルは鬼をみつめる。
「わたしはマルセルと申します。あなたの名前を教えてください」
尋ねてきたマルセルに鬼は顔を向ける。意外な質問だというような、どこかほうけたような表情だ。
「……青藍」
一瞬の間があったのは、名を思い出す時間か。ずいぶんと長い間、名乗ることも名を呼ばれることもなかったのだろう。
「青藍、あなたはどうしたいのですか。本当にこのままでいいと思っていますか?」
「オレは……」
青藍は眉を寄せ、またうつむいてしまった。襟足の整った細い首が日にさらされる。
「あなた次第です。あなたが望むなら、人里におりる手伝いをしましょう」
青藍は首を振る。
「オレの話を聞いていただろ。オレはここを離れちゃいけないんだ。また誰かを災厄に巻き込んでしまう」
「そうはなりませんよ」
そう言ったマルセルを、青藍は信じられないという表情で見る。
「本当か?」
青みがかった瞳が懇願するような色を帯びる。マルセルはうなずいた。
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